第二話 マーメイドの呪い2

「では、言い方を変えます。呪いではないことを是非証明していただきたい。

今回の依頼はあくまで不可解な事件の調査…これならいかがでしょうか?」


「ふむ…。それなら当方の範囲です。」


呪いを呪いじゃないと証明しろ?

言い方を変えただけだが、待ちに待っていた事件の調査依頼が来て心が踊らないわけがない。

久しぶりにきた自分が思い描く探偵の仕事なのだ。

だが今は依頼人の目の前だ。

浮き足立つ心を抑えて、考えるように手を口にあてにやける口元を隠した。


「受けていただけます?」


その問いに対する答えは一つしかなかった。


「お受けいたしましょう。先ほど話していたご友人の村というのは、こちらを紹介してくださったご友人と同じ方なのでしょうか?」


「いえ、また別の友人です。」


「そうですか。早速ですが依頼の詳細を教えてください。資料などがあれば一緒に確認させていただきたいのですが…」

と言ってみたものの、アーネットは荷物一つないのでおそらく資料は何もないだろう。


「すみません。資料はないんです。そういうものが必要だとは知らなくて…。明日資料をお持ちします。」


「かしこまりました。では今日はとりあえず詳細をお伺いしましょう。」


「はい。私が調査して欲しいのは友人の住む村が最近あまりにも変わり果ててしまったので、その原因について調べて欲しいんです。

その村は漁業が盛んな所でした。

村の男達は日夜漁に出かけ、女は漁で取れた魚を処理し近隣の町で商売をしていました。

その村は時々訪れる私も驚くほど豊かな土地でした。

ですが、先日訪れたところ豊かだった村が一変していたんです。

十年、たった十年の話です。

私が久しぶりに訪れた時にはもう以前の盛んな村は見る影もなく、まるで廃墟のような錆びれた村に変貌してしまったのです。

以前よくしていただいていたその村の女将さんが言うには、漁が一切できなくなってしまったそうなんです。

漁へでればその都度舟は沈み、運よく帰ることが出来たとしても命懸けで取れた魚は全て腐った魚か毒魚ばかり。

漁業を生業にしてきた村ですから魚が取れなくなってしまうのは命取りな訳で、村が落ちぶれていくのはあっという間だったそうです。」


「急に魚が取れなくなってしまったから呪いということでしょうか?」


「いえ違います。

魚の不漁だけであれば気候の変動やなんらかの生物によるのが原因だろうと私も思います。

それに長年漁を生業にしているのですから当然そのことは村の人々も分かっています。

ですが、村を襲ったのはそれだけじゃなかった。

地下水からくむ飲み水は干上がり、海が毒に犯されているようで海水からようやく作った水すら毒が混じったものだったんです。

驚くことに女将さんが言うにはマーメイドの呪いにより一晩でこうなったというんです。」


さっぱり分からなかった。

干上がりそして海の汚染と不漁、それら全てを一括りに呪いの一言で完結させてしまうのは簡単だろう。

だが、どうにもエドワードは納得できなかった。

海の汚染と不漁はつながっているとして、干上がりはどう考えても別問題なはずだ。


「女将さんが言っていたマーメイドの呪いってどういうものなのでしょうか?」


「あの地に伝わる言い伝えなんですが、海でマーメイドを見た者は呪われてしまうそうです。だからマーメイドを見たものは決して帰るなという風習があるそうです。」


「よくある昔話ですね」


「確かに私も友人からの手紙を見るまではそう思っていたんです。

今回私が村に行ったのは友人からの手紙があったからなんですが、友人の手紙によるとどうやらその呪いは本当だったらしいのです。

友人から助けてほしいという手紙をもらい慌てていってみた所、友人の言う通り悲惨な村に変わっていたのです。

そして、どうやら女将さんが言うには現状がそのマーメイドの呪いに類似しているというのです。

私は一端の責任をとらされ隔離された友人を救いたいんです。」


「村の昔話あるあるはさておき、マーメイドは架空の生きものですよね?それを信じて隔離だなんていささかやりすぎではありませんか?」


「マーメイドは実在します。信じてはもらえないとは思いますが。ですが、存在はともかくマーメイドが人を呪うだなんて話ありえない。」


アーネットは真剣な眼差しでそう告げた。

その様子は本気でマーメイドの存在を信じているものでエドワードは小さく咳払いをした。


「正体が定かではない存在に尾ひれ背びれが付くのは当然のことです。今回もおそらくは天候不良による一時的なものかと思いますが、まったくそんなことまで昔話のせいにしてしまうだなんて恐ろしいですね。」


あまりに真剣にマーメイドが存在すると言うものだからもう否定はしまいと思ったがその回答が不服だったようでアーネットは相手が気付くか否かというほどの一瞬眉間に皺を寄せた。


「…。明日資料をもって出直します。」


そしてアーネットは徐に席を立ち、今度は話を続けることなく帰ってしまった。

そんなアーネットを呆然と見送ったエドワードは、否定しなかった自分の言い方が悪かったと思えず「一体なんだったんだ?」と頭を掻いた。

そして夢なら明日には覚めているだろうと短絡的に今晩のことを半分なかったことにしてベッドへ引き返した。




***

翌朝


「エドワード!」

容赦なく開かれた扉からメアリーが顔をのぞかせる。

昨晩は寝たのか寝なかったのか分からない寝方をしたせいで時計は既に朝の8時を回っていたというのにエドワードは未だに夢半ばだった。


「そろそろ起きないと依頼人来ちゃうよ!ところで昨日、私が寝てる間に誰か来た?」


メアリーは返事がないのを気にすることもなく話し続けた。

普段夜中に誰か来たらメアリーが対応していたが、今回メアリーは昨晩久しぶりに外出していたのだ。

帰宅して嗅ぎなれない匂いや流し台に置かれていたカップを見て夜中に誰か来たのだと知ったのだ。

当然気になる。


「あ?あぁ…。現実だったか」


頭を掻きながら大きな欠伸をしエドワードは昨晩の出来事を思い出す。

マーメイド。呪い。海洋汚染。船の難破。

そして久しぶりにわくわくする依頼だったことを思い出した。


「ねぇ、どういうことなの?」


「昨日の夜中に訳アリの依頼人が来たんだよ。今日また資料を持って出直すらしいんだが調査の依頼らしい。」


「いつもの浮気調査?」


「いや?聞いて驚くなよ?」

エドワードは話をためながらもメアリーの反応を想像するとワクワクして口元がゆがんだ。


「実は昨日の依頼は、マーメイドの呪いを証明してほしいってものだったんだ!」


「なにそれ?夢でも見たんじゃない?」

最近面白い依頼がないから退屈していたのを知っているメアリーは鼻で笑った。

どうせ同じ依頼ばかりで飽きたエドワードが自分すら信じていないものまででっち上げたのだと思ったのだ。


「いや、本当にそういう依頼だったんだって!今日その依頼人がもう一度ここに来るからそれで夢じゃないって分かるだろう?」


「まぁ、そうね。本当にくればの話だけど」




バラウルの開店は10時だ。

まだか、まだかと待っているものほど来ないというのは本当のことのようだ。


10時の開店から扉のベルが鳴るたびに期待で立ち上がりはするが結局いつもの依頼ばかりで閉店になるころにはもうあれは夢だったんだとまた思い始めていた。

夢でないとしても、やっぱり騙されたんだろう。

現に昨晩訪れたアーネットの顔すら思い出せない。

楽しみではあったが、ないものを待っても仕方ない。


「もう閉めていい?」


「…。そうだな。」


「結局来なかったわね。」


「何かの間違いだったんだろう。まぁ、面白い夢が見れたと思うことにするさ。」


エドワードはマーメイドだなんてやはり現実的じゃないのだと諦めようとしたが、メアリーは腑に落ちなかった。

昨日誰か来たのはまちがいない。

何故、態々夜中にやってきて依頼をする必要があったのか?

いたずらであれば日中でもよかったはずだ。

それなのに何故?

一体何のために?

看板をもうほとんど終い終えCLOSEに変えようとした、そんな頃。


「ま、まだ。まだ間に合いますか?」


キンっと耳鳴りがするほどの周波数の声でそう聞かれた。

メアリーが驚いて振り向くとそこには申し訳なさそうに眉を下げた依頼人がいた。

一瞬で昨晩の人物がこの目の前の女なのだと分かった。

メアリーはすかさず「大丈夫です」と答えアーネットを招き入れ入口の扉をCLOSEに変更した。


「昨晩は遅くなって申し訳ございませんでした。何分急いでいたもので」


「大丈夫ですよ。うちの探偵が失礼なことをしませんでしたか?」


「信じてもらえないということは覚悟していたので気にしていません。依頼を受けてくださる方が見つかっただけで十分です。ところで、あなたも探偵さんなのでしょうか?」


「私?私は」

助手だというのがどこかくすぐったい気がして笑顔でメアリーは言葉を濁した。


「お待ちしておりました。昨晩は失礼いたしました。」


「いえ、こちらこそ夜遅くに申し訳ございませんでした。」


「本日は昨日の件でこられたということでよろしいでしょうか?」


昨日は持っていなかった鞄とそのふくらみを見てエドワードは奥の広いテーブルに案内した。

そしてエドワードと目が合ったメアリーは頷き、お茶を入れに一度席を外した。


「昨日は資料がなかったので本日はそれをお見せしようと思いまして。かき集めるのに時間がかかってしまいましたが。」

そう言いながら本やら巻物やら手紙の束を鞄から取り出した。

そしてアーネットは最後にエドワードの前に一冊の本を差し出した。

メアリーはそれらの邪魔にならないようにお茶を置き近くに控えた。


「これは?」

それは糸で束ねられた古い本だった。

何度も読まれたもののようでページは薄くそっと爪をひっかけて開いてみる。

どうやら絵本のようだ。


「今回の隔離の原因となったあの村の人魚伝説を先に見ていただきたいのです。」

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