第20話 岩景への道中
馬車に揺られる淋珂、真っ青な顔で口を押えていた。
それを呆れた顔で見る泉喬。
本来自らの主人である淋珂が馬車酔いをしているのなら介抱するのが泉喬の仕事ではあるのだが、今にも吐きそうな人間に進んで近づいていくほど泉喬に忠誠心は無い。
あくまで保身。
淋珂が第四妃の位にいる。
馬鹿にされない妃でいる。
それが泉喬の淋珂に求める最低限であり最高だった。
「泉喬・・・。これは駄目なやつぅ・・・」
「本当に吐くときは言ってください。木の影を探すので」
「なんなの?こんなに気持ち悪くなるなんて・・・」
「馬に乗ったことがあるから大丈夫、って出発前に大口叩いていたのは誰ですか?」
「その時は・・・」淋珂は出発前の自分の失言に後悔した。
馬車で酔う、なんて乗ったことが無かった為知らなかった。
普通に馬に乗っていた時は全く酔う事もなかったのに・・・。
「大体、馬車は普通の乗馬と違って気持ちが悪くなりやすいんですよ」
「それを先に言ってよ!」
「先に言ってって言われても、まぁいいです。我慢してください、そろそろ宿ですから」
岩景までの道のりは、馬車を使って7日の距離だ。
淋珂の足ではそれが二日程度になるのだが、馬車の場合山や崖を大きく迂回しながら進むため必然的に遠くなる。
実際の距離との誤差も、淋珂にしてみれば大きな誤算だったのだ。
「気持ち悪いし、長いし・・・」
「いつまでも弱音吐いてないでください。それで吐かなくなるのなら、私は弱音に耐えますが?」
「いや、一応弱音は心に留めておく」
「出来れば弱音であって欲しかったです」
泉喬は、馬車の窓に掛かる布を少しずらし外を見る。
「遠くに町のようなものが見えますよ。まだ日が落ち切ってないので今日は調子が良かったのですね」
「それで、後どれだけかかるの?」
「日が沈むまでには」
「・・・、はぁ」
結局、宿に着いたのは日が落ちてからだった。
町に着くと、普段着を着た女官や護衛宦官が周囲を見回るため馬車から降りるのにさらに時間がかかるのだ。
淋珂としては馬車の臭いをかぐだけでも吐き気を催すほどの拒否反応が出ているのだが、感情殺しという淋珂特有の技を使い、何とかその時間を凌いでいた。
「淋珂様、降りましょう」
淋珂は絹製の淡い緑色の薄い衣を纏い、あくまで都の貴族という設定で街を歩いてく。
泉喬は、淋珂の前を歩き、その後ろに桃清妃付いてくるという形だ。
淋珂は劉から出発前に手紙をもらい、酔う前に馬車で読んでいた。
そこに書かれた桃清妃の護衛についての詳細。
実際これを読んだという事が、淋珂の酔いを誘った原因なのだが。
桃清妃を囲むように壬莉、星羅、朱香が歩く。
残りの女官たちは後宮内で”偽桃清妃”を護衛している。
「劉様が、どれだけ私を大事に思っていないかが分かるわ」
「いや、私が一番危ないんですから」
淋珂と泉喬はこそこそと言い合いながら宿へ向かう。
山々に囲まれた町というのはまだランプが導入されておらず、夜を照らすのは月明りと松明の炎。
淋珂は慣れた足つきで地面をすたすたと歩いていくのに対し、桃清妃は足元を確認しながら歩くといういかにも育ちが分かる状況だった。
「皆様、ようこそおいでくださいました。泉莱町へ」
「どうも、宿に案内していただけない?」
泉喬が率先して現地の案内人と会話をする。
その後ろに、桃清妃以上に着飾った淋珂(劉いわゆる囮)がお嬢様という雰囲気を出してたたずんでいる。
淋珂は泉喬に促されるまま最も高い部屋へと足を進める。
その後ろを桃清妃が付いてきて、2番目に高価な部屋へと入っていった。
「泉喬、なんか嫌よね」
「何がですか?」
「桃清妃よりもいい部屋に泊まるってのが」
「王様曰く囮料らしいですよ。巻き込まれる私の身にもなってください。しかも囮に本物の妃を使おうなんて考える王様の頭はどうかしています」
「不敬罪になりそうなことを言わないの」
気が立っている泉喬をなだめる淋珂という普通では考えられない状況が起こる中、隣の部屋にいる桃清妃は、命を狙われる危険があるという今の状況には全く似合わない微笑みを浮かべていた。
「桃清様、何か面白い事でも?」
「いや、思い出し笑いです。つまらない事ですよ」
「そう、ですか。しかし驚きました。休養に出かけるのはいいとして、その行き先が岩景というのは」
「そうね、行ってみたいなぁなんて思っていたの」
「そうだったのですか」
トントン
桃清妃の部屋の扉が叩かれる。
「出ます」
「えぇ、私はここで書でも呼んでいるわ」
壬莉は桃清妃を扉が閉まるまで見ていた。
その様子を見ている星羅と朱香。
二人はこっそり町を偵察していたのだ。
「異常なし、です」
「見た限りでは大丈夫。でも、私は今すんごい違和感を感じてんの」
朱香の発言に壬莉は首を縦に振る。
星羅は全くそんなことを考えてはいなかった。
ご飯の事しか頭の中になかった。
朱香と壬莉は意識が違うほうに言っている星羅を置いて、話を進める。
「実はずっと調べてて分かったことがあってな」
「ああ」
「石型爆弾、の事だ」
「桃清様と宦官を狙った武器、か」
朱香はごそごそと服から石を取り出す。
「まさにこれがソレなんだが」
「どこでそんなもの手に入れた?」
「都で一匹暗殺屋を殺ったんだけど、そいつが持ってたんだよ」
「暗殺屋、か。しかしそんなに有名な道具なのか?」
「一部の裏では最近出回り始めたらしい。どうも都で誰かが売ってるようなんだ」
「へぇ」
壬莉と朱香に流れる沈黙の時間。
二人の眼光は鋭く、考えを張り巡らせる。
そして壬莉が口を開いた。
「桃清様は、実は何か?」
「その可能性も、ある」
壬莉と朱香は息をのんだ。
今まで完璧に阻止していた桃清妃への暗殺。
桃清妃の目には絶対に映らないようにしていた桃清妃の現状。
いや、映らないようにしていたはずだった現状、実はそれが自分たちの驕りだったのかもしれない。
そう思うと壬莉は体中に鳥肌が立った。
出来ればそうであってほしくない。
ただそれだけが、強く心の中で念じられた。
そのころ桃清は、(陽)とともに密談をする。
「壬莉達も、少しずつ犯人に近付いているわね。淋珂さんたちとは別の方向から」
「早速、何も知らない桃清妃を続けるのが難しくなりましたね、いやできなくなりましたね」
壬莉と朱香に会話を見ていた(陽)はやれやれと言わんばかりに頭を押さえた。
「それをどう取り繕うのか。それを見てみるというのもいいじゃない?」
「そうですか。まぁ、悪しき事自体はしていないので良いですが、いくらあなたでも徳にもならないことをするものではないですよ」
「ご忠告ありがとう、(陽)。でも、
休養、それに行く道中の宿。
雲一つない星空の下、それぞれの想いが交錯する。
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