第9話 貧乏一家の話
入学して三か月が過ぎた。教室でも部活でも今一ノリが悪い。
小中の頃はよく笑いを取っていたが、最近は全くダメで、野球部では上の上がいて彼らには歯が立たない。
別に気にすることではないと思われるかもしれないが、お笑いの溢れている環境で育ってきた者にとっては日々の営みが陰るほど深刻な問題なのです。
これは誰にも打ち明けたことがない話ですが、一時期、お笑いの世界を目指すことを考えていました。しかし、無残にもその夢は彼らに打ち砕かれたのです。その時の言葉、
「お前は人を笑わす前に自分がわろてしまう。なんぼ面白い話やギャグでも相手より先にわろてしもたらあかん」
実際、野球部にはその世界で有名な芸人の弟がいた。勿論、彼は普通の高校生なのだが、これでもか、これでもかと打ち返す波のように笑いを仕掛けてくる。とてもかなわない。
少し話があらぬ方に向かってしまったが、もう少しその話を続けます。興味が無ければこのページは飛ばしてください。
関西の貧乏一家の話です。これは実話です。
当時、五百CC位のカレーのルーが入った缶詰めが売られていました。それを鍋に入れ水で薄めてコンロで温めます。もはや、スープの状態です。それを四人分のご飯(米櫃は空っぽです)にかけて食べている時の会話です。
長男
「母ちゃん、これで終わりやな」
母親
「そやな、明日からどないしょう。みんなで首吊って死のか」
長男
「そやな。しやけど、うちには首を吊る梁もないし、うちの包丁は切れ味が悪い。向かいの川は浅いし、火付けたらアパートのみんなに迷惑がかかる。母ちゃん、いつも言うてるやろ、人様に迷惑だけはかけたらあかんて」
母親
「ほんまに、どないせいて言うねん」
長男
「お後がよろしくないようで」
互いに顔を見合わせて苦笑い。でも、二人の目には涙が薄っすらと滲んでいる。
苦しい時も、悲しい時も、心の奥から絞り出すように笑いが顔を出す。
と云う話です。勿論、可笑しい時も楽しい時も笑いますが、僕らにとってのそれは、日常の生活になくてはならないものなのです。従って、僕にとっても、面白くない奴と烙印を押されることは耐え難いことなのです。
話が思ってた以上に逸れてしまいました。アダムとイブの話に戻ります。
期末試験が終わり、夏休みに入ってもイブからの手紙は来なかった。こんなに間が空くのは初めてだ。試験前に僕が出した手紙には、これと云って彼女が気を悪くすることは書かなかった筈だ。今日こそはと思い、表玄関に自分宛の手紙を探す日が何日も続いた。
もう、この文通は終わるのかと思い始めた頃に、いつものあの可愛らしい封筒が届いた。
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