第12話 婚姻の儀の後
婚姻の儀の後、桂花宮は殺伐としていた。
女官や警備の為にいる宦官は門の前に集まり守りを固め、壬莉や珠佳等の元諜報官は桃清の周囲を固めていた。
「淋珂妃への攻撃に目が行って桃清様の身に害が及び掛けたと言う事実、決して許されることではないわ」
壬莉は真剣な面持ちで珠佳等に言う。
それを聞いている珠佳等も其れを真剣に聞いている。
「第一、淋珂妃が狙われたのもそれ自体が作戦の内だったのかもしれ無い。最近はこの様な方法での攻撃が無かった所為で、少し浮かれていたのよ」
「確かに人間にしか目が行ってなかったかもしれない」
彼女たちがその様な話をしている中、桃清妃と淋珂は地下室に居た。
「どう、(陰)は役に立っている?」
「今も私に化けて貰っています」
「そう」
桃清妃は先程殺されかけたとは思えない程いつも通りだった。
梅花宮の女官は憔悴していると言っていたが、それも唯の芝居らしい。
淋珂は薄々感づいてはいたものの、一応桃清妃に会いに来たのだ。
「憔悴して、いないのですね?」
「敬語じゃなくても良いのよ?」
「話を逸らさない」
「芝居よ、流石にそうしないと不審がられてしまうわ」
桃清は上を指差して言う。
淋珂はそんな桃清を見て、少し安心した。
「犯人は、分かっているの?」
「まぁ、見ていたから知ってはいるけど・・・」
桃清は目を伏して溜息をついた。
淋珂はそんな桃清を見て疑問を抱く。
「けど、何なの?」
「それをあなたに教えたら?」
「貴女へ害を与えたのだし、殺すけど」
桃清は頷いて淋珂を見た。
「そう言うと思ったわ。だから言わないの」
淋珂には桃清の意図が分からない。
どうして、自分の命を狙うものが死ぬのを嫌がるのか。
まして、自分が殺す訳でも無いのに、何故其れを拒むのか。
「何故?命を狙われたのでしょう?」
「そうね、私だってあの人が消えたところで何も都合は悪く無いけど・・・」
淋珂の肩を強く掴んで淋珂は言った。
「貴女に簡単に人を殺せる人間であって欲しく無い」
その言葉は、今までの淋珂の存在意義そのものを否定する言葉だった。
今まで言われたことのない言葉。
劉様でも言わなかった言葉。
「任務だから、仕方がない。せめてそこまでの気持ちは持っておいて欲しいの」
「どういうこと?」
「殺せって頼まれたら殺す。普通の人間だったらその時点で駄目よ。でも貴女は心が潔白のまま、生きている事の同義として殺しがあった、そんな可哀想な人間から、(生きる)を奪おうとは思っていないわ」
桃清は淋珂から離れた。
「これは、貴女への試練の一つ。殺すという事を自分の身近に置かないで、貴女の力を使って犯人を(捕まえて)みて。もちろん(陰)を使っても良いわ」
「殺さずに、捕まえるの?」
桃清はただ首肯した。
そして淋珂に微笑みかける。
桃清が何を考えているのか、淋珂には理解が出来なかった。
しかし、(殺し)を自分の傍から離すという事。
それは淋珂にとって、新たな不安要素となった。
桂花宮地下室から帰ったのち、淋珂は(陰)に桃清との話の内容を伝えた。
それを聞いた(陰)は小さく頷くと淋珂に言った。
「淋珂様、桃清様は私たちを試しているのかもしれません。淋珂様は特に運動能力が優れています、そしてあまり考えるという事が得意ではありませんよね?」
「いや、そんな訳」
「そして私は武芸にそこまで造詣が深くはありませんが、頭を使うことは得意です。なので、貴女と私の連携と言いますか、それを少しでも伸ばそうとしてくれているのではないでしょうか」
そう頭をひねりながら考える(陰)を淋珂は複雑そうな目で見ていた。
自分のことを遠回しに馬鹿と言われた気がしてしまうのだ。
自分は運動能力にしか取り柄の無い馬鹿だ、と。
しかし、(陰)の言っていることを半分ほどしか理解できていない自分は・・・。
そんなことを、(陰)の話を完全に聞き流しながら考えていた。
「淋珂様、聞いていますか?」
「何を?」
「ですから、私達で情報を集めて桃清様を狙った犯人を捕まえるんです」
「だが、私は頭を使うことが・・・」
「拗ねないでください。自分に足りないものを認め、助け合う。人間にとってそれは大事なことなんですよ。私は貴女よりも長い時間生きていますが、自分だけでは答えの出ない問題も、それを認め、補えば解決できるのです」
教鞭をとるかのように話す(陰)。
その目は何故か楽しそうだ。
淋珂はそんな(陰)を見ていると、拗ねているのも馬鹿馬鹿しくなった。
「分かった、では最初に何をすればいい?」
「泉喬がやってきました。続きはまた後で」
(陰)はサッと姿を消す。
曲がりなりにも仙人。
このようなことが出来るのなら、自分のような運動能力はいらないのではないか、そんなことを淋珂は感じた。
「淋珂様、入りますよ」
「はい、どうぞ」
泉喬が頭を下げ部屋に入ってきた。
やはり婚姻前とは少し雰囲気の異なる泉喬。
そんな泉喬に少し寂しさも感じたものの、それは扉のあいている時だけだった。
「ちゃんと丁寧に話していますね」
「そうしないとうるさい人が少なくともこの後宮にいるからね」
「はっ、それは淋珂様のためですから」
「それにしてはにものを教えるときのあなたはとても楽しそうに見えるわよ」
泉喬は口角をグイッと上げて笑った。
「それは良かったです」
淋珂はやけにその一言に背筋が伸び利用な心地がした。
「いきなりですが、淋珂様に報告しなければならないことがあります」
泉喬が急な敬語を使いだした。
そのことに淋珂は一種の警戒を覚える。
「実は、明日、明香妃との挨拶が入りました」
「どういうこと?」
「今日の婚姻の儀の後、明香妃の女官に呼ばれて蘭花宮へと向かったら、そこにご本人がいらっしゃって、明日挨拶に来ない?と遠回しに言われたのです」
それは自分に言ってもいいのか、と淋珂は泉喬に問いたかったものの、善意で教えてくれているのかと都合よく解釈し辞めた。
淋珂は明香妃についてよく知らない。
明香妃は劉様側の後宮の人間からは嫌われている。
恐らくそれは確実。
以前訪ねて来た壬莉の口ぶりから察するに、桃清妃は分からないがその他の女官らには嫌われている。
国王である劉様もだ。
改めて考えると後宮に劉様の味方は少ないのだなぁ、と淋珂は感じた。
だからこそ、明香妃が今すぐ敵に周ったら自分が後宮に居られなくなる可能性が高い。
そんなことは馬鹿でもわかる。
「明香妃は、どんな人なの?」
泉喬は微妙な顔をしていった。
「一応、筆談でもいいですか?」
泉喬は目で外を指す。
それを淋珂は察して筆と紙、火鉢を用意した。
{明香妃は、王様のお母様です}
{それは知っている}
{彼女は人を動かす術を知っています。まるでこの後宮をほとんど掌握しているように}
{洗脳か何かをしているの?}
{いえ、純粋な人望のように感じます。それ自体が洗脳なのかと疑われれば、何とも言えませんが}
王をも恐れない泉喬さえ明香妃を恐れている。
それだけで明香妃の危険さは理解できる。
今まで貴族などの相手をしてこなかった淋珂の王様側でない初めての相手が後宮の最高権力者である明香妃。
それが泉喬に、今までにないほどの恐怖感を生む。
淋珂と泉喬の会話をこっそりと聞いていた(陰)は、そのことを桃清に伝えた。
「そう、もう明香妃が動き出したのね。淋珂さんは大丈夫かしら」
桃清妃は不安げに、しかし何故か楽し気に答える。
婚姻の儀以降早速訪れた危機に、泉喬や(陰)、そして淋珂は考える事こそ違えども、大きな不安感を抱かずにはいられなかった。
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