第二話 マーメイドの呪い3

はるか昔の出来事だ

吟遊詩人が村へやってきた

王都の話

砂漠の地の話

異郷の地の話を歌に乗せやってきた


その詩人は言う

この世のほとんどを私はみてきた

だが一つだけ成し得ていない事がある


何かと問うと

吟遊詩人は歌いながらこう答えるのだ

あの広い海の向こうは誰もみた事がないだろうと


漁師は大笑いして

俺ぁしょっちゅう見ていると笑う

そして見たいのであれば連れて行ってやると

吟遊詩人は見たこともない世界を想像する

未知とはあまりに甘美で魅力的だ

当然すぐに連れて行ってくれと詩人は頼んだ


数日後

吟遊詩人を乗せた船は漁に出かけた

見渡す限り海が広がる

漁師たちは見慣れた光景だ

初めて見る吟遊詩人は感動で涙し感動を書き溜める


漁師が始まるとあまりの熱量に驚き

右へ左へ揺れる船にしっかりとしがみつく

なんて感動的な情景なのだ

素晴らしい

目を輝かせながら歌をつくる


そんなとき

船は大嵐に巻き込まれる

漁師たちは経験のない嵐に戸惑う

パニックのなかそれは美しい声が聞こえた

外国の言葉で紡がれる歌

声もメロディも美しい

嵐の中ということを忘れて一同は聞き入った

吟遊詩人も同じく聞き入った


世界が広いと分かっていたが

今までこのように素晴らしい歌は聞いた事がない

三日三晩

寝るのも食べることも忘れてその歌に聞き入った


そして歌はやみ

吟遊詩人はただ一人先般に寝そべっていた

あたりには誰もいない

あの歌声はもうなく

あの嵐ももう止んでいた

船内を探したが誰もおらず吟遊詩人は見様見真似で船を動かした

村へ帰ったのはさらに一週間後のことだった


村に帰り

どうやって帰ったと問われても

他の乗組員はどうしたと問われても

吟遊詩人は何も分からなかった


ただ記憶にあるのは

あの嵐と美しい歌声だけ


吟遊詩人は二度と歌わなかった

彼女の声にかなうわけもない

彼女を表現する言葉も浮かばない

彼女以外の歌を紡ぐこともしたくはなかった

そして彼女を忘れないために海に姿を消したのだ

これ以上誰かの声で上書きされることもない

これ以上彼女を忘れることもない

「私は生涯忘れたくはない」

それが最後の言葉だった


海は許さなかった

吟遊詩人の死と共に海も死んだ

毒に侵され船も使えない

村もそれからすぐに消えたという

その村は100年の呪いにかかったのだ




海の深層にはまだ見ぬ世界が広がっている

金銀財宝

それら全てが豊富な世界

世界を反転したその地

そこでは海の中である故に同じ人間でも半身が魚の人間が生活をしていた


貧困もなく

病もなく

そして死もない

そんな素晴らしい生活

人魚たちは人間よりはるかに豊かな生活を送っていた


人魚は自分たちの幸せに日々歌を歌い舞いを踊って感謝した

「今日もなんて素晴らしい一日なのだろう」

と毎日そう歌うのだ。


ある嵐の晩

海底にまで轟く雷鳴がその世界を大きく揺らした

建物は崩れ磁気を帯びた世界に人魚たちは初めて体に苦痛を感じた

初めての出来事に人魚は戸惑い逃げ回る

だがその世界しか知らない人魚たちは逃げる場所すら分からない

幾人が亡くなり幾人が気絶をした

その嵐の晩は人魚にとって忘れられない一晩となった


非劇の一晩に一人の人魚が生まれた

名はリリー

磁気を帯びた海で生まれた初めての人魚



他の人魚とは異なり黄金の瞳を持った彼女は美しく多の人魚を魅了した

だが彼女は言うのだ


「私の瞳と同じ色の空をみた」


当然深海の世界で暮らす人魚たちが空をみることはありえない

夢をみたのだろう

光る苔をみたのだろう

と他の人魚はいう


だがリリーは決して納得しなかった

「私は空を知っている」

そう言い続けたのだ

だが周囲は信じない

とうとうリリーはそれを証明すると言い出した


そうして海面へ向かったリリー

そこで見たのは恐ろしい光景だった

耳を劈くような悲鳴と魚たちの息だえる姿

槍を投げられ

網を張られ

強制的に空に挙げられていく魚たち


リリーは恐ろしくなった

すくんでしまい助けることすら出来なかった

ただただ涙を流すしか出来なかった


涙でゆがんだ世界

目を凝らしてみた相手は自分と同じような容姿をしていた

笑い歌いそして次々と傷つけていった

その容姿は間違いなく自分と同じで

呆然と見ていたリリーは現実を拒絶するように悲鳴をあげた


悲鳴はあの晩海に轟いた雷のような悲鳴だった

答えるように海は波打ち船は次々と沈んでいった

今度はその者たちの悲鳴が聞こえた

だがリリーはその姿を気の毒と思うことはない

船が人が沈むのをリリーは見つづけた


ふと海面をみると映った自分の顔は楽しくもないのに頬は高揚し口元は笑っていた

あぁあの者たちに罰を下せたと思ったのかもしれない

リリーは生まれて初めてこんなにも楽しい気持ちになった


それからというものリリーは海底には帰らず同じことを繰り返した

これが正義なのだと思うと楽しくて仕方がない

救った魚に感謝され正義が肯定され、ますますリリーは繰り返す

何度も

何度も

何度も…


だが何事にも例外がある

沈めた船の上で歌声が聞こえてきたのだ

それは何とも美しい歌声だった

目前の死に恐怖することなく今までの生を感謝するそんな歌

深海にいた頃に人魚たちが歌っていたことを思い出させた


リリーは気付いたら歌に答えるようにその者に手を伸ばしていた

唯一その者だけを助けたのだ

近くの岸へ運びそして歌い手を村へ返した

たまには良いだろう

そうリリーは海へ引き返していった


「魚人を探せ!」

「水に潜っているはずだ!」

声が聞こえいつも通りリリーは船を沈ませるため顔をだした


その瞬間一斉に槍がふってきたのだ

驚きリリーは必死に逃げるが今度は網に絡み取られ空へとほおりだされる

そこでリリーが見た者はあの歌い手だった

自分が唯一救った歌い手だったのだ

苦しくて

悔しくて

悲しくて

リリーは自分でも耳を劈くほどの声で叫んだ

いつものように船は沈み網にからまれたリリーは再び海にほおりだされた


海に帰ったリリー

船が全て沈んだことを確認し以前行った村へ向かった

歌い手を送り届けた村だ

そして今までと同じように叫んだ

すると船ではなく今度は一瞬で村が水の底へ沈んだのだ


リリーは満足してその場を去ったが、

傷ついたリリーが流した血は海を毒しその村は二度と漁が出来なくなったという

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る