第1話 若返りの泉 9

「もしかして住む場所が違うというより、写真より随分と若く見える事が関係しているんじゃないでしょうか?」


 結婚に対する不満に違和感を感じていたメアリーがカップをソーサーに戻し、ようやく口を開いた。


「だって…。気持ちわるいでしょう?僕の両親も気持ち悪かったと思います。そんな両親に何故これ以上苦労はかけられないんだよ。」


「一体、どういうことでしょうか?」


「私は老人として幼少期を過ごしました。」


 突然の話にその場はシンと静まり返った。

 冗談としか思えないその話をアルバーノは真剣なまなざしで話すのだ。どういう意図でそんな話題をしているのかと二人が考えてしまうのに無理はない。


「母がいうには生れたときはごく普通の赤ん坊だった。がだ、月日がたつにつれて僕がほかの子供と違ってきたんだ。だれよりも小さいまま急速に成長していった。

 両親は何かに取りつかれたと言って霊媒師をよんだがむだ。だがそれでは解決しなかった。僕の成長は突如として加速して小さい身なりのまま周囲の人間たちだけが僕の二倍にも三倍にも身長を伸ばすというのに僕は身長は伸びないまま体だけが人一倍老いていった。

 あれは11を迎える頃だっただろうか、食べても食べても太ることができず唯一人並だと思っていた髪までもが年齢と共に抜け落ちていった。そして、見た目だけでなく僕の臓器も骨もボロボロになっていき僕は病気がちになっていった。両親は医師に打つ手なしと何度も言われ続け僕も両親にもういいのだと何度も言い続けることになった。次第に入院しがちな僕の病室には誰も来なくなった。僕は死をまつばかりで自分の不運を呪ってた。

 どうせこんな人生ならいっそ早く終わらせて欲しいと神に願い続けた。

 そんな頃、不思議な出会いがあったんだ。未だに信じられない。その人がいうにはゆっくり時間をさかのぼり同じ年齢になったら人と同じように過ごせるのだというんだ。」


「ばかな」


「ばかばかしいだろ?僕もそう思った。

 一時の気休めにいうにはその話はあまりにバカげていた。

 だけど現に僕の不調は次第に良くなっていきナターシャと会う頃には30代の体を。そしてもうすぐ実年齢の20代の体を取り戻す。急に老いだし、そして急に若返る僕を当然両親は気持ち悪いと思ただろうな。退院後、僕は両親に一度も会っていない。もちろん今後も会うつもりはない。

 そんな僕だ。ナターシャと付き合い続ければいつかそのことを知られてしまう。僕はナターシャに両親が僕に抱いたのと同じように気持ちが悪いと思われるのが怖かった。それに」


「それに?」


「もし、ナターシャに全てを話し受け入れてもらえたとしても僕が年齢をさかのぼるきっかけとなった『あの人』がいう元の年齢を取り戻した僕はこの先どうなるか分からない。死ぬのかそれともそれ以上に悪いことが起こるのか…。そんな未来になると分かっている人間が結婚できると思うか?

 愛している相手に苦労をかけると分かっていてどうして結婚できるだろうか?」


「それは」


 人を探してそのあと見つかった人がどうなるかなんて分からない。そこまで考えていたらこの仕事は出来ないし一人ひとりにそんなことまで考えていたら身がもたないというのも分かっている。だからエドワードは彼がアルバーノだと分かった以上、依頼主のナターシャの意向のまま「ナターシャさんと話し合って決めることだ」というつもりだった。だがその言葉をメアリーは遮った。


「それでもきちんと別れは告げるべきです。それをどう判断するかはナターシャさんでしょう?勝手にナターシャさんの意向を決めつけて姿を消すのは別の話じゃないですか?」


メアリーがきっぱりとそういったのだ。


「貴方には貴方の事情があるのでしょう。ご病気をされてたのは気の毒だとは思います。ですが、病気を理由にナターシャさんを遠ざけるのは別の話です。ナターシャさんは理由も分からず消えてしまったあなたを今も探し続けているんです。いつまで恋人にそんな辛い思いをさせるんですか?」


「本当のことを言えたらどれだけ楽だっただろうな。

 ナターシャはあの性格だ。もし本当のことを知ったら間違いなく側にいるというだろう。大好きな絵もやめて逃げてきた実家にも頼って僕の病気を調べようとするだろう。それで最終的には後悔することになるんだ。

 僕は両親すら受け入れるのに苦労したこの状況にナターシャをまきこみたくないんだよ。」


 アルバーノの語った病気の話はにわかに信じられるものじゃなかった。

 もしかしたら全て名家のお嬢様と別れる口実なのかもしれない。だが、もしそうだとすれば両親が飾っていた写真やアルバーノの部屋にあった写真の男は一体誰なんだろうか?

 だが、どちらにせよこの先調査を続けるかは依頼人であるナターシャの判断次第だった。


「分かりました。ですがどんな形だとしても彼女には事実を伝えたほうがいい。

あなたが現在若返った先を心配していますが、彼女は年老いていくんですよ。当然年老いたその先どうなるかだなんて誰にもわかりません。彼女だって病気をすることも怪我をすることもあるんです。

 未来へのリスクは誰にでもあるんです。ナターシャさんにせめて別れたいの一言でもいいので連絡を。

 我々は明日7月9日の昼頃ピアーナで依頼主であるナターシャさんに今回の報告をします。アルバーノさんもその場に来ていただけませんか?」


「いや…だから」


「すぐ返答は難しいと思いますので、考えていただければと思います。」


 それだけ話すと二人はカップに残った紅茶を飲み干しアルバーノの家をでた。

 アルバーノが来るか否かは分からないが翌日だったがナターシャに進捗状況を説明したいという連絡をすると直ぐにいくという連絡がきて昼には少し早い11時に会うこととなった。



7月9日

 ピアーナ、ここはナターシャと二人で最後の夜を過ごしたレストランだった。

 アルバーノがピアーナを訪れるとウエイターに案内された席には先日自分の家にやってきた二人と、そして最後に会ったときより少しやつれた最愛の恋人がいた。

 最愛の恋人にそんな思いをさせてしまったと実感すると、彼女をみるだけで心は深く沈みアルバーノの歩幅はどんどん狭くなっていった。

 もう帰ろうと引き返そうとしたその瞬間、アルバーノに気づいたナターシャが駆け寄り人前だというのに後ろから抱き着いた。先ほどまで心が沈み帰ろうとしていたというのに半年もの間離れていた時間が嘘のように心は未だに熱く高鳴りナターシャへの愛を囁いていた。

 そして口からでたのは「別れたい」の一言ではなく真逆の言葉だった。


「愛してる」


 別れの言葉を告げる口から自然にこぼれたのはその言葉で、それを聞いてナターシャは顔をゆがめ頷き続けた。


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