私だけのヒーロー
うた
私だけのヒーロー
「
私は
目の前で驚いた表情を見せている相手は、
正直に言うと、私もこいつに惚れている。小さい頃からずっと。この学校の誰よりも、彼を見て来たのだ。けれど、告白には至っていない。振られて気まずくなるのが嫌だ。今のこの距離が遠くなってしまうのが、私にとっては何よりも辛いから。
「あのね、あんまり騒がないで」
あぁ、やっぱり。周りの女子達がこっちを見てる。隣の幼馴染をキラキラ見つめる眼と、なんでお前がそこにいるんだと私をじっとり見る眼。お願いだから、睨まないで。
「はぁ。今日は、あんたに見つからない内に帰ろうと思ってたのに……」
「はぁ? 俺がお前を見つけられねぇとでも、思ってんのかよ?」
ふふん。と得意げに威張っている雅史。今日だけは本当に彼に会いたくなかったので、眉間に皺を寄せて「なにそれ」と呟いた。
「その顔、ブサイクになってんぞ。で、その右頬、腫れてるけど、誰かに殴られた?」
「んなわけあるか。ほっといて」
どうしても雅史に気付いて欲しくなかった。っていうか、私が鏡を見てもそんなに腫れは目立たなかったはず。クラスの子にもバレてない。なのに、何でこいつは気付くんだ!?
雅史から離れようと、歩幅を大きくしてスタスタ歩く。
「おーい、紗弥。逃げんなよ」
「逃げるわよ! あんたの近くにいたら、私が睨まれる」
「んな事気にすんなって。まだほっぺたの答え、聞いてねぇぞ」
「しつこい――っ!! いったぁ……」
突然、ピシッと激痛が走る。思わず立ち止まり、頬を抑えた。
「大丈夫か!?」
近くまで駆け寄って来て心配してくれる。そんな気遣いが嬉しくドキドキしているのだが、この現状が素直にさせてくれない。
「へ、へいき……」
「平気って顔じゃねぇぞ。この腫れって――」
「!?」
雅史の大きな手が、いきなり私の顎を上げる。有無を言わさず顔を上に向けられたのだ。目の前には、大好きな顔があった。しかも近い。
「っ!!」
顔が熱い。いきなり熱を持った。それに伴い、頬の腫れもジンジンと痛みが増していく。あぁ、嫌だ。バレないで。お願いだから離れてよ!
「はっは~ん」
雅史の顔がにやりと歪んだ。どこか、楽しんでいるようだ。私の顔は、真っ赤に染まっている。
「じゃ、行こうか」
私の手をぎゅっと握った。雅史の手は、大きくて、温かい。どこか、ホッとする。こんな風に手を繋ぐの、幼稚園の時以来だ。
思い出に浸る間もなく、私の頭はパニックを起こしていた。手ぇ繋いでる! ドキドキしすぎて心臓が痛い! そして頬が痛い!!
「え、え!? なっ、ちょっと、離してって!!」
「だーめ。怖いんだろ?」
「うっ。こ、こわいけど……」
にっこり笑う雅史の顔が怖い。私が逆らえない事を知っている。
「俺に任せとけって。さ、俺ん家行くぞー」
「うわぁ! ちょっと待ってええぇぇ!!」
絶叫にも似た叫びをあげる。涙を滲ませる私をよそに、雅史は笑顔で私をずるずると引きずって歩き出した。
「ほらっ、周りが見てる! 私を解放してっ」
「周りなんて、気にすんな。手が嫌なら、御姫様抱っこしてやろうか?」
「それは勘弁してくだせぇ……」
そんな事をされたら、きっと喜びすぎて気絶してしまう。
いやいやっ、今日はそれどころじゃない。雅史から逃げられないのは、私にとって一大事なのだ。
「お願いっ、今日は! 今日だけは!!」
「お前なぁ。長引けばしんどいぞ? 放っておいたら、体にも悪いんだからな」
「ああああぁぁ~~」
もはや、言葉にならない声。そんな私を見て、雅史はくすりと笑った。
「俺にバレないよう必死だったんだろう? その虫歯」
「うぅ……」
そうです。虫歯が痛くて我慢してました。いつか自然に治るだろうと思ってたら、腫れてきました。絶望しかありませんよ。
「俺ん家、歯医者だもんな。俺から逃げてたのも、納得だ」
雅史はどこか嬉しそうだった。
「しっかり父さんに治してもらえよ。治ったら、デートでもするか?」
「……え? で、でぇとって……」
繋いでいた手に力が籠められ、ぐっと引き寄せられた。雅史との距離が、ぐっと近くなる。視界に映った雅史の顔が、少し赤い。
「俺は、お前と遊びに行きてぇの。良いか?」
「う、うん……」
私の返事を聞いた雅史の顔が、太陽のように眩しい笑顔になった。彼には、私の虫歯の事も、私の気持ちも、みんなお見通しなのだ。
幼稚園の頃、いじめられて泣いていた時も助けてくれた。いつも困っている時に手を差し伸べてくれる。強くて、優しい奴。
(ずっと、私のヒーローだった。これからも、私だけのヒーローだって、思って良いのかな)
心がぽかぽかする。歯の痛みも、雅史の顔を見ていたら気にならなくなってきた。
「安心しろよ。治療中も、ずっと手を握っててやるからな!」
「それだけはやめてっっ!!」
歯、痛みがぶり返したわ。
私だけのヒーロー うた @aozora-sakura
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