第22話 裏社会での情報集め

「淋珂様、大丈夫ですか?」


「ようやく落ち着いてきた」




泉喬は淋珂よりも一足先に復活し、寝泊まりする部屋の準備を整えていた。


淋珂は部屋に備え付けてある寝台の上でゴロゴロとしている。


空はもう橙色に染まっており、今から宿を出ようにも泉喬に止められることは明白。


本格的に動き出すのは泉喬が眠ってから、そう心に決めて体を起こした。




「淋珂様、桃清様のもとへ感謝に向かいましょう」


「薬のお礼、ね」


「目の前でずっと吐きそうな人間を見るとそれをもらってしまうんだという事を学んだので、帰りは馬車を運転しますね」


「えっ、出来るんだ」


「舐めてもらっては困ります」




淋珂は天羅宮後宮の女官の多才さに驚愕する。


もちろん馬車を引ける女官など天羅宮にもそうそういないのだが、淋珂にそんなことは分からない。


少し自慢げな顔をする泉喬に、淋珂はこぶしを握った。




「さぁ、行きましょう」


「そうね」




桃清妃は、相変わらず宿の2番目にいい部屋、淋珂の部屋の隣の部屋にいる。


劉が桃清妃と壬莉に懇願してこのようになったが、壬莉はあまり乗り気ではなかった。


何故桃清様の休養旅行なのに桃清様が我慢しなければならないのか、心の中で劉に対してぐちぐち文句を言っていたが、桃清妃が「もちろん、いいですよ」と即答したためもう何も言えなくなっていたのだ。




「壬莉って、どうしてこんなに不機嫌なの?」


「さ、さぁ」




淋珂と泉喬は桃清妃の部屋に入ろうとした所で壬莉に止められた。


留めた割に何も話し出さない壬莉。


ただ体全体から不機嫌オーラが溢れている。


その理由が分からない淋珂と泉喬は、ただただ困惑しその前に立ち尽くすのみ。


そんな訳の分からない時間が幾何続いたのち、ようやく壬莉が口を開いた。




「何の用ですか?」


「それはこっちの台詞です」




泉喬が壬莉に少し強めに聞き返す。


壬莉はそれに動じずにただため息をつきながら淋珂に言った。




「なぜあなたが一番いい部屋に?」


「いや、劉様が・・・」


「貴女は第四妃なのですから断らないといけないのでは?」


「そう言われても、ね」




泉喬に目をやると、淋珂のほうを向き頷く。




「私たちは王様に馬車で教えられたんです、しかも王様のご意向に異議を申し立てるなど第四妃には無理な話では無いですか!」


「はぁ、まぁいいわ。で、用件は?」


「桃清様に感謝をしたくて」


「私が伝えておきます」


「そんな」


「あら、どうしたの?」




壬莉と泉喬の睨み合いを終わらせたのは桃清妃本人。


泉喬と壬莉は驚きを隠せずおどおどしながら黙る。


淋珂は心の中で、「見てたな、絶対」と思ったものの、声には出さない。


そんな淋珂を見て桃清妃は楽しそうだ。




「壬莉、喧嘩は駄目でしょう」


「すみません」


「私の壬莉がごめんね」


「いえいえ、謝らないでください」




泉喬が慌てて言った。




「そうですよ」




と壬莉がいうものの、「貴女が原因ですよ」と一瞥され押し黙ってしまう。


淋珂にしてみれば桃清妃の意地悪なのだろうと察しはついたものの壬莉にとっては一大事だ。


壬莉に少し同情してしまった。




「それで、どうしたの?」




桃清妃は淋珂に問う。


一瞬なぜ桃清妃を訪れたのか忘れてしまった淋珂だったが、すぐに思い出して答える。




「あ、お薬のお礼をしたくて」


「あぁ、そんなの良かったのに」


「いやいや、こういうことはきちんとします」


「そう、わかったわ」




優雅に微笑んで見せると桃清妃は部屋に戻ってしまった。


壬莉も桃清妃に連れられ部屋の中に戻ってしまい、嵐にようにお礼は過ぎ去った。


淋珂達が部屋に戻った時には、夕餉の用意が出来たと店主が言いに来る時間になっていた。




宿の夕餉は、天羅宮の物と比べれば貧相に見えてしまうが郊外の町にしては相当豪勢なものだった。


岩景の郊外貴族である亥煉がいれんという老人が土産物を持って宿を訪れたと言うこともあり夕餉中とはいってもなかなか落ち着かない。


泉喬が、「郊外の貴族は都、輪天てんりんの貴族に何とか取り入りたいのです」と教えてくれたのだが、天羅宮のあった都が輪天という名前であったことを初めて知った淋珂は、そこから先の泉喬の話を一切無視していた。




「疲れた・・・」


「私がアノおじいさんの相手をしていたのにどうして淋珂様が疲れているのですか?しかも途中からおじいさん、桃清様にしか話をしていませんでしたよ」


「桃清妃はああいう事が得意でしょう?」


「そうかもしれませんけど・・・」




淋珂にしてみたらそのおじいさんにどう思われようが関係ない。


もう会う事は無いであろう老人と仲良くしておく必要はないだろうと、心の中でけじめをつけた。


やがて就寝の時間となった。


泉喬と淋珂は寝間着に着替えて寝台に身を投げ出す。




とうとう泉喬の寝息が聞こえ始め、淋珂の仕事が始まった。


淋珂は、とっとと窓から外に脱出すると(陰)と合流する。




「お待たせ」


「いえ、桃清様の女官。壬莉達がこの街を動き回っています。どうやらあちらも石型爆弾の造り手を探しているようです」


「そう」




淋珂は、泉喬の話を聞きながら全身を黒で染める。


莉々を懐に忍ばせて、自分の知っている裏のたまり場。


天翔孔てんしょうこうという店に向かった。


それは昼間は薬局をやっている店の裏稼業。


簡単に言えば麻薬喫茶。


淋珂が岩景付近の町へ暗殺に来る際に、絶対に立ち寄る場所だった。




「良薬、影に坐す」


「良し」




扉にあいた小さな穴にそう囁くと、そっと扉の鍵が開く。


暗号のようなものではあるが、初めて来たときから暗号が変わらないため少し淋珂は安全性に不安を持っている。


しかし岩景の役人が暗殺の依頼をしに来ることもあるため、岩景黙認の違法喫茶であることもまた事実だった。




「どうも」




店の店主が声をかけてくる。


倫尖生りん せんしょう、後宮に入る前からよく世話になっていた白いひげを蓄えた老人。


客の間では倫仙りんせんと呼ばれている。




「久しぶりだな、倫仙」


「しばらく来ないからてっきりしくっちまったのかとおもってたぞ」


「それはすまない、上から難しい仕事をもらったからな、まだそれも継続中だ」


「また、えらい仕事を任されたんだな、りん




凛、というのが裏の人間から呼ばれている淋珂の名前。


淋珂という本名は、村長しか知らない。


淋珂の裏の通り名は(刀恋の凛)。


その名の通り、刀の莉々をずっと愛でていた為付けられた通り名。


過去に本人に刀恋といった暗殺者が消えたことから本人の前でそれを口に出すことは絶対にない。


実際、淋珂はその通り名自体覚えておらず、殺されたという暗殺者に淋珂は手を下してすらいない。


確かに暗殺者は殺されたらしいが、淋珂の手では始末されていないのだ。




「ところで倫仙、石型爆弾を売ってるやつはいるか?」


「あぁ、転婁てんるか。ここにはいないぞ?」


「どこにいる?」


「お前がそんな道具を使うなんざ珍しいなぁ」


「ちょっと用があってな」




淋珂がこっそり倫仙の手に宝石を握らせた。




「今の仕事柄、こういうのが手に入るんだ。安心しろ、足はつかない」


「そうか」




遠慮する様子も見せずに宝石を腰に下げた袋に入れた。




「転婁は、日が沈む山の頂上にいるよ。それで石型爆弾を売るべき相手か見るらしいぞ」


「またおかしな奴だな?」


「どうやら、いっぱい罠があるらしいぞい?」


「へぇ、性格が悪い」


「お前もだが、能のあるやつらは全員どっかがオカシイんだよ」


「私はオカシクないがな?」


「そうかい」




倫仙は、「また来いよ」と言って店の奥へ入っていった。


新しい客が店に入ってきたのだ。


淋珂は顔を隠しつつ、天翔孔を後にした。




「転婁、か。日が沈む山と言えば・・・」




淋珂は月の位置を確認すると、さっそく山へと駆け始めた。

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