第2話 マーメイドの呪い
それは月もでていない暗闇に染まった夜のことだ。
町は眠りにつき静まり返っている中でトントンと控えめに扉を叩く音がバラウルに響いた。
はじめは夢だと思った。
だがトントンと同じリズムでたたかれる扉の音は目覚ましのアラームのように止めなければ鳴りやまないようだ。
こんな夜中になんなんだ。
夢半ばで起こされたエドワードは布団を深くかぶり来訪者が諦めて翌日出直してくることを願ったが、そんな願いは届かなかった。
トントン…トントン…トントン…
意識が覚醒してからもノックは一定の音と間隔で続いていた。
どれだけの時間叩いているのかわからないが、どうやらノックしている人物は諦めるつもりはないらしい。
そして、いつもなら早々に反応する助手のメアリーが対応する様子もない。
とうとう諦めたエドワードはしぶしぶ布団をはがし、しぶしぶ着替えた。
もちろんその間もずっとドアはノックされ続け、それに対して返事をしなかったのは夜中叩き起こした相手への不満からだった。
「昼間散々仕事をしてきた俺を夜も寝かせないだなんて、あまりに理不尽じゃないか!?」
と小声で漏らすがそれに返答する者はこの場に誰もいない。
そうしている間にもノックは続いている。
エドワードはもうバラウルの客人なのでは?という考えを通り越してホラー現象じゃないかとさえ感じてきた。
もしかして扉を開けたら誰もいなかったりして、と少し怖くなる。
自分の中でありえないと言い聞かせるが『もしかして』という考えが頭を過りなんども誰もいなかった場合の原因を考察した。
終いには誰かがいるというものでなく、何かが扉に当たっているだけという結論にいたり、恐る恐る扉に手をかけた。
数センチ開いた隙間から外を覗く。
靴が見えた。
「うわッ」と声をあげそうになった口を慌ててふさぎ、一息つくと自分が心配していたことが急に馬鹿馬鹿しくなる。
誰かがいると分かり安心して扉を開けると、目の前に今まで見たこともない絶世の美女が扉の外に立っていた。
きっとこれは夢だ。
そう思いながら開けた扉をそっと閉めるエドワード。
だが閉めた扉を叩く音に夢でないことを知らされたエドワードは慌てて身なりを整え、先ほどとは異なり通常の来客時のように扉を開いた。
やはり開いた扉の先には先ほどの絶世の美女が立っている。
どうやらこれは夢ではないらしい。
「あの、どうい」
「夜分に申し訳ございません。友人に紹介されました。ここで様々な依頼を受けてくださると聞いてきたのですが何分遠距離だったものでこのようなお時間になってしまい…。」
要件を聞く前にたたみかけるように早口でそう述べる女にエドワードは言葉をなくした。
「あ…。いえどうぞ」
目の前の美女に見とれ、かつあまりの早口で言葉を失ったエドワードは悟られないように慌てて店内の席をすすめた。
もしエドワードがこの時美女に見とれていなければ、そして早口だろうが冷静に対応できていれば、ここ数日晴ればかりが続いているというのに美女の足元に雨上がりかのように水が滴っていることを不思議に思っただろう。
だがこの時のエドワードは目の前の美女の顔ばかり見ていて、残念ながら足元までは見ていなかった。
そしてあまりの早口に寝起きのエドワードの頭はショート寸前になっていたのも言うまでもない。
部屋の照明を灯し客用の椅子に女性を案内し飲み物を訊ねる。
女性は「おかまいなく」と答えるが、エドワードは自分の眠気覚ましのコーヒーと一緒に女にも同じものを差し出した。
着席するのを今か今かと待ちわびていた女はエドワードが着席したのと同時に再び勢いよく話し出した。
「遠方に住んでいるもので、時間もなく夜分にすみません。先程お話しましたが友人にこちらは様々な依頼を受けてくださると聞いて是非お願いしたく来たのです。どうか力をかしてください。私の友人の住む村が今大変なんです。
その村は漁業でにぎわっていた村なんですが、最近どうにも様子がおかしいらしいのです。食べれる魚は取れず取れるものとすれば腐った魚か毒魚ばかり。漁業を生業にしてきた村ですから魚が取れなくなってしまうのは命取りな訳で」
この女はなんでこうも早口なんだろうか?
最初こそ絶世の美女だとうっとりしていたエドワードも、こうも人に話す機会を与えない女に少々嫌気が注してきた。
夜中に起こされ、眠気覚ましのコーヒーを飲む隙さえ与えられないのだ。
何故この女はこうも急いでいるのだろうか?
それとも元々早口なんだろうか?
もし急いでいるのならこのまま聞くしかないし、早口ならゆっくり整理させてほしいが…。
いや、急いでいてもこのまま聞き続けるのには限界がある。
どちらにしても寝起きの頭の処理能力では到底処理仕切れない情報量とスピードに、息苦しささえ感じてきた。
「ちょ。ちょっといいでしょうか?」
エドワードは早口で話し続ける女を勇気をふり絞り制止した。
「はい。」
「お急ぎのところすみません。ですが、あまりに早口で話されるとこちらも把握しきれません。出来ればもう少しゆっくりと説明をお願いしても良いでしょうか?まずは貴方のお名前を教えてください。」
「早口でしたか?すみません。私はアーネット・オクティビアと申します。」
どうやら早口で話していた自覚はなかったようだ。
今度は早口で話続けることなく、アーネットはエドワードが聞くのを待った。
「アーネットさんは遠方に住まわれているんですよね?」
「はい。インド洋にあるオーストラリアの小さな島に住んでおります。」
「オーストラリアですか!?そんなに遠くだというのにここのことをご存じの方がいらしたんですね。嬉しいです。
ですが、一体何故そんな遠くから来られたんでしょうか?あちらにも探偵くらいはいたでしょうに。」
「呪いと言って信じてもらえますでしょうか?」
こんな真夜中にやってきて”呪いを信じるか?”だと?
何かの悪い冗談ならたちが悪い。
エドワードはきっぱりと答えた。
「いえ信じません。」
呪いだなんて非科学的なこと信じるわけがない。
呪いだと思わせることがあるとすれば、それは人の深層心理が招いていることが大半で実際に呪いだなんてありえない。
きっぱりと答えたエドワードにアーネットは酷くがっかりした様子で下を向いた。
エドワードは何をふざけたことを言い出すんだと思ったが、アーネットのその反応にはふざけている様子は一切なかった。
それどころかここであれば信じてくれるのではという期待があったようだ。
「そうですか…。あなたもやはりそうですか。」
アーネットは「信じない」という言葉にひどく傷つき諦めて帰るかのように立ち上がり、そして少し考えてからまた着席した。
信じないでどうする??と言い聞かせるように首を横に振り、そして意を決したようにもう一度エドワードの目をまっすぐ見つめた。
「友人は以前こちらで解決していただいたと間違いなく言っておりました。無理とは承知でどうか私の依頼も受けていただけませんか?」
「ご友人がどなたかは存じませんが、当方は霊媒師でも呪術師でもありませんのでそういったことは業務範囲外です。」
「ではどのようなものであれば業務範囲内なのでしょうか?」
「現実的な問題ですね、例えば浮気調査や捜索などの」
探偵としての業務範囲を自分で話しながらエドワードはだんだん嫌になってきた。
自分が今まで求めていた探偵というものはそんなものではなかったはずなのだ。
調査や捜索ではなくもっと難事件に挑むとかそういう小説のような謎解きをする探偵でありたいと思って探偵を続けているというのに最近の現実はあまりにそれとかけ離れている。
だからいつしか自分でも探偵というのはそういうものだと思いつつあるのだと話しながら思った。
「では、言い方を変えます。呪いではないことを証明していただきたい。
不可解な事件の調査…これならいかがでしょうか?」
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