第10話 私たちは出逢っていた 1
「ディア、アダム。
ごめんなさい。返事が遅くなりました。妹のことで我が家に嵐が吹き荒れました。
七月に入って暫らく過ぎたある日から、妹の何時もの元気が急に無くなり、何を言っても微かな声で受け答えをするだけで、時には何も言わずに部屋に籠ってしまいます。。
その内、学校に行かなくなり、そのことで両親も始めは心配して何かと理由を尋ねたりしていましたが、やがて、その顔に苛立ちが見え隠れするようになりました。
二人ともあのいじめのことは知りません。話そうかと思いましたが、不登校の原因がそれだと分かった訳でもないので、まだ、言わないでおこうと思います。
私が今、アダムに話せるのはここまでです。何となく分かって貰えるかな。いつも明るかった我が家の雰囲気が、こんなふうになってしまうなんて思ってもいませんでした。
早いうちに、妹の同じクラスの後輩に会って来ようと思っています。心配しないでなんて言えないよね。どうしようアダム。分からないことで悩んでいる自分が腹立たしいです。ごめん。 イブより」
やっと、イブの手紙が来て喜んだのもつかの間、深刻な事態に正直なんて返信すれば良いのか考えてしまう。「大丈夫だよ」なんて気軽に言えない。
イブが妹のことで悩んでいるのだから、僕は弟のことを話すことにした。少しは気が紛れ緊張がほぐれることを願って。
「ディア、イブ。
今日は弟の話をします。幼児は手にした物をすぐ口の中に入れたがります。従って幼い子供の近くには口の中に入り込んでしまう危険なものは置かないようにしていました。ところが、、、
弟が五才の時でした。なぜかしら彼から悪臭がするので、母と僕は不思議がっていました。どうやらそれは顔、特に鼻の辺りから匂ってきます。日に日にその悪臭がひどくなるので、母は弟を耳鼻科に連れて行きました。
そこで直ぐにその原因が分かりました。
なんと、彼の鼻の穴の中にパチンコ玉が入っていたのです。そのパチンコ玉に塞がれて本来自然に流れ出て来る鼻水が、その中で詰まり腐っていたのです。
今になってみれば笑える話ですが、実は、それに気づくのが遅くなれば大変なことになっていたのです。
イブ、手のひらの中心を鼻にあてがって下さい。その手のひらに覆われた顔の辺りが化膿すると脳に危害が及ぶそうです。
これは僕が体験してお医者さんから言われたことです。
中学の時に面疔と云う皮膚の病になりました。それも二回です。おでことあごの辺りです。
ちょっと恥ずかしい話ですが、ニキビを爪でつぶして消毒もせずに放っておいたのが原因です。痒くて痒くてどうしようも無くて病院にいくと、直ぐにそれと分かり塗り薬と注射で治すことができました。
もう一つ、弟の話をします。長くなるからこの辺で、下に行ってお茶でも飲んで来てください。あ、手紙は見られないように。
おかえり。では、続けます。これも弟が五才の時です。
突然、昼前から弟の姿が見当たらなくなりました。近所の人にも手伝ってもらって、あちこち探し回りましたが、見つかりません。しかたなく、警察に捜索願いを出しました。その夜に警察から連絡があり、なんと、布施の警察署で保護されているとのことでした。
僕らの住んでいるアパートは駅のすぐ近くにあります。瓢箪山駅の上りの改札口は二つあり、一つは何時も駅員がいますが、もう一つは朝の混雑する時間帯にしか開かれてません。多分、体の小さい弟は、ロープで塞がれていたその改札を掻い潜ってホームに入り、電車に乗ったと思います。
僕と父は急いでその警察署に向かいました。署内に入ると弟と署員の方が長椅子に座ってました。僕らの姿を見つけた弟は、急に泣きだし僕のところに向かって来て僕の足元に抱き着きました。
一件落着とはなりましたが、父に話しかけた署員の言葉が今も忘れられずにいます。
「あんた、ほんまにこの子のお父ちゃんか。普通、こういう時の迷子は、父親のところに駆け寄るもんや」
と言って父を疑いの目で睨んでいました。
親子の愛と、兄弟の愛に多少の違いはあると思いますが、その時に一番信頼している方へ心は向かうと思います。
焦らずに、その心が向かってきた時に、思いっきり抱きしめてあげれば良いのではないでしょうか。
長文になりました。相変わらずの下手な字ですが、今回は特に心を込めて綴りました。 アダムより」
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