第13話 その日、舞になにが。

 アダムの云う通り、暑い日が続く。部活が午前中なので少しはましだ。帰りにクリーニング店に寄ってくるように母から頼まれた。その店の息子が、舞が気にしていたいじめに合っているという男子だ。

「こんにちは」

「あら、愛ちゃん。あ、そうか、舞ちゃんの制服やろ」

「はい」

「舞ちゃんが自分で取りに来るから配達せんとってて、言われてたんや」


 父の背広や大切な衣類は長年この店に頼んでいる。家族が男ばかりなので、小さい頃から可愛がってくれる身近な存在だった。私たちのことを、ちゃん付けで話しかけてくる。舞の同級生の末っ子は、周りから「クリーニング屋」と呼ばれ、からかわれてきた。真面目なのか気が弱いのか、何時も周りの目を気にしながらヘラヘラ笑っているところしか覚えていない。


「おまたせ、はい、これ。舞ちゃん、何かあったんか。あの日な、体操服着て暗い顔して髪もぼさぼさで、どうかしたんかって聞いても、ちょっと転んだだけやって云うてな、さっきも言うた通り自分で取りに来るからって、伝票も持たずに急いで出て行ったんや」

 やっぱり、学校で何かあったんや。


「他に、何か変わったとこ無かったですか」

「そやな、後で気づいたんやけど、あの日、舞ちゃん生理やったんか、スカートにそれらしいもんが付いとったで。それにほら、上着にほつれたとこ見えるやろ。気になったけど、父ちゃんがそのままアイロンかけよった」


 言われてみて気づいた。ビニール袋の上から胸ポケットのほつれが見えている。舞が体操服で帰って来た日、その日は確か私の生理が終わろうとしていた頃だ。舞とは大体二週間はずれていたはずだ。

 同級生の話しだと、その日は試験期間中で、当直の舞とここの息子を残してみんな早く帰ったらしい。やはり、舞の身に何かが起こり、それを知るカギはここの末っ子が握っている。


「ほんまに、ほつれてる。そや、息子さんいますか」

「下の子か。あのあほ、休みやからってあっちこっちほっつき歩いてて、今も家におらへん。そこらで見つけたら、早う帰って手伝いせえて言うてんか」

「はい、分かりました。そしたら、帰ります。ありがとうございました」


 店を出ると、その息子がこちらに向かって歩いて来ていた。店の手前で彼を引き留めて、

「ちょっと、話があんねん。こっちに来て」

そう言って、店と隣の家の間の路地に呼び込んだ。彼は辺りを気にしながら渋々付いて来た。


「舞のことやけど、学校でなんかあったんやろ」

「なんも、知りません」

「ほんまか、即答するのは怪しいで。そんなら、あんたの親に喋るで、あんたがいじめられてて、ちょいちょいお金、せびられてること」

 一瞬、どきっとしたみたいだが、直ぐに舞から聞いていたのだと分かったらしく、おろおろしながらも私に視線を向けてきた。


「僕はなんもしてません。あいつらが舞、あ、舞さんを呼んで来いて云うから連れて行っただけです」

「誰に言われたんや」

「聞いてるでしょう、あいつら三人組のことを。あいつらです」

 舞の話でその三人は分かっていた。彼らがなんの目的で舞を呼び出したんだろう。

 口が軽いのか、その疑問を聞いてもいないのに説明してくれた。


「お姉さん、期末試験の前に学校に来たでしょう。大橋先生と話してるとこをあいつらが見てたんです。最初は舞さんが私服で来たと思ったそうやけど、直ぐにそれがお姉さんだとバスケ部の女子が挨拶しているので分かり、それから、次の日に三人揃うて先生から呼ばれた。多分、僕のことで。ここまで話したら分かるでしょう。なんであいつらが舞さんを呼んだか」

 うちが学校にいったことで、舞に疑いがかかったてことなんか。


「先生の前では白を切りとうしたそうやけど、僕にも舞さんにも口止めをしとかなあかんと思い、僕に念を押した後に舞さんを呼び出したんです」

「何処へ呼び出したん」

「グランドにある体育倉庫です」

 F中のグランドは校舎の敷地内ではなく、道路を挟んで離れた所にあった。倉庫の近くに民家はなく、グランドに隣合っている工場が騒音をたてていて、試験期間でもあり誰も近づかなかっただろう。


「それから、どないしたん」

「まだ、話さなあきませんか」

「話したないんやったら、あんたのお母ちゃん呼んで来ようか」

そう言いつつ店の方へ向かいかけると、

「待ってぇな。お母ちゃんにばれたら困るんやけど」

「ほんなら、その後のこと」


 しばらく思案してから、意を決して話を続けた。

「倉庫にはあの三人が待っていました。舞さんには先生に持ってきてと頼まれた物があるから手伝ってと言ってあったので、すんなりと中に入りました。僕は予め云われた通りに扉を閉めて辺りを見張ってました。そうは云われていたけど、僕は直ぐに校舎の方へ戻りました。後のことは知りません」

「ほんまに、舞を残してそこから離れたんか。正直に言うてな。今、舞がどないしてるか分かるか。食欲ものうて、夜も寝られへんで、時々、布団の中で泣いてんねんで。知ってることは全部話して。舞があんたのこと好きやったこと知ってるんやろ」

「え、はい、なんとなく」

 なんでこんな仕様むない奴を好きになったんや。


 戸惑いの時間が少しあってから、彼は少し震える声でゆっくりと話しだした。

「ほんまは、少しの間、扉の前にいました。そのうち、中から言い争いしてる声が聞こえてきて、それから、声だけだなく騒がしい物音も聞こえてきたので、なんか怖くなって走ってそこから逃げました。後のことは分かりません」


 話を聞くうちに、身体が小刻みに震えだし、譬えようのない怒りが拳をこれ以上ないほどの力で握り絞めきた。遭ってほしくない事が、遭ってはならない事が舞の身に起きたと思わずにいられない自分が腹立たしくて堪らない。

 これから、どうすれば良いのか、明日になれば舞は叔母の所に行く。どんな顔をして送り出せばいいのか。頭の中で色々と考えていると、


「あのう、もう、いいですか」

と、この場から逃れようとする声が、私を今に引き戻した。私の声には彼を問いただ

し始めた時の勢いはなく、

「もうええわ、もうええから帰り」

 路地を出て行く後姿に向かって、

「また、なんか聞いたり、頼んだりするかもしれへんから、今度は逃げんとってな」

 夏の午後の陽射しが容赦なく路地にまで入り込んでくる。ここから離れる一歩がなかなか踏み出せない。

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