第1話 若返りの泉 7

 この写真どっかで

 この匂いどこかで

 その疑問がぐるぐると二人の脳裏にこだまし続け、電車が何度目かの踏切を超えたころ、急にメアリーが声をあげた。


「思い出した!」


「うるさいぞ、メアリー。」


 自分の探し求めている答えがあと少しで分かりそうなそんなころだったのに、急にメアリーが声をあげたことで消えてしまった。

 メアリーを注意し、再度自分の思考の世界へ入ろうとしたエドワードだったがぼそぼそと話す言葉が気になってもう集中なんて出来なくなった。

 

「え…でもそんなことって…」


「なんなんだ」


 すっかり先ほどまでの集中力がなくなってしまったエドワードは左手を顔にあてて消えてしまった考えにがっかりし、もういいやとため息をつきながらメアリーに問うた。


「さっきアルバーノの部屋を見せてもらったじゃない?あの時からずっと部屋の臭いと同じものをかいだ記憶があって考えていたのよ。」


「番犬くんじゃぁその記憶はどこだったのか教えてくれるかい?」


 なんだ臭いかと思い話半ばで適当に相槌をうった。

 だがメアリーは真剣な表情で顔を覆ったまま片眉をあげるエドワードに満面の笑みで答えるのだ。


「犬じゃないわ。聞いて驚くわよ、なんとその場所は」


 その瞬間ふいに現れたピースがピタリとはまったように先ほどまで苦悩していた疑問の霧が晴れた。

 エドワードはようやく顔から手を離し、詰まっていた呼吸を大きくした。やっとすっきりしたのだ。


「アルバーノの家か。」


「ちょっ、言わないでよ!て、え!?なんで?分かってたの?」


 先手をうてたとすっかりドヤ顔になったメアリーが先を越されむくれる。そんなメアリーの頭部に先ほどまで顔を覆っていた手をのせ『俺の勝ちだ』と勝者の笑みをエドワードは浮かべた。

 でももしそうだとするとまだ疑問は残っている。


「写真がずっと気になっててだな。両親ともアルバーノの写真とも顔つきが似ていたから叔父か何かかと思ったんだがまさかそんなことってありえるのか?」


 ただアルバーノの家を見に行っただけだったから、家を訪れた際に大男の顔をしっかり見てはいなかった。だから確信はもてないがふんわりだが覚えているあの顔はアルバーノとも先ほど会ったアルバーノの両親ともそしてあの写真の人物ともよく似ていたのだ。


「知らないけど、臭いは確かに同じものだったわ。確かにおかしなことだけど、一度も会ったことがない他人が同じ匂いがするってことのほうが私にはありえないことだわ。」


「目に見えるものが全てじゃない…か…。だがな。」


 だが妙な話だ。

 メアリーの臭い云々はともかく、なんのために「アルバーノと面識があったのは家の売買の時だけ」とあの大男は嘘をついたのか?自分がもしアルバーノの身内だとしたら隠す必要もないだろう。

 言いたくないという人もいる。

 だったら何故家を自由に見させたのだろう?そして謎をあえて残すような行動をとったのだろうか?

 新しい疑問にぶち当たったエドワードの隣から「よし戻ろう」と声がした。


「聞くだけの価値はあるでしょう?ナターシャの探しているアルバーノの関係者かもしれないんだということが分かったんだから、もう一度いくには十分な理由じゃない?」


「あれほど似ているアルバーノの家に住んでいるんだ。アルバーノもしくはアルバーノの両親と無関係ではないのは確かだな。」


「そうに違いないわ。」


 二人は『アルバーノの関係者』という確信を胸にその足でアルバーノの家へ引き返した。

 昼間も静かな町が、もうすっかり日が暮れてしまった夜では尚更静けさが増す。まさになにか出そうなそんな表現をされてしまうような静けさがこの場所にはあった。

 もしメアリーが普通の女の子だったら「怖い」と一言は言っただろうが、あいにくメアリーは暗闇にそんな感情は抱かなかった。

 それどころか暗闇にところどころに点在する灯籠を見て「味わい深い」と表現していた。

 エドワードはエドワードで自分の長年過ごしている場所より少し暗いくらいだったためなんとも思わずやたら続く石垣の塀に霹靂していた。

 二人はそんな町を歩きようやく昨日の昼に来たアルバーノの家をもう一度訪ねた。


「あれ?どうしたんですか?」


「アルバーノさん、ご両親に会ってきましたよ」


 メアリーが満面の笑みでそう言った。

 そして目の前の男の審議を確かめるように、突きつけるような視線を向けた。


「あなただったんですね?」


 目の前の大男がアルバーノだというのはありえない話だ。そんなことは百も承知で「なぜそう思ったんですか?」という答えが返ってくるという前提で目の前の人物をアルバーノとして話したのか?

 全くそんな話にもっていくだなんて打合せをしていなかったエドワードは「どういうことだ?」と尋ねるようにメアリーを後ろから小突いた。

 誰が聞いてもあからさまに冗談だと分かるような話だった。

 今まじまじと見た正面の大男はナターシャから預かっている写真と見比べても年齢も身長も全く違うのだ。30代の人間を探していたというのに目の前に立っている男はどう見ても20代だ。

 だが不思議なことに見れば見るほど面影がある。この大男が年を重ねたら、そう考えるとアルバーノに近い姿が容易に想像できた。

 でも流石にそんなことはあまりに非常識でありえない。


「なんて、冗談です。アルバーノさんのご親戚の方ですか?」


 メアリーの問いに沈黙する目の前の大男にエドワードはそう慌てて付け足した。だが気をまわしたエドワードがそう聞くと男は笑ってゆっくり首を振った。

 そしてどこかあきらめたような表情を浮かべ苦笑いするとようやく話し始めた。


「もういいです。実家で写真を見られたんですよね?あまり写真をおいてはいないんですけど…まぁ…本当に…よく分かりましたね。今まで気づかれたことはなかったんですが。」


「じゃぁこの写真も?」


 メアリーがした驚きの発言から「親戚です」という答えを待っていたエドワードは持っていた手荷物を落としそうになった。『そんなばかな』と言いたいところだが目の前の男は真実を話しているようでその眼差しは真剣なものだった。

 思考が一周回ってようやく目の前の大男が冗談を言っているのだと結論づけたエドワードはまた次の瞬間ガツンと頭部を殴られる感覚に襲われ言葉を失った。

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