第14話 正夢

 夏休みも後少しになった。そろそろ、イブの妹がこの街に来る筈だが。その前にちゃこにそれとなく話しておこうと思い、ちゃこの部屋に向かった。

「ちゃこちゃん、いるか」 直ぐに返事が聞こえた。

「あんたに、用はない。何しに来たんや」

「開けるで」

 そう言って引き開きになっているドアを半分開くと、宿敵を睨むような目をした彼女が近寄って来た。

「気持ちは分かるけど、そんな怖い顔しいなや」

「何が分かるて。まあ、ええわ。なんかあったんか」

「そうや、今朝見た夢なんやけど」

「なんであたしが、あんたの夢の話に付き合わなあかんの。帰ってんか」

 追い返そうとするちゃこを止めようとして伸ばした手が、ちゃこの胸にあてがう形になって、

「ピシャリ」

ちゃこの平手が飛んできた。僕は笑ってその場を繕いながら、

「大きなったな」

「何がやねん。その手、早う退けてんか」

 次の一手を構えた手を抑えて、

「お医者さんごっこした仲やないか、そんなに怒らんとって。1メートル下がるから」

 ちゃこは僕の足元を見つめながら、

「あんたの1メートルは、昔から身長に合わせて短めやな」

 実は、物心がついた頃から中学二年生に成るまでは、彼女の方が僕より背が高かった。よく、「チビ助、チビ助」と言って僕をからかっていた。今では僕の方が頭一つリードしている。


 腕組みをして舐めるように見上げながらも話を聞く様子なので、本題に入った。

「二学期になったら、ちゃこと同じ学年に転校生が来るんや。お前よりすこーしだけ可愛いいてな、その女の子とちゃこが仲良くはしゃいでいる夢や」

「なんや、それ。分かったから、もう帰って貰えませんか」

「信じてへんな。俺はけっこう正夢見るんやで。まあ、二学期になったら分かる。ほな、お邪魔しました。そや、お前どこの高校受けんねん」

「あんたに、関係ない。馬鹿工業だけは受けへんから安心しとき」

「知ってるか。そのなんたら高校に次席で入学しんたんやで」

「自慢することか。くんちゃんは何をしても二番やもんな。一度くらい一番に成ったら褒めてやってもええで」

「有難うさん、先に言うとくわ。お邪魔しました」

 ちゃこは明らかに僕の話を信じていない。来月になったら、

「あんたの言う通りやった」

と、目を丸くして話しかけてくるに違いない。


 改めて不登校について考えてみる。僕自身、小中学の頃は学校にいくことを嫌がったことはない。しかし、休まざるを得ない事情で行かなかったことが何度かあった。


 僕が通っていた学校には給食がなく、それぞれが弁当を持参するか、校門まえの売店でパンや飲み物を買っていた。従って、給食費は求められなかったが、学級費や就学旅行の積立金は納めなければならなかった。それを払えない家庭の事情を汲み取れない教師は、

「また、忘れてきたんか」

と、他の生徒がいる教室で、不本意な言い訳をして立たされている僕を叱って来た。

 先生を恨むのは筋違いだと分かっていたが、それは耐え難い屈辱だった。その気分を味わいたくなくて、その時期が来た時の家計の都合によっては、学校に行かないことがあった。母親はなにも言わなかった。その理由を分かっていたから。


 そのような事をズル休みと非難できる人がいるだろうか。生徒一人ひとりに様々な事情がある。それを分かろう、分かってあげようとしない人を僕は先生と呼びたくない。教育現場の問題ででもある。僕が通った小中学校は府内の住居のドーナツ化現象のせいで、クラスの児童、生徒の数がどこよりも多かった。

 実際、僕が小学校を卒業して数年後、その小学校は児童数が日本一になりテレビで紹介されていた。一人の教師が五十人近くの子供たちを掌握できる筈がない。増してや、思いやりを持って接することなど。でも、それを教えるのも学校や教師の役目ではないだろうかと僕は思う。


「一人は万人を生む母だ」

と云う言葉を聞いたことがある。その深意は分かりかねるが、今、目の前にいるそのひとりを大切に思うことではないだろうか。こう云う言葉も忘れられないでいる。

「ひとつの命を全宇宙が支えている」

ひとつの命を傷つけることは全宇宙を傷つけることに等しく、見方を変えれば、結局、自分自身を傷つけていることになる。そういうことだと僕は理解している。

 一人を大切に出来ない学校や社会に、希望に満ちた未来を創造する力があるとは思えない。


 

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