第32話 守妃
「何がおかしいのか述べてみよ」
「はい」
明岳は劉に促され、すらすらと述べていく。
「私がお聞きしたいのはただ一つ、岩景から多くの生薬を持ち帰った、そして岩景の薬屋である天翔孔と売買契約を結ばれたと聞いていますが、この天羅宮には薬妃様がいらっしゃいます。一体なぜあなたが生薬など?」
「確かにその疑問は尤もだ、淋珂、理由を述べよ」
「はい。まず私はこの天羅宮に来てから初めて(薬妃、商妃、文妃)と後宮の皆様に役割が与えられていることを知りました。私が岩景へと向かった時、私はまだ桃清妃様が薬妃だと知らなかったのです」
「確かにそうかもしれませぬが、それでもどうして生薬を大量に?元が医官の出であるわけでもなく、大変失礼ではありますが、そのような知識は持ち合わせていらっしゃいますか?」
「それは・・・」
明岳の質問は少しずつ力を帯びた物言いになってきた。
自分に利があると完全に悟ったのであろう。
それを淋珂も分かっていて、しかし良い言い訳も思い浮かばずただ黙ってしまう。
それを好機とみて、淋珂への発言はより力を帯びる。
「失礼ながら、貴女は薬妃様の座を取って代わろうとしていらっしゃるのでは?」
その一言は、淋珂の頭を真っ白にした。
全く持ってそんな意思はない。
しかし、他人から見ればそう見えても仕方がない。
まして貴族に後ろ盾もいない平民である淋珂への武官、文官たちにとってただの庶民が後宮にいることなど承服しがたい事だろう。
劉が何も言わないのは、私が試されているのか、はたまたそれが事実だと思っているからか。
「重ねて申しますと「少し、いいですかな?」」
発言をしたのは明岳とは淋珂を挟んで反対側にいる男性だった。
明岳は赤い衣装を着ているが、その男は青の衣装を着ている。
「柑光か、何だ?」
「失礼ながら、王様。明岳武大臣は、何故武官でありながら我ら文官の仕事であった第四妃様の岩景での購入場所、購入物を知っているのですかな?私は武官に情報を開示した覚えもありませんし、その請求も来てはいません。第一、明岳殿は第四妃殿が生薬を扱うに足る技量を持ち合わせているのか、という質問をしていたその後、薬妃様にとって代わろうとしているなどと言っていますが、さすがに想像が飛躍しすぎではないでしょうか。どうも私情が混ざっているように感じざるを得ません」
「お前、そんなことは」
「確かに、そうだな。よし、淋珂、納得のいく理由と用途を教えてくれ」
「はい。私は、よく薬妃様とお話しさせていただいて、そのお話の中にお薬の話がたくさん出てくるのです。私はそれから生薬に対する知識が湧き、教材として、そして桃清妃様にもお使いいただこうと生薬を購入したのです。一切他意はございません」
「そうか。明岳、お前はどう思う?」
「そ、それならば、仕方のない事でございます・・・」
深く頭を下げて下がっていく。
それでも今、淋珂は身に染みて分かった。
この王宮のほとんどの人間は敵なのだ。
常に他の人間に足を掬われぬようにしなければならない。
「それならば、次に移ろう。淋珂、お前は何が出来る?」
「何か人を卓越した能力を持っているかと言われれば、それは耳なのかもしれません」
「耳、というと?」
「私は都などの下町に伝手を持っています。それが何かの役に立てるのなら、そして私の運動能力が、王様の役に立てるのなら、誠に至福にございます」
この台詞を考えるのに泉喬と丸一日を費やした。
あくまで淋珂が暗殺者だという事を泉喬は知らない。
その上で、下町にいたのなら知り合いはいないのかと質問を投げかけられ、淋珂は非常に困惑した。
天輪に天翔孔は無いのだ。
基本的な情報は、天翔孔を通して調べていた。
今や気軽に外へ出られないこの身に、伝手と呼ぶことの出来るものは残っていない。
「そう言えば、淋珂様」
「どうしたの?」
「天翔孔、という薬屋があったじゃないですか?」
「貴女が契約したところでしょう」
「あのお店が、私達と契約した折に天輪へ進出したらしいです」
「すごく私からしたら都合の良いことだけど、どうしてだろう」
「どうなんでしょう」
その場で会話は終わったが、もしそれが事実なら、下町に知り合いはいないのかという今の時点で信頼できる情報網が出来るのだ。
主に裏の話しか入ってはこないものの、下町の伝手、様々な勢力の動きを知るのに最も適しているのではないだろうか。
「行ってみるか」
こっそりと心に決め、昼の内に場所を調べて夜に実際に足を運んだ。
勿論(凛)として、黒装束に身を包んで、だ。
「ここ、か」
そこにあったのは、潰れた娼館であろう建物に入っている薬屋だった。
看板も、天翔孔と書いてある木の板が元の看板に釘で打ち付けてあるだけ。
大急ぎで作ったのだろうなぁ、と一目でわかるほど粗雑な造りである。
そして場所ももちろん悪い。
娼館街の中にある薬屋など、精力剤しか売れないのではないだろうか、などと思いながら人目を避けて近づく。
裏手に周ると、鉄の扉が取り付けられていた。
木造の家屋に取り付けられた、明らかに不似合いな鉄の扉。
一度叩くと「合言葉は?」と男の声が聞こえてくる。
「良薬、影に坐す」
「良し」
ガチャリと錠の外された音が響く。
「おぉ、凛。来たのか」
「来たのかって、こっちの台詞だぞ。倫仙自体がこっちに来てるなんて」
「いやぁ、凛が天輪で働いていることも分かったし、近頃数人の業者が天輪にお呼ばれしてるらしいからなぁ。ここが正念場だ、ってな」
「まぁ、こちらも動きやすくはなるが、ちなみに岩景のは?」
「引退した奴に任したよ。もう向こうでは基盤が出来ている、毒を主に使う業者は生薬も扱えるからな」
「別にいいが、こっちではどうだ?」
「表も儲かってるよ。岩景では持病持ちの
「そういうのはいいから、とりあえず今日は事実確認のために来ただけだ」
「そうかい。転婁はどうだい?」
「女になるよ」
「そうかい女に・・・、は?」
「じゃあな!」
そういって現在に至るのだ。
とにかく天輪での情報網と呼べそうなものは確保できた。
「私は、情報集め、という点で王様に貢献できるかと。小さな火種などはある程度把握することが出来ます」
「火種か、確かに火事が起こってしまうと、そこら一体の家屋を取り壊さなければいけなくなるからなぁ。俺も資源を無駄にしたくない」
「他には、何かないのか?」
「他と言えば、火消しの知識も下町で身に着けたという事ですかね。それでも、ただ火を消すだけで、家屋も壊さずに済む。火種だけを取り除くという手段が、最も望ましいのです」
「それなら、今日からお前は(守妃)だ。任せることは主に都の治安維持、火種をつぶすことだ。方法は問わない」
「分かりました」
「良し、では下がれ」
「はい」
大きく頭を下げて正殿を出た。
あのような場は、正体の分からないような変な緊張をする。
外に出た途端に尋常ではない程の汗が身体から湧き出してくる。
正殿の外で淋珂を待っていた泉喬は、淋珂を見るや否や飛んできて、首の珠になっている汗を拭きとりながら、そっと一言言った。
「お疲れ様です」
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