第二話 マーメイドの呪い9

ジェフとわかれ、目的地である村まであと数メートルというところ

突然キマイラは足をとめた。


「村へは私とメアリーでいく。エドワードはジェフから聞いた依頼人の友人に会いに行ってほしい。」


珍しく真剣にキマイラがいうがエドワードは二手に別れることに反対だった。

アーネットがいうには村の状態はかなり悪く、女性二人で行くのには危険この上ないと感じたのだ。


「は?なんで俺が!今回は座礁を調べるんだろう?」


自分がついていって何かできるというわけではない。

だが、それでも『何か』の役になる気はする。

心配だと直に言えればいいが、心配したところで二人の方が圧倒的に強いのも知っているから鼻で笑われそうだった。


「座礁を実際に体験したのはオクティビアの友人だけなのよ。あの日記の詳細を聞いてきてもらわないと船が沈んだ場所も分からないし調べるのも調べられないわ。」


「だが船底にいた人間に場所もなにも分かるわけがないだろう。それならば実際の船を見たほうがよほど痕跡が残っているってもんだろ。」


「どちらにせよ、両方の情報が必要よね。今回の依頼内容をアーネットに聞いているときに思ったんだけど、座礁っていうより理不尽な刑を受けた友人の冤罪を晴らしたいように感じたのよね。もう起っちゃったことはどうしようもないけれど、村を壊滅的な状況に追い込んだのは友人じゃないと分かれば気持ちだけでも救われると思うのよね。」


「それはそうだが、わざわざ二手に分かれずとも一緒に回ればいいじゃないか。」


「男同士の方が話安いこともあるだろう。」


「そうよ。それに今回依頼を受けたのは私!とにかくエドワードは山へ友人を訪ねて。」


結局メアリーに押し切られ、解せない様子のままエドワードはしぶしぶ村へは入らずに山へと向かった。

ジェフにもらった地図では日があるうちに目的地にたどりつかないとかがり火を炊いたところで迷ってしまいそうな場所だ。

普段ならエドワードがいう通り二か所とも三人で行動するべきだが今回村にエドワードを入れたくない理由があった。

アーネットが言っていた『伝染病』の存在が気になっていたのだ。

水が原因だとアーネットは言っていたが、もしそれが認識違いだったらエドワードにはかなり危険なものになるだろう。

決して山が安全だとは言えないが、そんな村に行くよりはマシに違いない。


「寂しいか?」


「まさかっ。ちょっと心配なだけよ。」


「そうか。村をみてから日が暮れる前に我々も落ち合おう。」


「そうね。流石に一晩エドワード一人っていうのも心配だもの」


そしてエドワードが見えなくなるまで見送りキマイラとメアリーは村に向かった。

アーチに村の名前が彫られていただろうが、燃やされたようで文字は残ってはいなかった。

村へ近づくたびに腐敗臭は強くなり、村の入り口ですでに鼻に手をあてたくなるほどの強烈な匂いがしていた。


「最高だ!大きい魚を釣り上げたようだぞ!」


今からこんな村に入るのかと憂鬱になるメアリーだが、キマイラはその逆のようで楽しいものでも見つけたかのようににやりと笑い村へ入った。


「やっぱり呪いだと思う?」


「それはまだ分からんな。だが、何かあるのは間違いない。エドワードを連れてこなかったのは正解だったな。」


アーネットはここが昔漁業が盛んだったと話していた。

だがこの場は漁業が盛んだったとは到底思えないほど枯れ果てた村だった。

人はおらず建物は朽ちて生活感がまるでない。

家の影には流行り病で亡くなったのであろう遺体がそのまま放置され、潮風と混ざりこらえられないほどの異臭を放っていた。

だが異臭の原因はそれだけではないようだ。


「毒の匂い?」


「あぁ。甘い匂いはおそらくはそうだな。」


「水が原因なんじゃなかったの?アーネットが水が原因だっていうからには間違いないんだと思っていたわ。」


「水が原因だったさ。だが、気温が高くなってきて蒸発が進み村全体に毒が蔓延してる。かなり薄い毒だから水を飲まない限り数日くらいなら体にさわらないだろうがこの村に住んでいる人間はもう手遅れかもしれないな。」


話をきくために村人を探しながら、腐敗臭がただよう人気のない村を突き進むと目的地であった港へと到着した。

キマイラがいうように毒が蔓延しているせいで村には人っ子一人見当たらなかった。


「これがその船か?」



漁業が盛んな村だというから船が何隻もあるのだと思っていたが港に残っていたのは一隻の船だけだった。

残っていた船はいたるところが破損していた。

二度と航海に出ることはできないだろう外見からおそらくはこの船がアーネットの友人が乗ってきた船だろうと分かる。


「これだけ破損しているからおそらくはそうじゃない?」


よくここまでもったと驚くほど、あちこちが朽ちて使い物にならないだろう損傷の船。

出航することも壊すことも出来なかったのだろうと思う。


「お客人悪いことは言わねぇ。早くここから帰ったほうがえぇ」


突然、背後から老人が話しかけてきた。

人気のない村だったから誰もいないだろうと思い行動していたが突然あらわれた老婆に悲鳴をあげそうになった。

老婆は生気のない顔で僅かにのこる黒髪が乱れた髪のところどころに見え隠れしていた。

食べるものもほとんどないのかその姿はやつれ、腹は出ているというのに手足が棒のようにも思えるほどみているのも辛い姿だった。


「ここで何があったのでしょうか?」


ようやく村の人間にあえたのだ。

だが、なにがあったのかと尋ねるが老人は答えない


「私たちは怪しいものじゃないんです。この地が何故こんなに急に変わってしまったか調べたくて来ました。なにか知りませんか?」


老人は何も答えずうつろな視線をこちらに送るばかり。

どうやら私たちがこの場から離れるのを待っているかのようだ。


「聞いているだろう?なにか答えたらどうなんだ」


怒りを含んだ声でキマイラが言うと老婆はため息をつき、その問に答えることなく「とにかく帰りなさい」とだけ言い残し村へ帰っていった。


「なんなんだ、気持ちの悪い。あれじゃぁ生きているのか死んでいるのか分からないな」


「村に入ってから一人もみなかったからもう住民はいないかと思ったけど、いたのね。この地が危険だと分かっているだろうに生きているというのに離れないだなんて驚きよ。」


「それだけ思い入れのある地なのだろう。ジェフが珍しいだけで、そういう地から離れるというのは並大抵の覚悟ではできないものだ。」


「でもここにいればいずれ死んでしまうのに」


「それでもだよメアリー。メアリーにもそういう場はあるだろう?」


危険を犯してでもその場にい続けたい、そんな場が。

今まではありえないと単純に笑っただろうが、メアリーはそう訊ねられたらなにも言えなかった。


「そうね、あるわ。」


「私もだ。」


その様子を見て「安心した」というようにキマイラは八重歯を見せながら笑った。

こんな空気が重い場所だというのにその場所を思い返すだけで暖かくなる。

きっとあの老婆にとってそういう場所がこの村なのだろう。


「朽ちてはいるが外装は何もなさそうだな。座礁した痕跡も見る限りはなさそうだ。」


船の外装を一通り確認し、そして船の内装へ。

外装はあれだけ老朽化で破損していたというのに内装は驚くほどきれいなままだった。


思えば数カ月前の出来事なのだ。

外装があまりに老朽化が激しかったから忘れそうになる。

波風にあたったとしてもあれだけ外装が破損する方がおかしい。

木が腐食するスピードが明らかにおかしいのだ。

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