第1話 若返りの泉 8
「えぇ。その写真もそして実家の写真も全部僕です。ナターシャには本当に悪いことを。お二人ともよければ上がっていきませんか?」
「おじゃまします。」
折角冗談だと結論づけたというのにそのまままさかの話がすすみ、エドワードは口だけがパクパクと開閉するばかりだった。
そんなエドワードにかわってメアリーが返事した。
それにしても不思議だ。
人は年をとることはあるが若返る人がいるだなんてメアリーにも初めての経験だった。
世界は広い。ヴァンパイアである自分が存在するのならそんな広い世界でもしかしたら若返る人がいてもおかしくはない。とにかく自分のだした答えは間違いではなかったということが正面の大男の様子からすごくよくわかった。
臭いだって同一人物のものだった。
それに確かに写真の面影はあった。
だから「アルバートだろう」と自信をもって尋ねたが、それでも何度も自問自答してしまうほどにわかに信じられない出来事だった。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
リビングに到着すると手際よくお茶の準備を整えたアルバーノは机の上に紅茶を並べ二人に薦めた。
「ナターシャはどうしてる?」
「とても心配しています。我々に依頼されたときも自身で必死に集めた資料を沢山持ってこられたくらいです。」
「なんでそんなに…。」
「何故そんなに別れたいんですか?」
「ナターシャに縁談が来ているという知らせが届いたんだ。どうせ僕と離れることになるのなら今が頃合いだと思わないか?」
「縁談が来ているから別れるということでしょうか?縁談が来ていてもそれを断るか否かはナターシャさんの判断でもし貴方を愛しているなら」
拒絶をしめすようにアルバーノは首を振った。そして机の上で組んでいた両手を見つめ、詰まった息を吐き出すようにゆっくりと息を吐いたのだ。
「ナターシャの家柄知っているだろ?」
「えぇもちろん。」
「サルバトーレ家なんて名門の家のお嬢様がボロボロのアパートで売れない画家をやってるだなんて誰が思う?誰も思わないだろう?もし彼女がサルバトーレ家の人間だと知らなかったら僕はその時まで一緒にいただろう。
でも彼女は違う。彼女とはそもそも住む場所が違うんだ。僕が好きになった相手は名家のお嬢様ではなくてただの売れない画家なんだよ。名家と関わるだなんて面倒事、僕は望んではいない。だから」
「名門の家だろうが売れない画家だろうが、どちらも同じナターシャさんなのに?」
「付き合うだけならそれでいい。だけど結婚ともなると話は別だ。
結婚は家同士のつながりでもあるんだ。家とは無縁というわけにはいかないだろ?どうしても彼女の家族と会うことも必要になる。
当然結婚を意識しだしたナターシャは僕の家族に会いたいと何度も言ってはいたが、僕は…。僕の家族をナターシャに会わせたくなかった。そしてその先にいるナターシャの家族にはもっと会わせたくなかった。」
町はずれの小さな家に住んでいるアルバーノの両親を名門の家のお嬢様であるナターシャに合わせるのは勇気がいることだった。
もしナターシャに実家の差について一言でも言われたら?
そしてナターシャの家族にあった際に、もし格差社会について問われたら?
自分だけそういう思いをするのはまだ耐えられる。だが結婚して家族までもがそんな想いをするだなんて考えるだけでもアルバーノは耐えられなかった。
「結婚したいというナターシャの気持ちはひしひしと伝わるんだ。結婚して子供を産んで老後は…。そんなビジョンをナターシャに語られたこともある。のらりくらりと話題を避けても彼女とデートする度にその話題はだんだん避けられないものになっていったんだ。」
「だから会う回数がだんだん減っていったんですね。」
「あぁ。僕があの名門のサルバトーレ家にいく?
考えただけで笑えてしまうほどの絵空事だ。怖気づいた…。
上流階級の人間でいかに自分がちっぽけな存在か思い知らされるなんて思うだけで足がすくんだんだ。家族もそういう思いをするんだと考えるとなおさらだ。
そう考えつづけると、今まで楽しかった時間は次第に違う景色で見えてくる。隣で笑うナターシャは日々僕を見下しているんじゃないかとさえ思ってしまう。」
「そんなことはないと貴方は分かっているでしょう?」
「分かっている。
分かってはいるが、僕の心のどこかで彼女といるときずっとそう囁かれるんだ。例えば彼女のふとしたため息だったりたまに言う小言だったり。そんなことを聞くだけで僕の心には違う立場の人間だからでる言葉に聞こえてしまう。だから、どちらにせよもう限界だったんだ…。」
「それでも愛している。違いますか?」
「…。」
「この絵もナターシャさんが書いたものですよね?最初は気づかなかったんですが、右下にナターシャさんのサインがあります。」
「それとこれは関係のない話だ。」
ナターシャを愛していても、ナターシャの家族や今までの人生までも愛せるかというのは別の話だった。いつか結婚という概念がそういった不安を取り除けるときが来るのだろうか?否、数百年数千年続いた概念はDNAにまで組み込まれている習性のようも感じた。
エドワードとアルバーノの会話を紅茶を飲みながら聞いていたメアリーはそんなことを考えながらぼんやりとしていた。
「きっと見つかるまでナターシャさんは探し続けると思いますよ。今回の調査でご実家が分かったのでアルバーノさんの意思はよそにご実家にもいかれるでしょうね。」
「な…。」
「それほどナターシャさんは心配しているんです。別れるのなら突然消えないでちゃんと別れの言葉を告げてあげればいいのに何故そうしてあげないのですか?」
「やれるもんならやってるさ。彼女から結婚の話がでてから何度もそうしようとしてきたんだ。」
「でも自分から別れるなんてことは出来なかったんですね。」
「あぁ。彼女を見るたび声を聞くたび言葉が出なくなる。本当は結婚どころかもっと早く答えを出さなければいけなかったのに」
結婚よりも早くということはそもそも別れるつもりでいたということだった。
ここへ来てから今までアルバーノが話してきたのは結婚する故の壁についてだったが、もし結婚を意識する前からそう思っていたのならその原因はなんだろうか?
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