第33話 臥兎組
守妃となって一日目、早速梅花宮に数人の官吏を引き連れた景躁がやってきた。
もちろんいつも通りのいやいやという空気を全面に押し出している。
泉喬やその他侍女、宦官には部屋から離れてもらい景躁と向き合った。
「淋珂様、貴方は今日から守妃としてこの都の警護を任されました。その上で、劉様が諜報員を数人お任せになるようです」
「諜報員?」
「言葉を変えるのならば、同業者のお方です」
「あぁ、泉稜みたいな」
「知っているのなら良いです。彼は王直属の諜報部隊(黒翼)の部隊長です。彼はもちろん派遣されてはきません」
「あんなのと仕事をしたくはない」
「そこは、正直私も同意できます」
・・・
そりが合わない淋珂と景躁の意見が初めて合った瞬間だった。
謎の沈黙がそこに生まれる。
それに耐えかねてか、官吏の一人が口を開いた。
「黒翼第弐分隊隊長、
「同隊隊員、
「同隊隊員、丙臥へいがです」
「同隊隊員、
「以上が、王様の選ばれた諜報員です。王様はすでに彼らに全て伝えているため、即利用していただいて構いません」
臥と名につく者は男、兎と名前につくのは女の諜報員という事だろう。
今回の依頼は、彼らを使って達成しろという事なのか?
淋珂は、前に並ぶ諜報員等を眺めながら、どう動くべきか、どこまで自由が利くのか、どれほどの能力なのか、という事に思考を巡らせている。
手下を使い仕事をする、ということに不慣れである淋珂は、多少の不安を感じていた。
「それでは、私はこれで」
「ご苦労様です」
形式上の挨拶を済ませて景躁を見送る。
それと入れ替わる形で、劉が部屋に入ってくる。
その途端に四人は額を床につけた。
「いつも思うんですけど、景躁来る意味ある?」
「いや、景躁に言伝を頼む時だけ仕事が早く終わるんだ」
「それなら・・・、良いのか?」
「ところで、お前に伝え忘れていたが拝花祭を知っているか?」
「数日前に泉喬が教えてくれた」
「ならいい、後宮内の明香妃以外の三妃と同時に顔を合わせるのは初めてだろう」
そこが、淋珂が最も憂いている点である。
一人ずつ、あの癖の強い妃たちに会うのは辛うじて良かったが、同時に顔を合わせるというのは想像したくも無い。
淋珂は、自分の事を無個性だと思っているが、実際の癖の強さは彼女たちと同等である。
それでも、あくまで自分を標準だと思っている。
標準でいられていると思っている。
「そうだけど、あの妃と同時に会うのは疲れそう」
「俺は拝花会で主に働く桃花宮の侍女たちが心配だ。全員普通じゃないんだぞ?桃清達が気苦労で倒れないことを祈るばかりだ」
「そう、ね」
淋珂は桃清に気苦労という言葉は合わないように感じた。
どちらかと言えばその面倒を楽しんでいるのかとさえ思っている。
「依頼に気を取られて、拝花祭を疎かにするのも駄目だ。拝花祭は天輪でも伝統的な儀式、いくら王朝が変わっても中止されたことはないからな」
「それほど大事な会なのか」
「とりあえず、どちらも気にかけておいてくれ」
「無茶が過ぎる気もするけれど・・・」
淋珂がそう言い終わると、「頼んだぞ」とだけ言って部屋から出て行ってしまった。
何方も、か。
謀反因子の排除と自分の妃としての拝花祭、そして守妃として新たに課された都の治安維持という何もかもが未経験の仕事に対し、淋珂はやはり不安感を抱かずにはいられなかった。
「それで、ここまで聞いててどう思う?」
淋珂は劉が去った後、4人の諜報員をとりあえず守妃としての役目、火種を探しに向かわせて(陰)と話していた。
「おそらく諜報員という名の監視員ではないですか?」
「監視員?」
「岩景で、王様直属の泉稜という同業者に会ったんですよね?そして淋珂様は独自で動いていましたし、動向を探られているのではないですか?」
「じゃあ余計に動き難くなったってことか」
「そうねぇ、これは早く転婁ちゃんに働いてもらわないと」
念話でいきなり話に参加してくる桃清妃。
いつどこで話を聞かれているのか分からないため迂闊なことは話せない。
「転婁ちゃん、ですか」
「そう言えば、教育のほうは?」
「やる気を出して意欲的に取り組むようになったので、早いと思います」
「何かやったの?」
「やってないと言えば噓になりますが、仙術のような類のものは使っていません」
「さすが」
一体(陰)はどのようにしてあの転婁を前向きにさせたのだろうか。
裏で一体何が行われたのか淋珂は知らないが、知りたい気持ちよりも触れてはいけなそうだという嫌な予感がそれに勝り、それ以上は聞かなかった。
「淋珂さん、守妃就任おめでとう」
「桃清様は薬妃だったんですね」
「確かに言ってなかったかも、ごめんね」
「いや、もういいですけど」
淋珂からしてみれば、置かれた状況の目まぐるしい変化に相当戸惑っている自分を見るのを楽しんでいるのでは、と思ってしまうのだが口には出さない。
実際桃清妃は淋珂の行動を楽しんでいたという事が半分、実際に表に出ることがここ最近は無く、薬妃と呼ばれることも同時に少なくなったため、忘れていたというのが半分の割合で、淋珂に妃の役割訳を教えることを忘れていた。
それでも趣味の延長線上で調薬をしていた為、薬妃としての務めはきちんと果たしている。
「天羅宮に働く人は、いい加減な人も多いのね」
「まぁ、前国王がアレだから、それも仕方がないわよ」
その言葉を最後に、桃清妃からの念話は途切れた。
そして(陰)もその場から消える。
泉喬が来たという合図だ。
「淋珂様、遅くなりました」
「良いけど、どうしたの?」
「ちょっと話をしていまして」
「そう」
「こちらが、守妃としての仕事を記した書状です。目を通してください」
渡されたのは竹簡で、字がびっしりと書かれている。
「守妃の仕事は、火種の調査、排除であり、常に動かせるわけではないが王に許可を取れば黒翼第弐分隊10人を率いることが出来る、ね」
ある程度自由にできる戦力は与えられたとはいっても、一つの分隊全体はそうはいかないってことか。
それは当たり前ではある。
後宮の人間に兵の引率を任せるのは危険すぎるし、第一周囲の文官、武官達が黙っていないだろう。
「守妃として、一度顔を出してみるのも良いんじゃないですか?」
「確かに、顔を知らなかったらどうにもならないし。だけど、私人間を率いたことなんて無いんだけど」
「仕方がないです、今回のは急な任命でしたし。私はこれでも後宮梅花宮の侍女長ですし、人の率い方を教えてあげます」
「おお、よろしく」
あくまで普通の侍女長は兵の率い方は知らない。
知っていたとしてもそれは侍女のまとめ方、主人の窘め方である。
それでも淋珂自体、普通の侍女長がどのようなものかすらわかっていないため、「後宮の妃の侍女長は全員馬を容易く操り、兵すら率いることが出来るのか」と歪み、偏った超人侍女長のようない想像が頭の中に組みあがっていた。
勿論泉喬が異常なのだが、淋珂は全くそのことに気付いてはいなかった。
翌日、淋珂は自由にできる臥兎組(淋珂が勝手に名付けた諜報員四人の事)を自室に集め、黒翼第二分隊の拠点に出向いたのだった。
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