第30話 転婁の悲劇

「なるほどね、劉様があなたに」


「しかも今までと動き難さは変わらない」


「そうね、今回ばっかりはあまり私は手伝えないわ」


「もちろん知ってる。ただ、今回の仕事は”殺し”が一種の目標」


「だから私に聞きに来たのね」




桃清妃はため息を吐くと立ち上がり、淋珂の前に立った。




「私は殺しを推奨することはない。貴女はまだ汚れていないから、これ以上殺しをしてほしくないという事も事実よ。でも、生きていくために仕方がないとか、殺したいとかいう願望を持たないのなら。そして、振るう刃が”悪”への裁きとなるのなら、


「そう、か」


「そういえば、一ついい事思いついたのだけど」


「?」


「転婁ちゃんにしてみたら?」




「転婁ちゃん?」と淋珂は頭の中に疑問符が浮かぶ。


男である転婁に何故そのような呼び方をするのか、そしてアイツに何を任せろというのか。




「だから、女装させて泉喬さんと一緒に働かせるの」


「後宮でこっそり転婁を働かせると?」


「そう、まぁ明香妃と梨澄妃の侍女の目をかいくぐる必要はあるけれど、かなり動きやすくなるとは思う」


「確かに、倉庫に隠しておく必要はなくなるかも」


「それでもって仕事はしやすくなるから一石二鳥じゃない?」


「仕事を効率よく終わらせることも大事ね」




桃花宮の地下で、転婁が男を捨てなければならなくなるという重要な決定が半ば流れで軽く決まってしまった。




梅花宮に戻った淋珂は、早速(陰)に相談をする。


淋珂は、頭脳関係をなんだかんだ(陰)に頼り切っている。


いくら泉喬や(陰)に教育をされたところで、頭の良さ、機転が利くような思考回路はまだまだ出来てはいない。




「ねぇ、(陰)は転婁ちゃん計画をどう思う?」


「確かに、ずっと倉庫にこもって浪費をしている転婁さんには、そろそろ働いていただかなくては」


「そうね」


「しかし、男性が後宮に忍び入るという事はとても危険な事ですよ?」


「そこが問題なんだよね」




(陰)は、少し俯き《うつむき》考える。


男を侍女として働くに足る作法、仕草に仕上げる方法を。




「分かりました、しばらく倉庫の中で転婁さんを教育しましょう」


「そうね」




淋珂達は早速倉庫に入る。


転婁を住まわせている倉庫は、梅花宮に建てられ未だ使われていない唯一の場所だ。


本来倉庫は、贈り物置き場としてあっても足りないとされ増設されることもある場所である。


しかし、淋珂にその心配は無縁だった。


其れこそどこの馬の骨かもわからない平民が後宮外からいきなり妃となったのだから、後ろ盾などは一切ない。そして、劉は誰の子も作ろうとはしない。あえて言うのであれば、桃清妃の元へずっと通っているだけ。地方、都の貴族ともども、王の覚えのめでたい第一妃桃清、国外に影響力のある第二妃梨澄、妃でありながら王宮官僚からその頭脳を認められている第三妃鈴徽、そちらに贈り物をして名を覚えてもらう事は利になるが、ただの平民の成り上がりと貴族たちに思われている淋珂に名を覚えてもらうというのは、貴族たちにとっては全く持って利が無いのだ。




「転婁、調子はどう?」


「良いわけあるか、僕の発明は使われることでようやく意味を成すのに!」


「ってことは暇?」


「何言ってんだよ」


「まぁまぁ、落ち着いて私の淹れたお茶でも飲んで。これは労いの気持ち」




「労い?お前は何を言ってるんだ」そう言いながらも淋珂の手からパッと茶碗を奪い取ると、それを一気に飲み干す。一体何に苛立っているのだろうか、と内心首を傾げる淋珂だが、転婁の背後にずらりの並ぶ図を見てようやく理由が分かった。




「火薬型の吹き矢、作っているのか」


「あぁ、銃のように作ると音が出過ぎる。暗殺向きじゃない」


「だけど改善法が見つからない、と」


「あぁ」




転婁は分かりやすく舌打ちをすると、乱暴に椅子に座って淋珂のほうを向いた。




「で、用件は?」


「働いて、この後宮で」


「は、俺に切れと?」


「切る?」


「だから・・・」




転婁は頭を掻きながら後ろを向く。


一体何が何やら分からないと言った様子の淋珂を見かねて、(陰)がこっそりと囁いた《ささやいた》。




「男性の象徴を切り落とさねば、男性は後宮には入れません。第一、それでも後宮に入ることの叶う宦官はわずかですが」


「男性の象徴・・・?」




(陰)が大きくため息を吐き、「女装をする、という事をきちんと伝えてください。私は作法の教育をするために、貴女の仲間、(凛)の仲間として転婁さんにだけ姿を見せるつもりです。ここでもしも転婁さんが宦官化を了承してしまえば、すべての計画が台無しです」と強く言う。


透明化しているため、(陰)は念話を使えない。


ささやきを超えない程度の強さで淋珂に訴えた。




「あの、転婁。宦官かんがんになるのではなく、女装して侍女となって欲しい」


「侍女・・・か、嫌だね!」




転婁は倉庫を上に上るようにして淋珂から逃げる。




「なぜこの僕がお前に仕えなければいけないんだ!俺は山の中でこもって研究をしたかっただけなのに!」


「でも、そのままだったら恐らく首と胴が分かれてたぞ?」


「そうかもしれないが・・・!」


「どうせ、逃げようとしても無駄だし」


「は?」




転婁が不思議そうに後ろを向くと、体がだんだん痺れ始めた。


今転婁がいるのは倉庫の梁の上であり、痺れる身体を無理やり動かし梁を抱くようにして倒れている。




「お前、何をした!」


「良かったな、自分で作った痺れ薬の効果を身をもって体感出来て」


「なっ!」


「どうする、このまま死ぬか?」


「このままだったらどうせ死なないだろ?」


「茶に痺れ薬を入れた私が、毒を混ぜないと言い切れるか?」


「・・・」




初めて転婁が口を閉じる。


勿論淋珂は茶に毒を入れてはいない。


痺れ薬を少し入れただけで、もしも転婁が逃げ出そうとした時用にほんのわずかに入れただけだ。




「其れか、あの時に飲ませなかったアレ、飲むか?」


「・・・、分かった。やってやるよ。だが、それなら俺の発明品の試用をしてくれ、それと解毒剤をくれ、なんか苦しくなってきた」


「仕方がないなぁ」




そう言った淋珂は軽々と壁を蹴り梁の上に乗ると、転婁の口に木片を突っ込んだ。


その名も(苦参)、かつての淋珂も味わった、絶望的な苦さで転婁は其の儘気を失った。




「目が覚めたか?」




転婁を見ているのは、実体化した(陰)だ。




「お前は誰だ?」


「凛様に女性の仕草、作法の指導を任された陰羅いんらだ」


「って事は暗殺者仲間か」


「お前にはこれから二週間で一通りの作法を叩き込む、覚悟しておけ」




転婁の口の中には、いまだ苦参の苦味が残っていた。


しかしそれを忘れるほどの眼光を、転婁は陰羅から感じた。




そのころ淋珂は、梅花宮の自室で泉喬と話をしていた。




「淋珂様、私失念してました」


「えっ、何か盗まれたの?」


「いや、それよりももっと重大な事です」


「じゃあ何?」


「今から約一か月後に、おそらく拝花会が開かれます」


「それは、一体何なの?」


「妃のお入りなる宮の名前が、妃を表す花となるのが天羅宮の習わしで。淋珂様が後宮にいらっしゃった時にはもう梅が開花していた為開かれませんでしたが、次の桃清妃様の拝花会は確実に開かれるのです。今年は梅の開花が例年よりも早かったため、失念しておりました」




後宮に入った途端、なんで面倒なことが続くのだろうか、淋珂は運命に文句を言ってやった。

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