第1話 若返りの泉 2

サンマリノ上空

 依頼人が用意したプライベートジェットから見下ろす景色はエコノミーとは格段に違う。

 シートの間隔もかなり広くどこか小綺麗だ。

 到着するまで依頼人に依頼の件を事細かく聞き質問をしながらメモをとった。


ナターシャ・サルバトーレ

画家 恋人を探している

サルバトーレ家の人間だということは一言も本人から話されていない


アルバーノ・ロッソ

ナターシャ・サルバトーレの恋人

広告代理店勤務 勤務歴5年 勤務先へ連絡したが連絡がつかないとのこと

上司・部下からの信頼もあつく急に無断欠勤するなど信じられないそうだ

家族構成は両親が同じサンマリノにおり一人っ子

両親の住所は不明のため両親の情報はない

自宅はサンマリノに一軒家を持っていて、近所に尋ねるも半年ほど姿を見ていないとのこと

失踪届をだすも警察が動く気配はなく依頼


 とまぁ、ほとんど資料にまとめられている内容と重複していた。きっとナターシャは自分でも散々恋人のアルバーノのことを探したのだろう。それでも見つからず途方にくれていたようだった。


「キマイラに言わないで来ちゃった」


「結局出かけるまでに会えなかったんだから仕方ないだろう。それにペーガソスが伝えとくって言ってたじゃないか。」


「そうなんだけどね…」


「キマイラも今事件の手伝いで忙しい時期みたいだから気にしないって。」


 そう、ここ最近キマイラはジャックの頼みで警察署で捜査に加わっている。持ち前のフットワークの軽さを活かしてだいぶ役立っているそうだ。


「それは?」


 エドワードのテーブルには見慣れない日記が乗っていた。

 先ほどまで読書をしているのかと思っていたが、どうやらそれを読んでいたようだ。


「ナターシャから預かった日記なんだ。付き合いだしてからの日記だが、日記だから誰かに読まれるのは抵抗があったらしく最初は渡されなかったんだが参考にしてほしいとさっき」


「かなり読み込まれているのを見ると自分でも何度も読み返したんでしょうね…。エドワードが見て何か収穫はあった?」


「付き合っていた期間は2年間。関係は特に問題もなく順調で、行方不明になった日から1年ほど前に結婚を意識しその半年後に結婚を提案したようだ。それから恋人のアルバーノ・ロッソは仕事が忙しくなりその後会う頻度も減っていきそのままアルバーノは消息不明に。電話にも出ず、家はもぬけの殻。職場に連絡しても無断欠勤からの退職となっており現在も行先は不明のまま。」


「彼の両親は?たしかまだ連絡がとれていないのよね?」


「ナターシャとアルバーノの両親とは接点もなく、付き合っている期間に何度か話題にしてもずっとはぐらかされてたみたいだ。だから両親についての情報は一切ないそうだ。」


「学校とか友人は?」


「アルバーノの両親だけじゃなく互いの個人情報についてはほとんど知らないようだ。彼女も自分の家について知られたくなかったみたいで、聞きはするもののあまりしつこくは聞けないという内容が何度も書いてあった。」


「まだサンマリノにいればいいけど…。」


「この距離をはるばる来てくれたんだ。何かいい手掛かりを絶対見つけてやる。」


「そうね、為せば成るよ!とりあえず、電話番号と住所と元職場は分かってるんだからそこからねッ!」


 そういいながらメアリーはもう一度視線をナターシャの日記にうつした。日記の角はめくった頻度を示すように折れ曲がり、側面は変色し ていた。

 きっと、アルバーノが消えてから何度も読み込んだんだろう。

 何故アルバーノは突然消えたのか?

 自分に問題があっていなくなってしまったんじゃないか?

 別れも告げてもらえないほどのことをやったのだろうか?

 不安はあっても過去を見返す手段は日記しかなかったのだ。

 エドワードが読んだアルバーノが消えてから数日の日記にはナターシャの後悔と戸惑いばかりが綴られていた。最初は乗り気ではなかったエドワードだが、日記に目を通すと彼女の苦悩が見え、いつしか力になりたいと思わずにはいられなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る