第31話 転婁の侍女教育
「あぁ、俺は一体何をしているんだろう。一体、どうして男でいてはいけなくなったのだろう・・・」
倉庫の中、女性らしい格好をして化粧も施された転婁が項垂れていた。
元からあまり筋肉も無く男らしい体格でもなかったため、女物の服を着て化粧を施し、少し細工をしてしまえば女に見えるのだが、陰羅こと(陰)に一応、念のためです、という事で声の変化をさせられていた。
「転婁さん、休憩時間は終わりですよ?」
「えっ、まだ砂時計が一周しかしてない「20分もあれば十分です」」
(陰)の無慈悲な特訓を受け、ただでさえない体力を絞られ相当やつれていた。
「なんでこんなに厄介なんだよ、女ってのは」
「なんだかんだ言ってますけど、基礎が出来てからそういうことは言ってください」
「足音を立てないように歩くなんて無理だろ!」
「出来ている人がいるんだから出来るんです」
「無茶苦茶だ!」
転婁はかぶっている鬘を外すと、机に乱暴に置く。
「どうしていきなりこんな事になったんだよ、理由くらいは教えてくれ」
「そうですねぇ、凛様が動きやすくするためです」
「動きやすく?」
「私は凛様の傍にいつでもいられるわけではありません。私は私で仕事がありますので、ずっとここにいられるわけではないのです」
「だから?」
転婁の質問に陰羅は首を傾げた。
「だから、なんだ?実際俺は物を発明するのにすべての才をつぎ込んだ男だ」
「女です」
「そんなことは今「女です」」
「分かったから。で、表に出たら俺が活動をしにくくなるだろう?」
「そういう事ですか。安心してください、貴女は淋珂様が岩景で見つけて来た仲間という事になっていますから。王様は凛様が暗殺者であると知っていますので。ただ、梅花宮で働く者たちはそのことを知らないので、そこは注意しなければなりません」
転婁は今までに吐いたことのないほど大きなため息を吐いた。
「昔のほうが気楽だった」
「今頃首が飛ぶか、裂けてますよ」
「八方ふさがりかよ」
不機嫌そうに言うと、もう一度鬘をかぶり陰羅に向き合った。
「しょうがない、やってやるよ」
「その口調も、今から禁止です。三回で苦参ひと嘗めですからね」
「わかっ、分かりました」
「ふふ、よろしい」
もしやコイツのほうが凛よりも強いのではなかろうか、転婁はそんなことを考えたが、さすがに口には出さなかった。
淋珂はそのころ天羅宮の正殿にいた。
王である劉がその前、5段ほど上に置かれた王座に座り淋珂の横には文官、武官が奇麗に整列している。
なぜこのようになったのか、それは淋珂が梅花宮の倉庫を出たときに遡る。
転婁も説得を終えた淋珂はため息をつきながら自室にこもっていた。
拝花会の事もあり、謀反の防止の事もあり、この後宮にいる四妃の中でも一番動き難い立場で拝花会に参加することへの不安、そして謀反がいつ起こるのかという不安が淋珂の心をむしばんでいた。
「淋珂様、景躁様がお見えです」
「分かった、通して」
「はい」
そうして部屋に、淋珂の部屋に、淋珂が嫌いでたまらないという景躁が嫌な顔をして座っている。
「そこまで来るのが嫌なら、他の方に任せればいいじゃないですか」
「それが出来たら苦労しない」
「で、用は何ですか?」
「お前に朝議の出席命令が出た」
「ん、なんで?」
「とにかく伝えることはそれだけだ。詳しくは泉喬に聞くと良い」
本当に用件だけを告げてその場を去ってしまう景躁。
一体どうして仕事に私情持ち込んで、あくまでも妃の私に悪態をつくのに劉様の補佐を出来るのだろうか。
淋珂の頭にはもやもやとしたものが浮かんだが、分からないものは仕方がないと考えるのをやめ、泉喬を呼んだ。
「泉喬、私何もしてないのに朝議に呼ばれた」
「本当に言いずらいんですけど。この瞭国の王宮って変なんですよね」
「うん、それは良く分かってる」
「本当に不思議なのは、妃にも仕事をさせるんです」
「え?」
いまいち私と泉喬の会話がかみ合っていないような気がする。
淋珂はそれでも泉喬の言ったことに驚いた。
「後宮であの妃たちが働いているの?」
「はい。桃清妃は薬妃、梨澄妃は商妃、鈴徽妃は文妃とそれぞれに役割が与えられています」
「梨澄妃が、商妃?」
「はい、あれでも仕事は出来るんです」
「そうなんだ」
「前国王様の妃であった明香妃は、政妃と言って王様と一緒に政をしていましたし」
そんなことは初めて知った。
何故そんな重要なことを誰も教えてくれなかったのだろうか。
「そして何もしてない淋珂様は、後宮から見たらちょっと危ないんです、立場が」
「あぁ、そういう事か」
納得こそしたものの、やはりそんな重要なことをどうして教えてくれなかったのだろう、と思う。
これまでいっぱい時間があったはずなのに。
「淋珂様の教育と岩景への旅行でほとんどの時間を浪費したじゃないですか。桃清妃は岩景でもその土地に根差す生薬を調べたりしていたんです」
「何も知らなかった人間にその言い方はないと思う」
私だって岩景ではせわしなく動いていた。
泉喬が寝ているときもちゃんと動いていたのに、これでも働いてないっていうのか!
そう言いたいのも山々だったが、淋珂の立場上そんなこと言ったら完全に駄目なため、口を噤み拗ねるしかなかった。
「とりあえず、支度をしましょうか」
泉喬が扉を開けて手を二回叩く。
やってきたのは大荷物を抱えた侍女3人だった。
「右から、
「「「淋珂様にご挨拶をいたします」」」
「いいから、そんなにかしこまらなくて。程よく泉喬みたいに接して」
「承知しました」
以前秦伶という侍女は見たことがある。
婚姻の儀の際に待合室で一緒にいた侍女だ。
だが、他の二人は「いたっけ、こんな子」という状態だ。
「これから着替えの際は、私とこの三人で行います。身近なお世話もそのつもりでいますのでよろしくお願いします」
「「「お願いします」」」
「わ、分かった」
「それでは、始めましょうか」
「「「はい!」」」
各々が持ってきた箱から道具を取り出す。
そして侍女らの思うがままに、淋珂は着替えをさせられた。
「とりあえず、婚姻の儀以来二度目の公の場です。くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ。私たちは私たちにできる最善の支度をいたしましたが、それを生かすも殺すもすべては淋珂様の言動、立ち振る舞いによるのですから」
「そんなことを言われたら余計に緊張するじゃない」
そういって、今に至る。
恐らく後宮で妃として存在するなら何か働け、と言われるのだろうと覚悟している淋珂は、深く頭を下げると口を開く。
「第四妃、犀 淋珂。ただいま参りました」
「よく来た。さて、今日朝議に来てもらった理由は二つある。」
二つ?
「一つ目は、妃ならば働く分野を決めねばならぬという事だ。そして二つ目は、武大臣槐明岳から聞け」
「私がお聞きしたいのは、第四妃様の付近の金の流れについてでございます」
面倒臭いという事態以上にまずい状況になった。
淋珂の耳には自らの心音が鳴り響いていた。
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