第29話 王からの依頼
婚姻の儀の暗殺騒動解決から1週間が経った。
相変わらず転婁は倉庫から出てこないで、拗ねたまんま穀潰しと化している。
とは言えそうなったのが、(自分が転婁を忘れていたから)という事で、淋珂は強く言えなかった。
「淋珂様、流石に何もしなさすぎでは無いですか?」
「いや、だって疲れたもの」
「其れならば此方はその数倍は疲れていますよ!」
泉喬は口調を強めて言い返す。
というのも、泉喬はこの1週間天翔孔での契約に対しての劉への説明や、事件の後処理、劉から言い付けられた桃清妃暗殺加担の疑いのある貴族の調査と一日中働きづめでまともに眠れていない。
その為何もしないで怠けている淋珂に腹が立っているのだ。
10割私情である。
それを泉喬自身が一番分かってはいたものの、だからと言って淋珂が何もしないというのも駄目だろうし、と自分を肯定して淋珂に当たっている。
このところ泉喬は淋珂を従うべきお妃さまと見えなくなっている。
「泉喬、貴女が忙しいのは自分の所為でもあるでしょ?」
「そうですよ!」
威勢よく言い返されて淋珂は狼狽えた。
「でも、何かやったらやったで何か言うじゃない」
「それは、淋珂様がこちらにも被害が・・・、こちらの仕事を増やすことしかしないからです」
「そんな事・・・」
そこで淋珂と泉喬はどちらも黙った。
外から景躁が淋珂達を覗いている。
バレたいのかな、というくらいに雑に扉の隙間から覗いている。
もちろんまだ昼のため日の光で扉に影が浮かんでいるのに、それに気が付かない程愚かなのか、と淋珂は首を傾げた。
「えっと、何か御用ですか?」
泉喬は困惑しながら景躁に声をかける。
「見つかってしまいましたか」
見つかるに決まってるだろ!
と喉まで込み上げてきたのを何とか飲み込んで景躁に向き合う。
隠れていたのがバレたにもかかわらず堂々とした態度で来客用の椅子に座っている。
「淋珂様、私は貴女の事が苦・手・なのですが、それに耐えて一つ頼みごとをしたいのですが」
「頼む人間がいう言葉では絶対にないと思います」
「そうですか、それよりも淋珂様。人払いをお願いできますか?」
「そう、ですか。泉喬、人払いを、貴女も一応離れておいて」
「分かりました」
景躁はあたりに人影がなくなったことを確認して話を始めた。
「実は、王様が”暗殺者としての貴女”に頼みたいことがあるとの事です」
「暗殺者としての私?」
劉様がここまで露骨に依頼をすることはなかった。
そして劉様に近い人間がその言伝に来るというのは余程の事なのだろう。
淋珂は無意識に姿勢を正した。
「それで、一体なんですか?」
「明香妃を王位に、という勢力が出たから崩してくれ、との事です」
「えっと、緑凱を王位にでは無く?」
「そういう事だ」
知らない間に景躁の後ろに劉が立っていた。
恐らく驚いているのであろう景躁はするりと背を向き礼をした。
「王様、気付かず御無礼を」
「いい、時間が出来たから寄ったというだけだ。其処からは俺が話すから下がれ」
「はい」
景躁が去った後、3歩大きく踏み出し淋河の正面に立つと、劉は一人満足そうな顔をした。
「言いたい事、依頼は分かるか?」
「分かりません」
笑顔で返す淋河。
「分かったけれど、分かりません」
「分かったのなら「分かりません」」
劉が怪訝そうな顔をするのを見て、淋河は続けた。
「第一、その依頼内容にも疑問はあります。謀反を企てているのは何処の誰ですか?」
「両班武官の数人が裏でこそこそやっているらしいという情報だ」
「劉様の部下に、命令は出来ないのですか?」
「部下?」
あの泉稜の事だ、と言いたいところではあるがあえて名前は出さない。
そっと頷き劉を見る。
「あいつらの事か、あんまり表に出すものじゃないだろう?」
「私もあくまで王の妃の一人なんだけど?」
「お前は自分の仕事に自信がないのか?」
あえて煽ってくる。
淋珂は劉の意図に気が付いていながら言い返すことは出来ない。
自分の仕事には絶対の自信がある、それは暗殺者として矜持だ。
しかし、あると言ったら仕事をやると肯定したことにされてしまいそうだ。
あくまで桃清妃との約束(殺すという事を自分の身近に置かないで)というものを守るために淋珂は行動をしている。
「その謀反を起こさせてから制圧するほうが、効率はいいのではないの?この国は王宮に妃が5人しかいないっていう特殊な国なんだし」
「明香妃を妃として数えたくはないのだが、それにしてもお前にしては考えるなぁ」
「いやいやでも勉強はしているの、泉喬がやらせてくる」
「そうか」
実際には泉喬による教育はごくわずか、(陰)による知識がほとんどではあるが、劉に(陰)の存在は明かしたくないため泉喬を隠れ蓑にしている。
淋珂の頭には泉喬の教育の効果は一切現れてはいない。
「今回はその方法はとりたくない。真っ先にか弱い桃清が狙われるに決まっているからな。そちらに戦力を割けば他の妃を狙われ、同時に大衆に(王の弱点は第一妃桃清だ)と言いふらしているようなものだ」
「はぁ、いつまでに返事をすればいい?」
「遅くて明後日の早朝だな、それまで正当な理由での抗議が無ければ認めたものとみなす」
「分かった」
淋珂は諦めたように言うと、劉はまた満足げに頷きゆったりと梅花宮から出て行った。
「泉喬!」
「なんですか?」
「桃清妃に、会いに行きたい」
「分かりました、それでは参りましょう」
何故劉がわざわざ自分に暗殺を依頼するのか、淋河はあまり納得が出来ていない。とは言えそう簡単に人間の根は変わらないもので、依頼を聞いた日以来ちょくちょく莉々を撫でる回数が増えている。しかも最近転婁に「痺れ薬使ってみてよ」とあろう事か木箱の中に手紙と同封してきたのだ。
爆薬や絡繰では無く毒にまで手を出しているというのは、仕事を早くくれと言う意思表示なのだろうか。
取り敢えず痺れ毒と莉々を服に仕舞い桃花宮へと赴いた。
「お久し振りにございます」
「久し振りね、さぁ、奥で話しましょう。壬莉、お願いね」
「はい」
相変わらず桃清妃と話す場所は桃花宮の地下室だ。
(風)と(雷)が淋珂達に化けて何かと地上で話をしている下で、淋珂は硬直していた。
地下に入った時から淋珂の腰ほどの背丈の爺が、ずっと茶を味わっているのだ。
石の上に胡坐をかいて、「ふぅ」と息を吐いている。
「この人は?」
「一応、頭は下げておいたほうが良いわよ。私よりも位が上の方なの」
「ってことは?」
「もう仙界にお上がりになって隠居されている方なの」
桃清妃が地仙だとして、仙界に上がっているという事はある程度・・・。そう考えた淋珂は大慌てで頭を下げた。
「こんにちは?」
「ふぉっふぉっ、それでは桃清。積もる話もあるじゃろ?」
「否定は、致しません」
「正直で良いの、では」
「よっコラショ」と石から降りるとふわっと光の粒子になって消えた。
静かになった地下室には、ゆっくりと椅子に座った桃清妃と頭を地面に付けている淋珂が残されている。
桃清妃は淋珂を見て微笑むと、話を始めた。
「あの方は、時々私のもとに遊びに来てくれるのよ」
「一応きちんとした?」
「当たり前じゃない、そうでも無かったら光の粒となって消えたりはしないわよ」
「確かに・・・」
淋珂は深く息を吐くと、桃清妃と向き合った。
「分かっているとは思うけど、少し厄介なことが起こりそう」
「えぇ、そうみたいね」
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