第19話 同じ方法
淋珂は桂花宮の地下室にいた。
桃清妃からもらった手紙を懐に入れ、椅子に座っている。
「(陽)、取り敢えずお茶を淹れてくれない?」
「了解しました」
桃清妃は 地下室でさえも優雅に振る舞う。
いつもと違うのは、上位存在であるという事を感じさせられるという事くらいだ。
幾度か地下室を訪れている淋珂は、1つ気づいたことがあった。
「もしかして、地下室を掃除した?」
「よく気が付いたわね。それとちゃんと敬語じゃ無いし、嬉しいわ」
「桃清妃、この手紙は何ですか?」
桃清妃はわざとらしく「そんな物もあったわね」などと言い手紙を手に取る。
「お仕事の助けにはなったかしら」
「遠回しすぎませんか?」
「(陰)、やっぱり無理だったの?」
「はい」
淋珂の背後に立っていた(陰) は、桃清妃に問われた質問に即答し、そっと淋珂に告げた。
「実は、知ってたんです」
「何を・・・、って。はぁ」
言葉の意味に気が付いた淋珂はキッと桃清妃を睨むと大きな溜息をした。
「性格が悪過ぎます」
「そんな目で睨まないで。分かると思って軽く揶揄うくらいの気持ちでやっただけなの」
「疲労困憊の私に更に追い討ちをかけないでください!」
「分かった、ごめんなさい」と言うと桃清妃は微笑んだ。
その時、微笑みかけた桃清妃の表情が引き攣る。
「淋珂さん、一旦梅花宮に戻りなさい。ここの門外の護衛宦官がやられたわ」
「やられた?」
「いや、死んではいないのだけれど。あれは仙薬でも使わない限り歩けないわね」
桃清妃は、「出来るだけ早く、ね」と言って上に出て行った。
さすがに自分のもとに壬莉が来るだろうと判断したためだ。
(陽)は地下室に残り、淋珂と(陰)が出ていくのを待っている。
ずっと待たしてしまうのもいけないと淋珂は考え、(陰)とともに梅花宮へ戻った。
「淋珂様!大変です」
「どうしたの、泉喬?」
「桂花宮の宦官が重症です」
淋珂が部屋に戻ってそう経たない内に泉喬が部屋に飛び込んできた。
桃清妃の桂花宮は梅花宮の隣という事で、次は我が身とも言わんばかりに淋珂へ部屋から出ないようにと念を押す。
「分かった、出ないから落ち着いて」
「はい」
「どうして重症になんてなったの?」
「どうやら石?が爆発したらしいですよ」
石・・・ねぇ。
桃清妃殺害未遂に使われたものと同じかもなぁ。
淋珂は桃清妃に向かって投げられた石型の爆弾を思い出す。
「同じ、犯人の仕業か」
「まぁ、そうでしょうねって変に詮索しないでください。貴女は妃なんですから」
泉喬は、「外出しないでくださいね」と言って外に出る。
「そこの宦官!」
「「「はい!」」」
「淋珂様のお部屋を見張っていて頂戴」
「「「はい」」」
厄介なことになったなぁ、と淋珂は部屋を出て行った泉喬の影を追う。
そして外には、三人の宦官の影だけが残った。
こういう時に自由に動けなければ意味がないのに、どうしてこうなるのか。
劉様は何も考えていないのか。
考えれば考えるほど不満が零れる淋珂。
そんな淋珂を見て(陰)は諫めるように言った。
「今はそのように不満を溜めている時ではありません。今こそ、もっと深く事を考られる時間です。今までのような忙しさもなく、私達だけしかいないんですから」
「そう、ね」
(陰)の言葉に淋珂も頷き寝台に座った。
外が騒がしいのは犯人探しに躍起になっている劉の使いか、とかを考えながら淋珂は(陰)と話を整理した。
「私の婚姻の儀の時に桃清妃が狙われた時も、石に見える爆弾という道具が使われた」
「そして今回も、ですよね?」
「ええ、私も一度使っている人間は見たことがある。私が住んでいた村に一人作り方こそ教えてくれなかったけど、暗殺道具として主に使っていた人がいた。でもほかの人間に渡したりしてるからその人とは限らない」
「その人しか使っていない、と?」
「いや、村長に岩景がんけいという名前の場所に住んでいる暗殺者に教わったって自慢げに話していた覚えがある」
「製法こそ教えていないけど、それに近いことをしていますね」
だが、それによって制作者が分かったからと言ってこの問題は解決しない。
岩景というのはこの国から数個山を越えなければ到着できない地域。
何の理由もなしにそこへいくのは怪しまれるし、もしも犯人に勘付かれるとこちらが狙われてしまう。
「どのみち詰んでしまているな」
「いや、これは進歩ではないですか?」
「どうして?」
「私を誰か忘れたのですか?」
淋珂は(陰)の思惑に気が付くと息をのんだ。
自分がそこら辺の動きをどうにかしなければならないと思っていたのだが、
「(陰)が、行ってくれるの?」
「いやいや、まさか」
まさかの素での否定に淋珂は鳩が豆鉄砲を食ったような気持ちになった。
調子を崩されて苛立つ淋珂と、きょとんとしている(陰)。
そんな異様な空気が一瞬流れ、(陰)の言葉でそれは終わった。
「私がしばらくの間は貴女になります」
「泉喬に気付かれるでしょう?」
「そんなことは」
「前も気付かれていたし」
「そうですけど・・・」と(陰)は不貞腐れていた。
そんな様子の(陰)を見て淋珂は、(陰)にも人間らしいところがあるなぁ、と感じた。
しかしそんなことを考えている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。
「少し時間をいただいても?」
「どうして?」
「桃清様に少し」
「分かった」
(陰)はスゥッと透明になった。
恐らく桃清妃のもとへ行ったのだろう。
実際淋珂にとって岩景に行くこと自体はたやすい。
まだ村にいたころは、もっと遠くへ自分の足だけで向かったことも少なくない。
必要ならば川を泳いで渡り、崖をよじ登ったりもした。
「今の状況では、そんなことは成しえないからなぁ」
淋珂は腰に差した莉々を手に取る。
どこへ行くにも一緒だった莉々は、淋珂の実質的な相棒、心の拠り所だ。
莉々を鞘から出すと、きれいに磨かれた刃が顔を出す。
この輝きを見ていると、自然と心が落ち着く。
「どうしたら、いいのだろうか」
「・・・」
答えなどないことは分かっても、語り掛けたくなってしまうのだ。
しばらく莉々を見ていると、(陰)が帰ってきた。
「淋珂様、早まらないでください!」
「静かにっ!早まってなんかないし」
「はぁ、紛らわしいですね」
「で、何を話してきたの?」
アッと思い出したような顔をすると話をしだす。
「桃清様が劉様の掛け合って、岩景にお出かけなさるらしいです」
「旅行をするってこと?」
「まさか、秘密裏に休養を取るという名目で岩景に向かう、という事ですよ」
「それに私も付いていく、と?」
(陰)は頷いた。
最低限の女官だけを連れて、桃清妃と淋珂が後宮にいると思わせるらしい。
「本当に気付かれない?」
「これでついでに犯人を捕まえたら?、とおっしゃっていました」
「自分を囮に使う、と?」
「たぶん、気分転換もしたかったのではないですか?」
「そう」
桃清妃の考えがどうだとしても犯人を捕まえるいい機会だと桃清妃が言うのなら、それは間違いではないのだろう。
誰かの命令を受けた”誰”が桃清妃の休養を知ることが出来る人物、または本人だという事は確かになったのだ。
「何とか、桃清妃を殺されずに犯人を捕まえないと」
「当たり前です」
淋珂と(陰)は、それから夜まで、当日の行動を話し込んだ。
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