第18話 桃清妃の手紙

淋珂が目を覚ましたのは、翌日の昼だった。


連日の疲れのためという事を泉喬は理解しているため、今回はあえて淋珂を起こさなかったのだ。


そのため久しぶりの自分からの目覚め。


本来なら気持ちの良いものだろうが、精神的な疲れは取れていないようで心から気持ちよさを感じることは叶わなかった。




「泉喬は、まだ来てないか」




ゆっくりと寝台を立つと、机を見る。


机の上には桃の花をあしらった柄の封筒が置いてある。


桃清妃からの手紙だ。




「(陰)、いる?」


「はい、いますよ。しかし、呼ぶときはもっと声を押さえてください」


「あっ、そうね」




淋珂は声を押さえて戸の影を見る。


誰もこちらに来てはいないため聞かれていなかったのだろう。


自分ながら、しょうも無い失敗だと少し反省した。




「桃清様のお手紙を読むのですか?」


「ええ、そうだけど。」


「どうして私をお呼びに?」


「まだ字が不安だから」




(陰)は納得したように頷くと、淋珂の前に立つ。


それを見て、淋珂は封筒を開けた。


封筒の中には手紙が一枚、三つ折りにされている。




【淋珂妃へ


いろいろとお忙しそうですね。


今回はお仕事についてお手紙を書きました。


何かの助けになれば嬉しいです。




貴重な時間は上手に使う事。


さらに様々な人に気に入られること。


基本的にはそれが最も重要なことです。


ですが、それだけでは足りません。


はなしを良く聞き、自らの考えと合わせる。


なかでも身近な人の話はよく、ね。


いかがですか、私の助言は。




ざっと、初めだけ読んでもらって構いません。


こんな事、とっくに知っていると思われたのなら残念です。


しかし、安心もできます。


貴女には最近時間がなさそうだったので、少し助言をしたくなったのです


それでは、これからも仲良くしましょうね。




蘇桃清より】




淋珂は桃清妃の親切さに心を打たれた。




「私が後宮に苦労をしている所を見ていてくれた。しかも助言まで...。」


「まぁ、確かに心配はしていらっしゃいます。いつ気付かれてもおかしくない淋珂様の行動に、ですが」




全く違う方面の心配だったのか。


淋珂は肩を落とすも、手紙を何度も読み返す。




「(陰)この手紙、どうしよう」


「淋珂様、一つよろしいですか?」


「どうしたの?」


「桃清様がただそのようなことのためだけに手紙をお送りになるとは思えません」




(陰)は桃清妃には何か別の思惑があるのではと考えていた。


しかしそんな事淋珂には理解できなく、「そう?」と言うだけ。


淋珂から手紙を受け取り、(陰)は手紙に目を通す。




「この”ざっと、初めだけ読んでもらって構いません。”って不自然だと思いませんか?」


「どうして?」


「それならわざわざ手紙を送らないですよ。あの方の性格からして、何かあります」


「(陰)は、桃清妃を信じていないの?」


「ある程度共にいれば分かるのです。あの方の性格が」




(陰)がここまで言ってくるのは珍しい。


淋珂も手紙を見返す。


しばらく二人で手紙とにらっめっこをする時間が続いた。


そしてある時、




「あっ、そういう事ですか!」




(陰)の急な声に淋珂は心臓をはち切れんばかりに飛び上がらせる。


そして「うるさい!」と怒った。


しかしそんな淋珂の怒り等ものともせずに(陰)は手紙をまじまじと見る。




「何が分かったっていうの?」


「桃清様のこの手紙をお送りになった本当の意味です」


「それは?」


「手紙の最初の文字を読むのです、縦に」


「きさきではない・・・?」


「ピンときてませんね?」




淋珂は(陰)のあきれ顔にイラっとくるも、問う。




「一体なんなの?」


「ですから、婚姻の儀の犯人です。妃ではないんですよ」


「どうしてまた急に?」


「忘れていそうだったからではないですか?淋珂様が」




確かに忘れてた・・・。


淋珂は心の中で思うと、それは口に出さず話を逸らした。




「まぁ、疲れていただけで忘れてたわけではないし。よし、頑張ろう!」


「ずいぶん図太くなりましたね。でも、そのくらいがちょうどいいです」




笑顔で言う(陰)。


そんな(陰)を見て、苦笑いでその言葉を流す淋珂だった。


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