137 9月7日(木) 紙を買ってくる
僕が小学生高学年のときだ。5年生だったか、6年生だったか忘れてしまった。教科書にこんな話が載っていたのだ。
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A子さんとB夫君は同じ小学校の同級生です。
ある日曜日の午後、A子さんは一人でB夫君の家に遊びに行きました。
A子さんがB夫君の家の前に来ると、ちょうどB夫君が家から出てくるところでした。A子さんがB夫君に声を掛けます。
「あら、私、遊びに来たのよ。B夫君はどこかにお出かけ?」
B夫君が答えます。
「いや、ちょっと紙を買ってくるよ。家に入って、僕の部屋で待っててくれないか」
B夫君はそう言うと、向こうへ歩いて行ってしまいました。
A子さんはB夫君の家に入って、B夫君の部屋で彼の帰りを待ちました。
しかし、B夫君はなかなか帰ってきません。それでも、A子さんは待ち続けました・・・
A子さんがB夫君の部屋に入って、もう2時間近く経ちました。B夫君はまだ帰ってきません。A子さんは思わずつぶやきました。
「紙を買い行くのに、どうしてこんなに時間がかかるのよ。B夫君はいったい、何をしているのかしら?」
そのとき、B夫君がやっと帰ってきました。部屋に入ってきたB夫君を見て、A子さんは思わず「あっ」と声を上げました。
B夫君の髪がすっかり短くなっていたのです。
B夫君が言ったのは、『紙を買ってくる』ではなくて『髪を刈ってくる』だったのです。
こういった聞き間違いはよくあります。皆さんも気を付けましょう。
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さて、小学校の授業中に、先生に指名されたクラスメートがこの話を読み上げたとき、教室の中にこんな声が沸き上がった。
「なんかおかしい。『髪を刈ってくる』なんて言い方はしない」
「普通は『床屋に行ってくる』とか『散髪に行ってくる』という言い方をするよ」
「あるいは『美容院に行ってくる』とも言うわよ」
・・・
僕は特に発言はせず、みんなの声を「もっともだ」と思いながら聞いていた。
で、先日、この日記に『8月9日(火) パンツが合わないのよ』というアホバカエッセイをアップした。そのとき、同じ『聞き間違いの話』として、この小学校の教科書の話を思い出したのだ。
しかし、今になって思い起こしてみると・・・
この小学校の教科書にあった話は、クラスメートたちが指摘した『髪を刈ってくる』という言い方以外にも、おかしな点が一杯あることに気づいたのだ。
以下、そのおかしな点を列挙してみたい。
〔おかしな点1〕
クラスメートたちが指摘したように、いまどき、『髪を刈ってくる』という言い方はしないが・・・『紙を買ってくる』なんて言い方もしないように思うのだ。 江戸時代以前の紙が豊富にない時代ならば、そんな言い方をしたかもしれないが、『紙』が身辺にあふれている現代の日本で『紙を買ってくる』なんて言う人はいないだろう。今なら『紙』をもっと具体的にして・・・『ノートを買ってくる』とか『画用紙を買ってくる』という言い方をするはずだ。それとも、A子さんとB夫君の話は江戸時代以前の話だったのだろうか?
〔おかしな点2〕
この話は僕が小学校高学年の時のことだから、A子さんとB夫君も小学校高学年という設定のはずだ。しかし、小学校高学年といえば、女子は女子同士、男子は男子同士で仲間を作って遊ぶのが普通だ。それなのに、日曜日にA子さんが一人でB夫君のところへ遊びに行くなんてことがあるのだろうか?・・・
しかし、教科書の中では、実際にA子さんがB夫君のところへ遊びに行っているわけだから、この二人は相当に『親しい』ということになる。一体どんな関係なのか、気になるところだ。
〔おかしな点3〕
B夫君はA子さんと出会ったときに、「家に入って、僕の部屋で待っててくれないか」と言っている。いくら同級生だといっても、遊びに来た女の子に対して親しげに「僕の部屋で待っててくれ」なんて言うだろうか? すごく馴れ馴れしいように思えるのだ。このことも、二人が相当に『親しい』ことを示唆している。
〔おかしな点4〕
A子さんは、B夫君に「家に入って、僕の部屋で待っててくれないか」と言われて・・・一人で勝手にB夫君の家に入ってB夫君の部屋まで行っている。つまり、A子さんは案内なしで、B夫君の部屋にたどり着いたことになる。これは、A子さんがB夫君の家の間取りに精通しており、B夫君の部屋がどこにあるのかも熟知していることを意味している。こう考えると、二人の関係がますます怪しくなってくる。
〔おかしな点5〕
それにしても、B夫君は家のカギを掛けて行かなかったのだから、B夫君の家族が家にいるはずだ。なのに、A子さんはB夫君の家族に挨拶もせずに、勝手にB夫君の部屋に行ったのだろうか? それとも、A子さんはB夫君の家族に挨拶をしたのだろうか?
これについては以下のケースが考えられる。
(ケース1:A子さんはB夫君の家族と親しい間柄で、家族に挨拶をしてからB夫君の部屋に行った)
これは前提自体が考えにくい。親戚や幼馴染でもない限り、『B夫君の同級生のA子さんが、B夫君の家族と親しい関係にある』なんてことは普通考えられない。では、A子さんがB夫君と親戚関係にあるかとか、幼馴染だったのかというと・・・教科書には、そんなことは何も書かれていないのだ。
(ケース2:A子さんはB夫君の家族と親しい間柄なので、家族には挨拶をせずにB夫君の部屋に行った)
これも前提自体が考えにくい。ケース1と同様に親戚や幼馴染でもない限り、『B夫君の同級生のA子さんが、B夫君の家族と親しい関係にある』なんてことは普通考えられない。
(ケース3:A子さんはB夫君の家族を知らない。それで、B夫君の家族に挨拶をしてから、B夫君の部屋に行った)
A子さんはB夫君の家族に初めて会って、「初めまして。B夫君の同級生のA子と申します。B夫君が帰ってくるまでB夫君の部屋で待たせていただきます」と挨拶をしたことになる。B夫君の家族とは初対面で、しかもB夫君がその場にいないのに・・・
知らない女の子が突然リビングや台所に現れて、こんな挨拶をしたら、B夫君のお母さんはびっくりして腰を抜かすだろう。従って、これもおかしい。
(ケース4:A子さんはB夫君の家族を知らない。そして、B夫君の家族に挨拶もせずに、B夫君の部屋に行った)
結局、このケースしか考えられない。しかし、A子さんは何とも大胆な女の子だと言わざるを得ない。
〔おかしな点6〕
A子さんはB夫君の部屋で2時間近くも待っていたわけだ。2時間というと、映画を一本見ることができる。そんな長時間、A子さんは一体何をして時間をつぶしたのだろうか? 今ならスマホがあるが、当時はそんなものはない。
B夫君の部屋にあった本でも見ていたのだろうか? しかし、B夫君の部屋に都合よく、そんなに長時間、A子さんの興味を引くような本があったのだろうか?
あるいは部屋にテレビがあって、A子さんはテレビを見ていたのだろうか? しかし当時、小学生の子どもの部屋に専用のテレビがある家庭は極めて少なかっただろう。
いくら何でも、そういった都合のいいことばかりではないはずだ。
すると、A子さんはB夫君の部屋で、ただただ呆然として時間をつぶしたことになる。
〔おかしな点7〕
さらに、A子さんはB夫君の部屋で2時間近くも待っていたわけだから、その間、トイレにも行っただろう。A子さんは断りもなくよその家のトイレに入っていったのだろうか? 自分の家のトイレに、知らない女の子が勝手に入って用を足しているのを見たら、B夫君のお母さんはぶったまげるのではないだろうか?
以上を整理すると次のようになる。
(1)A子さんが一人でB夫君の家に遊びに行くらいだから、A子さんとB男君は相当に『親しい関係』にある。
(2)A子さんはB夫君の家の間取りに精通している。このことから、彼女はもう何度もB夫君の家に来ていることは明らかだ。
(3)A子さんは、B夫君の家族に挨拶もせずに、勝手にB夫君の家に上がり込んでいる。そして、長時間、呆然として時間をつぶしている。なんとも不自然だ。
(4)そこで気になるのが、二人の『紙を買ってくる』とか『髪を刈ってくる』という言い方だ。まるで、今の時代にあっていないのだ。なんだか、二人は過去の人間みたいだ。
(1)~(3)を考えると、A子さんとB夫君は、あたかも愛人のような関係にあるということになる。それに(4)を加えて考えると・・・
ひょっとしたら・・・
二人はもともと未来の人間で、愛人関係にあったのだが・・・
タイムマシンで江戸時代以前の時代にやってきて、二人で長く暮らしていた・・・
でも、その時代で何かの犯罪を犯してしまい・・・
それで、再びタイムマシンに乗って現代に逃げてきて・・・
『A子さん』と『B夫君』として別々に隠れて暮らしている・・・
のではないだろうか?
それで、ときどき『A子さん』が『B夫君』に会いに行っているというわけだ。だから当然『B夫君』の家には家族などいない。そのため、『A子さん』が『B夫君』の家族に気兼ねをする必要もないわけだ。こう考えると、このおかしな話のつじつまがすべて合うのだ。
きっと、そうだ。そうに違いない・・・
それで僕は、愛人関係にあって、犯罪者でもある『A子さん』と『B夫君』の話を小学校の教科書なんかに載せていいのだろうかと思うのだ(笑)。
こんな突拍子もない話を皆様にご紹介できたことが、今日のよかったことだよ。
でも皆様は、このA子さんとB夫君の話、どう思われますか(笑)?
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