第6話 桃清妃との密談と秘密

「淋珂様、壬莉を許してやってください」


「えっと、どうして?」


「壬莉は、桃清様のことが大好きなんです。おそらく淋珂様を牽制に来たのかと」




牽制、いくら桃清妃が狙われているとしても、ここまでわかりやすい牽制があるのだろうか。


桂花宮にいた女官たちは一切私に警戒している素振りを見せなかったけど、心の中では疑って・・・。


護衛対象の周りの人間に警戒されているなんて、これ以上やりにくいものは無い。


淋珂はため息をついた。


そんな淋珂の肩を泉喬は優しく叩く。




「新しく後宮に入ったのです。警戒されるのも当然かと。そして、王様から遠回しに桃清様の盾だといわれたのも、何かの言葉のあやですよ」




アイツの、劉様の「お前を守るために」という言葉を、泉喬は間違った意味で捉えているらしい。


泉喬も私が暗殺者という事を知らないのか、淋珂は落胆した。


私が暗殺者だという事を劉様と景躁という男しか知らないというのは好都合ではあるものの、動き難いほかない。


誰からの支援も受けられず、泉喬達にも気を使って行動しなければならない。


ここまで不利な仕事というのは今までしたことがなかった。




「泉喬、実は桃清妃から手紙をもらって私一人で読まなければならないみたいなの」


「淋珂様、惜しいです。出来ればお手紙と言ってください」


「うん、そうじゃなくて」


「私に出て行けと?」


「そう」




「あっ、そうですか」と一言漏らしとぼとぼと外に出ていく泉喬。


その背中を横目に手紙の封を開いた。




「とりあえず、読めるだけ読むか」




覚悟を決めて手紙を読む。


手紙に書かれた字はどれも手本のようで、どんな教書よりも読みやすい。




「誰にも知られずに、来れる?」




大きな手紙に書かれていたことを要約すると、ただその一言で収まった。


いや、要約というよりかは一文目がそれだった。


そのあとには今日は晴れていて空気が澄んでいる、とかそんなことが書かれていた。




「桃清妃はこんなことを伝えるだけのためにこの手紙を寄こしたの?」




淋珂の頭には疑問符しか浮かばない。


今まで話したこともない相手に、こんな手紙を送る人間がいるのだろうか。


しかも誰にも知らせず、などオカシイにもほどがある。




「しかしまぁ、聞かれたからには行かなければならないか」




淋珂は衣服を身軽にする。


胸にはさらしをきつく巻き、ひらひらとした衣服をたくし上げた。


これなら、多少は動きやすいだろう、と淋珂は納得し屋敷から出る。


まだ梅花宮の中には人はいない。


劉がわざと人を呼んでいないのかもと推測は出来る。




梅花宮と桂花宮はそれほど離れているわけではない。


少し厚い塀で囲まれた屋敷の間には一本の細い道があるだけ。


正しい入り方をしたのであれば、そこから入口まで歩かなければならないため時間がかかるが、塀を飛び越えていけば直ぐに着く。




そうと決まると早速塀を登った。


塀の上から梅花宮を見ると、人がせわしなく歩き回っている。


全くスキがない。


ましてまだ日が高い所為で塀から移ろうと思うと人目に付く確率が非常に高い。


そこまでの危険を冒すほど淋珂は馬鹿ではない。そこから塀の上をこっそりと調べると、後宮の周囲は狭い路地があり、貴族の家の影となっていることが分かった。




「外に出てから桂花宮に入るか」




淋珂は行動を開始した。


塀から後宮の外側の塀に上る。


初め、天羅宮を下見した時には天羅宮の中しか見ていなかったため気が付かなかった。


瞭国の驕りか、と淋珂は呆れた。


緑劉、その存在がこの天羅宮を、瞭国を驕らせているのか。




とにかく今回はそれが淋珂に味方した。


さっと塀を下り、おそらく桂花宮の屋敷の裏であろう場所まで移動し、貴族の家の塀を足掛かりにして後宮の塀を上る。




桂花宮の裏側には、ほとんど人はいなかった。


ただ、食料庫の前に立っている一人の見張りが桂花宮の見張りを担当しているようだ。




「怪しい、あの女は相当強いのか?」




とにかく怪しものに近づくのは吉ではない。


そう思いそこからの侵入を諦めたその時、その女が誰かに呼ばれ屋敷に入っていくのが見えた。




「私は、運がいいのかもしれないな」




音を立てないようにそっと桂花宮に侵入する。


問題はここからだ。


どのように桃清妃のいる部屋を探すのか。


変に動けば女官に気付かれ桃清妃の望みを違えることになる。


自分がどうしてここまで本気になっているのかは分からないが、心のどこかで暗殺者としての誇りのようなものが悪さをしているのだと淋珂は思った。




しかし、警戒とは裏腹に桃清妃は簡単に見つかった。


桃清妃は食料庫の中で淋珂を待っていた。




「一体何をしているの・・・いるんですか?」


「あらあら、驚かせてしまったかしら。ちょっとついてきて。」




桃清妃は淋珂の登場に驚かずに、控えめに微笑みながら手招きをしている。


淋珂の胸には違和感が積もっていく。


先程あった時に感じた純粋さ。


それは全く変わらない。


そして優しさも変わらない。


ただ、桃清妃の行動のところどころに違和感を感じるのだ。




「ふぅ、苦労かけてしまったわね。」


「いえ、そうでもないです。」




桃清妃に連れてこられたのは、桂花宮の地下室。


おそらく誰も知らないであろう隠し部屋だった。




「ここは、何ですか?」


「えっとね、陽にこっそり作らせた隠し部屋」


「陽?」


「えぇ、出ておいで」




桃清妃が呼びかけると、それはふわりと桃清妃の背後から出てきた。




「お呼びですか?」


「えぇ、呼んだわ」


「えっと・・・???」




淋珂は突然の出来事に言葉遣いも忘れ唖然とする。


桃清妃の背後から小さな人間が出てきた。


淋珂の手と同じくらいの大きさの男。


それが桃清妃に従っている。




「ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら」


「あぁ、それもすごく」




「ふふっ」と桃清妃は笑う。


今までとは違う不思議な雰囲気が地下室に漂う。




「一体、なんなんだ、ソレ?」


「やっとホントのしゃべり方をしてくれましたね」




桃清妃は淋珂の質問には答えずに言う。


その言葉の意味に気が付いた淋珂は口を押えた。




「いや、別に咎めているわけではないの。むしろ今の状況で落ち着いていられる人がいたらすごいわ。」


「そうでしょうね。で、それは何なのです?」


「えっとね、この子は地仙の陽。まず地仙を知っているかしら?」


「知っているといえば知っているけど・・・」


「それなら良いわ」




桃清妃は頷くと少し前かがみになった。




「実はね、私は地仙なの。」




淋珂には桃清妃が何を言っているのか分からなかった。


今まではこの世界に存在するのかさえも知らなかった伝説の存在が目の前にいて、桃清妃もそれだと言っている。


この世界に表立って活動している仙人と呼ばれる人間は大抵偽物だ。


しかし桃清妃が嘘をつくようには見えない。


第一小さい人間、地仙の陽というものを手懐けている。




「実はね、私、全部知っているの。その上で、この天羅宮にいる。劉の隣に居たいっていうのと、もう一つの目的を果たすために」


「もう一つ?」


「あなたはまだ知らなくていい事よ」




桃清妃が少し意地悪そうな顔をする。


しかしそれでも桃清妃の雰囲気は優しさであふれていて、そして美しい。


淋珂は先程と同じふわふわとした感覚に陥った。




「私はね、あなたの本当の正体を知っている。暗殺者の犀淋珂、天羅宮への侵入は見事だったわ。だから私もあなたへ依頼をしたいの。お願い、私を守って。劉と同じお願いだけど、受けてくれる?」




桃清妃からも依頼をされた。劉様と同じ依頼の内容。


ここにきてようやく、淋珂は自分の置かれている状況を把握した。




「ただ緑凱を殺すだけの筈がどうしてこうなってしまったのだろう」




淋珂は自分の運の無さに、肺が潰れてしまうほど大きなため息を吐いた。


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