第二話 マーメイドの呪い 10

操舵室

埃はかぶっていたが使われていたものがそのまま残っていた


「メアリー、日誌あったぞ」


舵から少し離れた机に航海日誌があった。

幸運なことに地図にもその日誌にも事細かに座標が記されているからおおよその場所は分かるだろう。


「乗組員の遺体はどこにいったのかな」


「村人が埋葬したんじゃないのか?」


「でもそれならばここも片付いているはずじゃない?」


日誌のある卓上にはチェスのボードの横に宝石や金貨が置いたままになっている。

もし操舵室にはいったのであれば、気付かないはずがないし物品ならまだしも金貨であれば持っていくだろう。


「アーネットはこの船が捜索に出たと言っていたんじゃなかったか?」


「そのはずだけど、どうやら違ったようね。」


卓上の宝石や金貨は明らかに捜索をする船に似つかわしくない。

どちらかというと海賊船だと言ったほうが納得がいくものだ。

海賊だったのかもしれないし、もしかしたら沈没した船を探して財宝を取るつもりだったのかもしれない。

この操舵室はそんな印象を受ける。

もし沈没した船を金目的で探していたとなれば、多少の危険は承知の上で危険な海域にあえて入ったとしても不思議ではない。

捜索していたのなら危険な海域だとわかったら引き返すだろう。


「アーネットの友人もその一人ということなら自業自得だろ。」


日記には捜索する船に乗ったと書いてあった。

その友人が本気で捜索するつもりだったのか異なる内容を日記に書いていたかは分からない。


「どちらにしても一度聞く必要があるわ。」


「折角船があるんだ。船底も見てくるか?」


毒された可能性がある海に潜るというキマイラをメアリーは慌てて止めた。

キマイラはどこか自分を顧みないところがある。

バラウルの従業員とはいえエキドナの親族を預かっている以上、もしキマイラに何かあれば申し開きできない。


「とりあえず、一度引き上げてエドワードと合流しよ!航海日誌も見つかったことだし、アーネットの友人に話を聞いて照らし合わせないと。日記だけを信じて調べるのはこれを見る限り間違ってる気がする。」


一体この船は何のために航海したのだろうか?

アーネットの友人が知らなかっただけなのか、それともグルだったのかは分からない。

どちらであっても村に起きた被害には関係ないだろうが事故が起きた現地に行くのなら知っておいた方がいいかもしれない。


引き上げようと船を降りた頃、エキドナは異変に気づいた。

海が静かなのだ。

波の音もなく砂を洗う音もない。

不思議に思ったキマイラはメアリーの制止も聞かず水に手を入れた。

そして慌てて手をひっこめた。


「どうしたの?」


「メアリーは絶対に触れるなよ。この水は危険だ。」


「アーネットは魚がとれなくなった原因や疫病の原因が海にあるって言ってたけれどやっぱり?」


「間違いないだろう。おそらくこの濃度なら100km圏内の水は駄目だろうな。魚がいる気配もない。ジジィの血が役立ったのは初めてだ。」


困った顔をしながらキマイラは言った。

ジジィというにはあまりに偉大な方だが、功績が偉大だからと言って家族にそう思われているかは別の話だ。

キマイラが汚染されているというのならば間違いないだろうが、不思議なことに見た目は汚染を疑うほど澄んだ綺麗な海だった。


「流石にこれじゃぁ潜るのは無理だな。」


どうやらキマイラは潜る気満々だったらしい。

確かに船底を見るには潜るかこの船を引き上げるしかない。

もう使わない船なのだからさっさと引き上げておいてくれれば良かったのにとは思うが、船内に入らないほどだ。きっと船を動かすなんてことは余程理由がなければしないだろう。


「絶対に駄目だからね!」


無理だと言いつつ、短時間ならいけるか?と考えているキマイラを見てメアリーは慌ててそう言った。


「にしても、一体だれがこんなことをしたんだか。とにかく何もなくとも夜の海は危険だ。この場を早く離れたほうが良い。」


夕陽が沈む海。

キマイラは眉間に皺を寄せて目の前に広がる綺麗すぎる海を睨んだ。


ホテルもなければ旅館もない。

人が暮らしているのか怪しいほど静まり返り民家の灯りさえともらない。

村を見る限り到底民家が宿泊させてくれるとも思えない。


隣の村に戻ることも考慮しつつ、滞在先は見つからないがとりあえずエドワードのいる山に向かうこととなった。


隣村に住むジェフ曰く、近くに海につながる川があるらしい。

メアリーとキマイラはとりあえず川沿いに歩いた。


川辺の湿った土のところどころに足跡が残っている。

村人のものがそれともエドワードも同じように川を歩いたのかは分からないが同じところへ行ったらしい。


足跡と同じ道を二時間ほど歩いたところに目的地はあった。

山頂に近い崖がくりぬかれた場所。

滝の音と川辺の音が入り交じる。

どうやらその場だけ夜の静けさがどこかへ消えているようだ。

もうすっかり夜も暮れていたから見つけられるか不安だったが無事見つかったようだ。

光が漏れてそこに家があるのだとすぐに分かった。


家の扉をノックする。

中から声が聞こえるがノックの返答もなく扉も開かれない。

本当にここか?と不安に思うが、光が漏れているから人がいるのは間違いないだろう。


「どうするんだ?」


「開けるしかないでしょ」


「分かった。」


鍵はかかっていなかった。

だが開きかけてすぐにゴンっという音で何かにぶつかり扉はそれ以上あかなかった。


「ってぇ」


痛みを訴える声でぶつかったのがエドワードだと分かる。

キマイラは思い切り扉をあけたらしい。

音からしてその衝撃は相当なものだっただろう。


「エドワード!?いるなら返事してくれてもよかったじゃない!」


「返事したっての!聞こえてないみたいだから来てやったってのに。」


「それでどうだったんだ?」


「ったく、俺の負傷は無視か」と小声で言いながら静かに首を横に振り、エドワードは部屋の中を指さしてため息をついた。


エドワードが指差した先を覗くと壁に向かって何かを描き続けるひとりの男性がいた。

描き続けている壁一面に書かれた絵は禍々しくも美しい一人の女性だった。

これが彼が見たマーメイドなのだろうとすぐに分かった。


「声をかけても無駄だ。」

エドワードが言うように何度声をかけても男は返事はおろか手を止めることもなかった。

初対面でいきなり肩を叩くのも気が引ける。


「待つしかないわね」


「だろ?」


アーネットは友人が生きていたことを知って安心するのも束の間、友人を心配する気がした。

船の難破

行方不明になった乗組員

逃げた地下から出てきたら沈みかけの船に一人きりになっていた

それでもかろうじて意識を保ち村まで帰ったが彼を歓迎する物は誰一人いなかった。

それどころか「お前のせいで」そう言われ山に追いやられたのだ

精神が崩壊しても無理はない。


日記の内容で追い詰められた精神状態だったことは十分に分かっていた。

海から遠ざかり耳に残る歌声は消えたのだろうか?

時が心を癒してくれるだろうか?

笑いながら涙を流し絵を描き続ける彼を見ると全て否だと分かる。

アーネットに依頼された呪いが解明できたら少しはこの人の助けになるだろうか?

せめて帰ってきて良かったのだということだけでも伝えられればいいとメアリーは思った。

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