第二話 マーメイドの呪い 4

二つの物語を読み、エドワードは瞳を閉じてため息をついた。

一言でまとめてしまえば、ありきたりな物語なのだ。

ありきたりな架空の物語。

民話というものは多かれ少なかれ戒めが描かれている。

この村に伝わる双方の物語が伝えたいとするものは、おそらく海の脅威といったところだろうか。

何故片方が人魚の視点で描かれたのかは分からないが、おそらくこの二つの物語は同じ作者による視点を変えたものだろう。


「漁業が盛んな村だからこその物語ですね。こちらが、昨日話されていた物語でしょうか?」


「おそらくは。村には他にもいくつか人魚に関する言い伝えは乗っているのですが、この二つは村の外の私から見てもとくに類似しているように感じます。」


「難破と海の汚染という点で、ということでしょうか?」


「えぇ。だから私が話を聞いた女将さんはこの民話のことを言っているのだと思います。ですが、これは単なる民話です。」


「もちろんです。マーメイドはあくまで民話の中の話で」


昨晩マーメイドの呪いを解けと言われた時は今回の依頼がどうなるかと心配した。

民話を持ってきたからにはこの民話について調べてくれと言われるんじゃないかと内心ひやりとしたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

エドワードは安堵した。


「マーメイドは存在します。」


アーネットはエドワードの言葉をさえぎり、きっぱりと答えた。

そして色々な言語で書かれた本を広げエドワードを見つめた。


「もし、もしもですよ。物語だけの話であれば、あの民話のように一つの地域にしかないはずですよね。これだけの地域でしかも離れた地域にわたりその容姿が語り継がれているということは存在を信じるに値すると思いませんか?人魚もしくはそれに準ずる何かがいる可能性は大いにあるかと思います。」


「一つの物語があまりに魅力的であれば類似する作品は自然と現れるでしょう。リスペクトしてオマージュされた作品は珍しくはありません。マーメイドも同じではないでしょうか?」


現にキメラという存在は多くの人間を魅了する。

人間以上の力を持つ化け物ではあるが、それと同時に特別な力を持つというのは否定しつつも魅力的に思えてしまうものだ。

マーメイドも半身が人間で半身が魚というのだからキメラの一つだろう。

人間が魚の力を手に入れたら?

そう空想するのは簡単だっただろう。

そしてそれを誰かが物語として書けば多くの人がその空想に引き込まれるに違いない。

そうエドワードは考えた。


「マーメイドについては信じていただけないと分かっているのでもういいです。ですが、これは自然に起こった現象だということでしょうか?これを見るとあの村の伝承があながち間違いではないと思うのですが。」


既に机の上いっぱいに広がった資料の上に次々と新聞記事を広げていった。

内容はどれも村の近隣で起こった海の被害の数々だった。

数隻の船が一度に喪失

幽霊船あらわる

魔の海域が現れる

魚の雨が降った

海が黒く染まった

泡立つ海

そんなどれも信じがたい記事ばかりだった。


「渦潮や海で発生した竜巻による影響でこのようなことが起こった事例もあるので同じような状況が起きたのではないでしょうか?」


「渦潮ね…。」


「なので、今回の件も呪いなんかではなく必ず理由があるはずです。王子との悲恋で泡になって消えるマーメイドははなから存在していませんし、呪いだなんてそもそもありえません。」


マーメイドはいないし呪いもありえないと言い切るエドワードをアーネットは鼻で笑った。


「マーメイドによって作られた伝承を信じるのですね。ごめんなさい。貴方に相談した私が間違っていたみたい。」


「どういうことです?」


怪訝な顔でエドワードは訊ねる。

マーメイドだ呪いだという話ばかりでいっこうに話が進まないばかりか、『貴方に相談した私が間違っていた』だなんてあんまりだった。

だがそんな腑に落ちないエドワードをよそにアーネットはもう話すことはないと目線を反らした。


「もう一人の探偵さんを出していただけますか?」


「どういうことでしょうか?」


「貴方とはいくら話しても平行線のようなので、先ほどいたもう一人の女性に話を聞いてもらいたいの。」


「メアリーですか?メアリーは探偵ではありませんよ。」


「でも私は彼女がいいわ。」


「ですが」


「私、マーメイドの存在の有無は本当にどうでも良いんです。ですが、存在をはなから否定していては見えるものも見えなくなってしまうというもの。

あなたはきっと事の真相にはたどり着けないわ。頼んでおきながら失礼なのは承知してますけど、探偵でなくても構わないから彼女にお願いできませんか?」


昨晩の話では村にかかったマーメイドの呪いについて話すのだとばかり思っていた。

現在どのような状況で以前の村はどうだったのか?

依頼というからには当然そういった資料を見せられるとばかり思っていたのだ。

写真でも友人からの手紙でもいいからとにかく解決する手がかりになる何かを求めていた。

だが今日アーネットがもってきたものはどうだ。

村の人魚伝説からはじまり人魚が実在するという資料と定かではない新聞記事

正直早く本題の資料を見せてくれと言いたかったのに人魚の話からどうにも抜けられず苛立っていたのはエドワードの方だった。

だというのにアーネットから一方的に『存在をはなから否定していては見えるものも見えなくなる』だなんて言われチェンジを言い渡された。

あまりに理不尽じゃないか。

マーメイドを信じなくてもいいとオクティビアの方だというのに、何故はなから存在を否定してはならないのだろうか?

初めて交代を言い渡されたエドワードは「お待ちください」とだけ言って席を立った。

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