109 2月13日(月) 天まで届け!「かあちゃ~ん」

 昨日、久しぶりに病院のことを書いた。といっても、病院にも病気にも何にも関係がない『オナラおじさん』の話だが・・・


 もう一つだけ病院のことを書きたい。


 僕が初めて相部屋(4人部屋)に入院していることは昨日お話した通りだ。


 相部屋というのは結構、人の出入りが激しくて、僕が2週間前に入院してから、4人部屋でずっと一緒なのは『オナラおじさん』と僕だけだ。


 さて、先週の木曜日のことだ。僕の斜め向かいのベッドに、おじいさんが入院してきた。


 おじいさんはもうかなり認知症が進んでいるようだった。医師や看護師さんが定期的にやってきて、「今日は何月何日ですか?」、「ここは何という病院ですか?」といった質問をするのだが、全く答えられないのだ。そして、おじいさんは、しょっちゅう、ナースコールのブザーで遊んでいて、いつも間違ってブザーを押してしまうのだ。そうして、いつも看護師さんを混乱させている。


 おじいさんの意識がはっきりしているときは、話す言葉が聞き取れるのだが、意識がはっきりしていないときには、おじいさんの話す言葉があまり聞き取れない。


 しかし、そんな意識がはっきりしていないときでも、僕に一つだけ聞き取れる言葉がある。


 それは「かあちゃ~ん」という言葉だ。


 おじいさんは、意識がはっきりしていないときに、ときどき切々として「かあちゃ~ん」と叫んでいるのだ。「かあちゃ~ん」と叫ぶだけで、後は何も言わない。


 相部屋なので、医師や看護師さんの会話が僕にも聞こえてくるのだが、おじいさんは、どうも奥さんに先立たれたようだ。息子さんがいるらしいのだが、コロナということで面会が禁止になっていて、付き添いが出来ない。それで、おじいさんは一人っきりで入院をしているらしいのだ。


 おじいさんはこうして、寝ているときも、ときおり「かあちゃ~ん」と叫んでいる。叫ぶのは何故か、毎夜10時ごろが多い。夜10時ごろになると、おじいさんは眠りながら、「かあちゃ~ん」と叫ぶのだ。


 きっと、おじいさんは、先立たれた奥さんのことを「かあちゃ~ん」と呼んでいたのだろう。


 そして、おじいさんは、眠りながら、亡くなった奥さんのことを思い出しているのだろう。


 奥さんに先立たれても、おじいさんの心は奥さんにすがっているのだ。


 僕は「かあちゃ~ん」という一言ひとことの中に、おじいさんと奥さんの人生が集約されているように感じた。


 そして、それはなんと素敵な人生だったんだろうと思った。もとより、僕はおじいさんも奥さんも知らない。だけど、「かあちゃ~ん」という一言に、おじいさんと奥さんの二人の人生の歩みが感じ取れる気がしたのだ。


 おじいさんの「かあちゃ~ん」という声を聞いていると・・・

 僕はなんだか、すごく感傷的になってくる。・・・

 「かあちゃ~ん」という声で、いつも僕の胸がジーンと来て・・・

 思わず目頭が熱くなって・・・

 熱いものが僕の頬を伝って落ちていくのだ・・・


 そして僕は、いつまでも僕の妻と、このおじいさんと奥さんのような関係でいたいと思うのだ。


 今日のよかったことは、おじいさんの「かあちゃ~ん」を皆さんにお伝えできること。


 きっと、「かあちゃ~ん」という声は天まで届いて・・・おじいさんは夢の中で奥さんと楽しく語らっているんだろうね。

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