第1話 若返りの泉 10

 カシャンという金属音で緊張で止まっていた息を吸い込む。

 もうろうとする意識の中ゆっくりと目を開けると驚くことにアルバーノはベッドの上に眠っていた。真っ白な天井に真っ白なベッド、そして手に暖かみを感じてそちらをみるとそこにはナターシャが眠っていた。

 そして気配を感じゆっくりと見渡すと驚くことにレストランの席に座っていたはずの二人が申し訳なさそうに立っていた。


「初めましてアルバーノ・ロッソさん。私、探偵をしている」


「エドワードさん」


「え、えぇ。どこかでお会いしましたでしょうか?」


 あぁ夢だったのだとアルバーノは先ほどまでの出来事を思い出した。

 自分が難病になり若返っていくそんな長い夢を見ていたのだ。


「私は一体」


「意識不明の状態で病院へ運ばれ身元が分からなかったため、親族にも連絡が取れず、いまま意識が回復するのを病院は待っていたそうです。」


「あぁ交通事故か」


「えぇ。覚えていらっしゃいますか?」


 その先は記憶がないが、交通事故にあった日のことはよく覚えている。

 その日はナターシャとのデートの日だった。

 広告代理店に勤めていたアルバーノが珍しく早く帰れたその日、ピアーナで久しぶりのデートをしたのだ。そしてナターシャと別れたその晩にトラックに引かれた。


 何故あんな夢を見たのか分からない。

 若返ってもいなければ難病でもなんでもない。ごく普通に大人になりごく普通にナターシャと出会って恋におちた。

 夢と同じようにナターシャには半年くらい前から結婚の話をされ続け少し不安になりながらも仕事の忙しさもあってないがしろにしてしまっていた。


「えぇ。覚えています。ですが何故あなたたちがここへ?」


 そう、不思議なこと偶然があった。

 まだ夢の続きを見ているようにこの場に立つ二人のことだ。

 夢では探偵である二人が自分の元に訪れたのを覚えているが、現実にはこの二人との接点などなく、新聞の記事で二人のことをちらりとみた程度だった。

 なのに何故?


「我々はナターシャさんにアルバーノさんを探すよう依頼されて来ました。見つかって本当に良かったです。」


 まさに夢と同じだった。

 本当にあれは夢だったんだろうか?そう疑問に思えてきてしまうほど今でも鮮明に覚えている。あの二人に言われたこともナターシャから逃げて苦労をかけてしまったことも全て現実のようにリアルに感じる。

 挨拶だけ済ませると眠るナターシャをおいて病室を出ていった夢から抜け出してきた二人だったが、こんなにも親近感があるのは無意識化で二人がここを訪れたことを認識していたのだろうか?

 そんな馬鹿な、とアルバーノは笑った。

 そしてなんておかしな夢をみたのだろうと笑うのだ。

 もしアルバーノが夢と同じように難病になっていたとしたら、そう考えるときっと自分は夢と同じようにナターシャのもとを去りナターシャは同じように探し求め抱きしめてくれただろう。


「アルバーノ…?」


 リアルじゃないのにやけにリアルに感じる、そんな不思議な夢を思い出しながら一人笑っているとナターシャの声がした。

 いつからだろう、彼女の声がこんなにも幸せにしてくれるものになったのは。

 まだ夢から半分抜け出せていない最愛の恋人に心を話す決心はとうについていた。

 散々まよって一時は別れることまで考えた。

 だが彼女以外考えられない。それがこの長い夢でよくわかったことなのだ。


「ナターシャ、結婚してほしい。愛しているんだ。」


 まだ夢の途中のナターシャの髪をすきながら口から自然とでた言葉だった。

 ようやく言葉にした結婚の言葉に自分のまだ納得できていない心の一部をすっと一層してしまったようだ。

 だが不思議なことに、まるでこうなることが決まっていたかのようにあれだけ不安だった自分はどこかへ消えてしまったようで自然に結婚という言葉を受け入れることができた。

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