第12話 黎明

「ディア、アダム。

 何とか落ち着いたので手紙を送ります。近況を伝える前に驚くべきことをお話します。

 アダムが弟さんを布施の警察署に迎えに来た時、私と妹も署内にいたのです。私たちは落とし物の財布を届けに行ってました。入り口近くの受付にいた私たちに気づかなかったでしょうか。はずもないかな、それどころではなかったでしょうから。


 運命なんて言葉を軽々しく口にできませんが、警察署で束の間ですが同じ時間を過ごした偶然と、アダムが私の母校の卒業アルバムから私を見つけ出した偶然が、その点と点が繋がったことを不思議に思います。あ、今、首を傾げながらあの時のことを思い出そうとしているでしょう。アダムと同じように私にもなんとなく見えてるんだから。


 こんな風に話せるのも、妹の問題が解決とまでは言えませんが、一応、落ち着いたからです。


 実は妹が転校します。アダムが通っていたN中学にです。これも嘘みたいな話ですが、母の妹、私たちの叔母がアダムの街に住んでいます。子供のいない叔母は妹のことを我が子のように可愛がっています。聞けば、アダムが通っていたN中は勉強のレベルが高いそうで、受験を控えた妹にとってもプラスになると思います。

 根本的な問題は妹の胸の内に秘められたままですが、今は、前向きに捉えて、家族みんなで少しでも良い方へと結論を出しました。高校に進学したら妹はこの家に戻ってくると言ってます。


 これを言えば、アダムは反対すると思いますが、もう少し妹に起きたことを調べてみたいと思います。でないと、彼女の心が私に向かって来た時に、自信をもって抱きしめることができない気がします。本当にありがとう。        イブより」

 

 暑い、暑い。それこそ玉のような汗が至る所から沸き上がり気を萎えさせいく。

 こんな日に届いたイブの手紙に、心地よい風を感じた。

 全く、驚かせる。あの時、イブが署内にいたなんて、それに妹がN中に来るなんて、僕の人生も波瀾万丈でここまで来たが、この世の中、何時何処でなにが起きるか分からない。


 さて、ここで考える。凡そ五年間の新聞配達と友達が多いお陰で、この街の地理は殆ど知り尽くしている。

イブの叔母さんの家はどの辺にあるのか。当然、名字は違うはずだし、子供もいないから知る当てもないのだが、なんとなく気にかかる。このアパートに住んでいるちゃこと同学年だ。ちゃことは幼馴染みの間柄だが、あることで口を聞けないでいる。

ちゃことはあだ名で、本名は千亜子。家族は両親と僕より三つ上の兄がいるが、彼は成績優秀で東京の私立高校で寄宿生活をしている。ちゃこは僕のことをくんちゃんと呼ぶ。テレビドラマの「ちゃことけんちゃん」を真似ているのだ。実際は、ドラマとは逆で僕の方が年上なんだけど。

 彼女のことを紹介したのは、いずれ、イブの妹のことでかかわって来る予感がしたからです。


 部屋の窓を開けると、まともに駅のアナウンスが聞こえてきます。ここからホームは見えませんが、「一番線に折り返しの電車が入ってきます」と云う声を聞いてから部屋を出ても、ちょっとは走りますが。間に合います。

 さて、重たい気分から開放されたので、軽やかにイブへの手紙を書こうと思います。

 「ディア、イブ。

 イブの手紙の文面から、緊張がほぐれ、笑みを浮かべている表情が感じられます。

 焼けましたか。僕の体の直射日光にさらされている部分は一通り皮がむけました。

 ここで問題です。野球部員で一番皮膚が焼けるところは何処でしょうか。三択です。一、鼻の頭。二、手の甲。三、首の後ろ。

 答えは三番です。イブも見たことがあると思いますが、守備の時の姿勢が原因です。膝を折り前かがみになり、首を前方に向ける時間が、練習の時でも試合の時でも一番長くなるからです。


まだ、言ってなかったと思いますが、我が校は大改築中です。古い木造の建物は全て鉄筋コンクリートに変わります。運悪く僕たちはその工事期間のど真ん中に入学しました。ただでさえクラブが多いのに、工事の為に使えるグランドが狭まり、野球部がまともに使えるのは週に三日だけです。グランドでの練習不足を補う為に、他校に行って練習試合をすることがやたらに多いのです。


 しかも、移動の電車賃は自前です。前にも触れましたが。生徒の殆どが男子なので、他校の女子生徒を見ることができると喜んでいる部員も結構います。え、僕は違います。勉強はさて置き、野球と新聞配達で名一杯です。これでも奨学生です。公共の支援を受けている以上、それに恥ずかしくない生活を送っています。イブの学校内でのことも教えて貰えたらと思っています。勿論、妹さんのことが落ち着いてからでかまいません。                         アダムより」

 

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