第二話 マーメイドの呪い8
「なんなのよ、これ!?」
「あぁ、おはよう。」
出勤したばかりのバラウル従業員エキドナは部屋の惨状に悲鳴をあげた。
床は水浸しで机の上は書類でごちゃごちゃ。
そしてそんな惨状の中、書類にうもっているメアリーと近くのソファーで寝転んでいるエドワード。
なんなの?とは言ったが何度かこういうことがあった。
決まってそういう時は面倒な依頼が来た時なのだ。
エキドナは説明される前にすぐに悟った。
「今度はどんな依頼?」
「これじゃぁ開店に間に合わない」と文句を言いながらも部屋を片付けだすエキドナ。
メアリーは挨拶をしたきり手伝う様子もなく書類に夢中で、エドワードはまだ眠っている。
「人魚の呪いよ」
ほらまた面倒な依頼だ。
エキドナはため息をついた。
「よくエドワードが引き受けたわね」
エドワードは超現実主義なのだ。
科学で証明できないものは存在しないと度々口にするし、宗教上の神ですら存在しないと断言している。
先祖はその存在にきわめて近い人間だったのにも関わらずだ。
だからそんな話題の依頼をエドワードが二言返信で受ける訳はない。
「エドワードは依頼人に人魚だなんてありえないって言ってその代わりに私が任されたの。」
以前バラウルが駆け出しの頃、同じように呪われたという記者からの依頼を受けたことがあった。
だけどあれは駆け出しの頃で余裕もあったし、依頼を選ぶなんてあり得ない状況だったからだ。
今同じように依頼されたら答えは違っていたかもしれない。
否、違うな。
それでもエドワードは引き受けるだろう。
機械的に来た依頼なら自分の主義に反するものは断るだろうけど、困っているのだと言われたら文句を言いながらも内容を聞かず引き受ける気がする。
今回だって信じていないマーメイドについて夜中まで付き合って話を聞いていたのだ。
「大変ね。でも前は依頼人にそんなこと言わなかったのにどうしたのかしら。」
「最初が夜中だったし、最近浮気調査やら探し物ばかりだったからまともな依頼が来たと期待した分がっかりしたのかもね。」
「それを依頼人にぶつけるのはプロとしてどうかと思うのだけれど」
メアリーとエキドナはエドワードの寝顔を見てため息をついた。
「ところで、今回の調査も長くかかりそうなのかしら?」
「マーメイドの被害で座礁した調査を依頼されたから一週間は少なくともかかると思う。場所も遠いし。」
「あらそう。じゃぁまた私はバラウルでお留守番っていうわけね?」
長期にわたる依頼があるときはエキドナに留守番を頼んでいる。
以前は人がこなかったから時間がある時だけ頼んでいたが、最近ちらほらと依頼人が来るから閉めるわけにもいかないのだ。
「すみません。」
「あら別にいいのよ?毎度のことだけれど全く、これっぽっちも気にしていないわ」
絶対に気にしている言い方だった。
心なしかエキドナの額に怒りの皺さえ見える。
「だけど、今回はお願いがあるの。」
「お願い?」
「えぇ。連れてってほしいのよ。キマイラを。」
キマイラというのはバラウルで働くもう一人だ。
警察の仕事をメインで行っているから最近はほとんど事務所にいなかった。
「でもジャックの仕事手伝ってるんでしょ?連れてけないじゃん。」
「連れてってもらえるとなれば必死に終わらせてくると思うわよ。なんせ前回タッチの差で警察の仕事を終えて帰ったとき置いて行かれたとしったキマイラは癇癪を起こしていたもの。未だにそれを根に持っているから今回は連れて行ってほしいのよ。」
うるさいからと小さく聞こえたが、それは聞かなかったことにしよう。
キマイラに連絡をして依頼が入って出張することを伝えるとエキドナがいう通り長丁場だった警察の仕事を驚くスピードでさっさと終わらせてしまった。
最初からやる気を出していればもっと早く終われたのではないか?とも思うがあくまでメインで働くのは警察だから口を出すことは好まれない。
エキドナの薦めとキマイラの希望もあり今回の依頼は三人で向かうことに決まった。
***
オーストラリアにある小さな島の一つ
その中の村の一つがマーメイドに呪われた村だった
片道二日の距離でようやく辿り着いたその場所は何とも寂しい雰囲気のある村だった。
村の少し手前から腐敗臭が漂い、どんよりとした空色からいかにも呪われた地という表現が正しいように感じる。
船着場がある隣村でもマーメイドに呪われた村は有名だった。
市場でその村の話を聞くとよほど関わりたくないようで怪訝な顔をされ「その話ならあの家の爺さんにききな」と村のことを知っているだろう人物を紹介された。
その家の扉を叩くと中から返事はなく庭から物音がしていたから覗くと20代の女性が洗濯物を干していた。
「あの、市場でこちらを紹介されてきたんですが、ジェフさんいらっしゃいますか?」
そう言うと急に怪訝な表情をされた。
「どう言ったご用でしょうか?」
「隣の村の話を伺いたくて」
「あの村とはもう関わりたくないからここに来たのよ!もう良い加減にして!」
「マリア?」
「お父さん、何でもないのよ。」
「お客さんかい?」
「違「隣の村のことを聞きたくてきました。」
マリアの返答に被せてエドワードは答えた。
「お客人、屋内で話そうか。」
案内された屋内には必要最低限のものだけが置かれていた。
「驚くだろ。村から逃げるようにここに来たもんだから最低限しか持って来れんかった。」
「元々は隣の村に住まわれてたんですか?」
「ああ。娘がこの村にいたから良い機会だと言う事でこの村に来たんだ。」
「娘さんがこの村にいらしたんですね。」
「あぁ。娘が失礼な態度をとって申し訳ない。あの村の事で娘もかなり辛い思いをしたからどうしても村の話になるとな…」
「一体隣の村で何があったんでしょうか?」
「あの村は海を怒らせてしまったんだ。」
「どういうことですか?」
「海を相手にする人間にはいくつかのルールがあるんだよ。女を連れて行ってはいけないとかそういう普通とは少し違うルールが。その一つに海で女に会った時村へは帰ってはならないというものがある。」
「馬鹿げている」
「そう、馬鹿げた話だ。あの者もそう思って村へ帰ってきたのだろう。だが結果はどうだ?村は壊滅状態になり海に出る事すら許されない。ルールには理由があったんだと思い知ったところでもう遅い。もう遅いんだ…」
ジェフは両手を見つめ茫然と言った。
「その男性はどうなったんですか?」
「山に連れて行ったさ。もちろん海に返すとか処刑も検討されたがな。その検討の段階では何も起こらなかったからそういう措置になったんだ。」
「では今でも生きているんでしょうか?」
「おそらくだが生きているだろうな。あれから村は大騒ぎになって改めて刑を検討することもできなかったからな。」
「その男性にも話を伺いたいんですが、山のどの辺にいらっしゃいますか?」
「よそもんに伝えてはならないことになっている…が、私ももう村へ帰ることはあるまい。教えても良いが代わりに頼まれてくれないか?」
「何をでしょうか?」
「家の神棚の後ろに置いてある巾着をもってきて欲しいんだ。頼めるか?」
「村へは行く予定でしたし良いですよ!」
そう答えると安心したように目を伏せ、そして海から帰ってきたというアーネットの友人の場所を教えてくれた。
地図もなく道もない場所だそうだ。
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