第1話 若返りの泉 3

 サンマリノへ降り立つとまず最初に向かったのはアルバーノの家だった。

 聞き込みをするのなら見知った顔でないほうがいい場合もあると話し同行したがっていたナターシャには遠慮してもらったが、予想以上に道が入り組んでいて目的地を探すのに苦労しこんなことならと後悔し始めたころようやく写真と同じ家が見つかった。

 石垣で作られた塀の道を抜けたところにある住宅街の一角。家と家の距離はかなり密ですこし目を離したらその瞬間道を見失い迷子になりそうだった。

 ナターシャから預かった住所と写真の家は目の前の家で間違いないのに、なぜか別の住民の名前がかけられていた。


「ここ違うんじゃない?」


「っかしいなぁ…。確かにここのはずなんだけど。とりあえずベル押してみるか。」


 ベルの音とともに出てきた男は髭面の大きな男だった。

 エドワードとメアリーが恐縮するのは当然だと思うほどその男は威圧的な雰囲気で、エドワードは生唾を飲み込んでからようやく本題をきりだした。


「あの、こちらアルバーノ・ロッソさんのお宅じゃ?」


「君もその人の知り合いかな?」


「アルバーノさんのお知り合いの方ですか?」


「違う違う。少し前に女の子が同じようにアルバーノ・ロッソを知らないかと訪ねてきたんだ。残念ながら僕は少し前にこの町に来たばかりでその人のことは知らないんだけどね。この家の前の持ち主だったのかい?」


「えぇ、そのようです。いつ頃からここに住まわれているんですか?」


 エドワードの問いに大男は髭をかきながら少し考えてから口を開いた。


「半年前からだよ。半年前に大学に通う関係で家を探しに来たんだけど直ぐ住めるということだったし言い値で購入できて僕は本当にラッキーなんだ。しかも家具も揃ているし本当に至れり尽くせりの場所だよ。」


「家具が?」


「もし良ければお宅の中を見せていただけませんか?」


 エドワードの後ろからぴょこりとメアリーが顔をだした。


「え?まぁいいけど。散らかってるけどいいかい?」


「「お構いなく」」


 息ぴったりの返事をする二人に大男は苦笑して玄関を開けた。

 大男は先導するように家へ入っていき、好きに見ていいよと声をかけると自分はキッチンへと姿を消していった。そんな男にいいのかと二人は顔を見合わせたが、結局エドワードは本棚をメアリーは地下をと別れてアルバーノの痕跡を探すことにした。

 一時間はたっただろうか?

 甘い香りが鼻孔をくすぐり少しすると大男が二人を呼びにやってきた。


「ちょっと休憩しよう。お茶をいれたんだ。」


 そう言われリビングへ向かうとそこにはチーズタルトとフルーツティーが用意されていた。人は見かけによらないものだ。

 大男は少し小さめのエプロンを棚にかけると二人のカップに紅茶を注いだ。

 きっと先ほどから鼻孔をくすぐるこの家を包んでいる甘い香りはここから来ていたのだろう。


「僕の趣味でつくったものなんだけど不味くはないと思うよ。」


 そういいながら紅茶を差し出し今度はその大きな手で器用にケーキを切り分ける。

 エドワードはその行動を驚いたように凝視し、メアリーは逆に関心したように目をキラキラさせてその様子を見つめていた。否、メアリーの場合は男の動作というより目の前のチーズケーキが目当てなのだろう。


「僕がこの家に来た頃の話なんだけど、本当に全てがそろっていたんだ。まるでついさっきまでそこで生活していた人がいたみたいに家財は勿論のこと衣服や洗剤そして冷蔵庫の中身まで。」


「冷蔵庫の中身もそのままだったんですか?」


エドワードがけげんな表情でもう一度訪ねる。


「あぁ。あまり僕はそういうことを気にするタイプじゃないんだけどさすがに気味が悪くなったもんだ。だが言い値で売る条件の一つが前の家主について詮索しないということだったから気にしないことにした。」


「怖くなかったんですか?」


「まぁ、怖いといえば怖いけど現実問題で引っ越したばかりでもの入りだったのは確かだし、全てそろっていてなお言い値で変えるだなんて願ったりだったから僕はすごく助かったから気にしないことにした。」


「前の住民から直接購入されたんでしょうか?」


「いや、代理人だという男との取引だたよ。だから前に来た彼女にも答えたんだけど、本当に僕は会ったこともないんだ。」


「そうですか。家財一式あったのなら、もしかして前の住民が分かるものとかってありましたか?」


「んー…なんだろうなぁ。カレンダーにいくつか印がしてあったなぁ。あと鍵もあったっけ!ちょっとまって…。あぁこれだよ。」


 棚の小さな引き出しを開けると二つ鍵を取り出してケーキの乗ったテーブルにおいた。

 そしてその横にはカレンダーを置き、丸がついたページを開いた。


「最初は地下の鍵かと思ったけど、地下に扉なんてものはないしこの家の鍵でもなかったんだよね。屋上や納屋って言いたいところだけどそんなものはそもそもないし…どこのかなって。ちなみにカレンダーはこれだよ。」


「この二つお借りしても?」


「持ってっていいよ?僕はつかわないし。家主ももう売った家だから帰ってこないだろうしね。」


「他はなにかありましたか?」


「他かぁ…二人は何か見つかったかい?」


 大男は思い当たるものがないようで頭をふり、エドワードとメアリーが家を探検した結果を尋ねた。


「地下はこれと言ってなにもなかったわ。」


「書斎にも特に物はなかったけど」


「けど?」


 歯切れの悪い答えに大男の紅茶を飲む手が止まる。そしてカップの上を指でなぞりながら静かに訪ねた。


「いや、全体的に背丈が低いんですよね。それに書斎なのに椅子はないし。」


「それ僕の勘違いじゃなかったんだ?」


「というと?」


「ほら、僕こんなでしょ?人より身長が高いからそのせいで家具が小さく感じることが時々あってさ、この家もそうかなって。キッチンとかも低くて慣れるまではすごく大変だったんだ。あと、妙なことにこの家に家具は全部そろってたんだけど椅子だけは一つもなくて引っ越してから最初の頃はダンボールに座ってたんだ」


 ははは。と楽し気に当時を思い出しながら男は笑った。

 大らかなのか図太いのかもし神経質な人であれば気味悪がってもおかしくないというのにこの大男は一切気にする様子もなかった。逆にそういうことを楽しんでいるようにさえ感じる。


「一脚も椅子がなかったんですか?」


「なかったよ。机はいくつかあるんだけどね。きっと椅子は持ってったんだろうね。あと前の家主が持って行っただろうものといえば写真かな?ほらあそこ。わかるかな?今は僕が絵を飾ってるんだけど壁に日焼けの跡がのこっているだろう?多分写真を飾ってたんだろうなぁって日焼けはここの引っ越してきた時いくつかあったんだ。」


 確かに絵の後ろにはなっているが色の変った場所が絵の隙間からいくつか少し見えている。まちがいなく前は何かそこにあったのだと物語っていた。

 結局その後も家を見て回ったがほかにこれといった収穫もなく、近所の住民に話を聞いても「何度かみたことがあるが、話したことも挨拶したこともない。」というばかりでこれといった特徴も現在の行方も知る人はいなかった。ただ皆口をそろえて「いつの間にかいなくなっていた」というばかりなのだ。

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