第21話 馬車酔いと到着

深夜、泉喬が眠る隣で淋珂は外を眺めていた。


何を考えるわけでもなく、ただ窓の外から見える闇を見る。


月の明かりが照らすと言えど、見えるのは山の影か家。


淋珂は何故だか寝付けなかった。




「何も見えない」




今まで、後宮に入るまで、一体どのようにしてこの闇を走り抜けて来たのだったか。


思い出してみるも、特に印象が残っているという事もない。


まず、暗いとすら思っていなかったような気がする。




「淋珂、様?睡眠不足は妃の天敵ですよ」


「馬車酔いしていた私を放っていた貴女の口から出る言葉とは思えないけど?」


「そんな事ありましたっけ?」




眠たげな声で惚けてくる泉喬。


泉喬まで寝不足にしてはいけないと考えた淋珂は、眠気こそなかったものの体を横に倒した。


眠れない理由こそ分からないが、横になれば寝られるそう暗示をかけて目をつむる。


前までは、自分とともに行動をする人間というものがいなかったため気を遣う事も無く、常に自分中心の生活だった。


しかし今では泉喬がいる。


今のように、他人と寝たことは今まで一度もなかった。




「人がいるから、寝られないのか?」




淋珂は暗殺者としての本領を発揮し、軽い足つきで屋根へと上った。


外の風に当たりたい。


自分には、後宮で教わったような詩人のような感性など持ち合わせていない。


淋珂はただ、なぜか風に当たりたい、そう思った。




「寝不足は妃の敵ですよ?」


「(陰)、貴女も起きてたの?」


「主人が寝られないのなら、お手伝いをするのが仕事ですよ」


「それなら泉喬は何なのかしら」




淋珂と(陰)は屋根に座って静かに話す。


主には雑談が多かった。


もちろん、桃清妃の事も話し込んだ。




「岩景で、石型爆弾を作った人間を捕まえる」


「それを淋珂様がやるんです。私は出来ないですから」


「その間は、何としてもごまかすのよね?」


「はい、桃清様にも言われましたから。仮にもお手伝いをするのよ?って」


「そう」




淋珂と(陰)は静かに笑った。




「やるべきことを、やらないと」


「そうですね。桃清様は、少し楽しそうですが」


「それはもう、いつもの事じゃない」




話しが終わると淋珂はそっと部屋に戻り横になった。


先程までの目の覚めが嘘のように、そっと淋珂は眠りに落ちた。


其れからは寝られないという事も無く、誰かに襲われるという事も無く、予定よりも一日早く岩景に着いた。




桃清妃は一切疲れている雰囲気も出さない。


その前にいる淋珂に出発前の覇気などは無く、泉喬とともに顔を青くしている。




「ようやく、岩景に着いた・・・」


「帰りも、また同じ地獄が・・・」




淋珂と泉喬の口から漏れ出る言葉は暗い。


お互いの発する言葉が2人を傷つけるという悪循環に入っていた。




「淋珂さん、大丈夫?」




みかねた桃清妃が淋珂に声をかけた。




「大丈夫だと、思います?」


「薬、持ってきてるよ?いる?」


「お、お願いします・・・」




珍しく弱気でおとなしい淋珂を見るのは、桃清妃にとっては新鮮だった。


ずっと監視していた対象が、珍しく弱気に。


桃清妃の心が揺れる。




揶揄うべきか、しないべきか。




ただ、出発してからの道中初めのほうは新鮮な出来事だったため心が満たされてきていた桃清妃も、ずっと似たような日々を過ごして飽きが来ていたこともあり、揶揄いたいという欲が出てきていた。


しかし良心も少しはそれに拮抗している。




「はい、これ」




桃清妃は淋珂と泉喬に薬を渡す。


そのほかにも、朱香も馬車酔いをしていた為、そっと薬を手渡した。




「ありがとうございます」




何とか到着した宿で、淋珂、泉喬、朱香は机に突っ伏していた。


薬を煎じたものが入った湯呑を右手に、静かに頭を机に置いている。


その光景は異常そのもので、壬莉が大急ぎで人払いをしたのも事実。


本人たちは、それに気付いていない。


これでは一体何をしに岩景に来たのか分からない。


(陰)は透明になりながら、淋珂を見て深くため息をついていた。




桃清妃は、岩景の工芸品を見て遊んでいると壬莉が朱香と話しているのを淋珂は聞いていた。


今こそ動かなければ、と思う。




「なんで、馬車って酔うんだろう」


「「ほんとそう」」




泉喬と朱香は同時に答えた。




淋珂が動けない間に、(陰)と壬莉が別々の方法で犯人に近づいてはいるのだが、そんなことを淋珂は知る由もなかった。

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