104 1月20日(金) シケタ商店街のシケタ和菓子屋

 昨日、シケタ商店街の中のシケタ眼鏡屋の話を書いた。・・・書いていて、同じシケタ商店街の中にあるシケタ和菓子屋で買い物をしたことを思い出した。シケタ和菓子屋は、昨日のシケタ眼鏡屋から少し離れたところにある。しかし、『シケタ』ばかりで読みづらいですね・・


 それで、今日はその和菓子屋のことを書くよ。


 読者の皆様は、同じ商店街の話が続くので、イヤになるかもしれないが、まあ、付き合ってください。


 さて、僕は3年ほど、外国企業に勤めていたことがある。その間、外国で単身赴任をしていた。単身赴任と言っても、年に2~3回は日本に帰ってきた。日本に帰ってくると、外国に戻る際に、僕は必ず和菓子をお土産に買っていた。


 何と言っても、外国の人たちには和菓子が珍しいからね。それで、和菓子を買って持っていくと、外国の職場の人たちが喜んでくれるので、こちらもお土産にする甲斐があったのだ。


 和菓子は、日本を出るときに、空港でお土産用のものを買っていた。しかし、それだと毎回同じような和菓子ばかりで、そのうち、職場の人たちに対して新鮮味がなくなってきたのだ。


 それで、日本に帰ったときに、空港以外で何か珍しい和菓子を買おうと思いついた。そのとき、近所の商店街の中に小さな和菓子屋があったのを思い出したのだ。


 僕は昨日の眼鏡屋と同様に、その和菓子屋には一度も行ったことがなかった。パッとしない商店街の中のパッとしない和菓子店だったからだ。


 しかし、こんなパッとしない和菓子店には、空港なんかにはない、変わった和菓子があるかもしれないと思った。それで、散歩を兼ねて・・・ぶらりと、その和菓子店を覗いてみたのだ。


 中に入ると、ホントに小さな店だった。店内は横に細長いのだが、横に三歩ほど歩けるスペースがあるだけだ。和菓子は陳列ケースに入れてあるのではなくて、ケースのフタを開けた状態で、ケースごとラップに包んで棚に乗せてあった。つまり、駄菓子屋で棚に駄菓子が並べられているような状態だ。なんだか、薄暗い店内だった。


 店には僕の他にお客はいなかった。


 店の親父が出てきて、僕に「お土産か何かですか?」と聞いた。僕は、店の人とのこういうやりとりが面倒で好きではない。それで、「ええ」とあいまいに頷いて、棚に乗っている和菓子を見始めたのだ。


 すると、親父が、僕の真後ろに立ったのだ。そして、僕にもう一度、「お土産ですか?」と聞くのだ。


 僕は後ろを振り返ろうとして、びっくりした。親父が、親父の腹が僕の背中に接するような近い位置に立っていたのだ。それで、親父の身体が邪魔になって、僕は振り返ることができなかった。仕方がないので、僕は前を向いたまま、親父に「ええ、お土産なんですが、僕が勝手に選びますので・・・ちょっと、見せてください」と言った。


 それで、僕は一歩左に移動したのだ。親父にそんな真後ろに立たれるのがイヤだったからだ。なんだか、親父の息が、僕の首筋に掛かるように思えた。


 すると、親父も一歩左に動いて・・・また、僕の真後ろに立ったのだ。


 えっ・・


 しかも、またもや、親父の腹が、僕の背中に接するような近い位置なのだ。そして、僕の言葉にもかかわらず、また、親父が声を掛けてきた。


 「お土産は海外ですか?」


 仕方がないので、僕は「ええ、そうです」と答えて、また一歩、左に動いた。


 すろと、親父もまた一歩左に動いて、またも、僕の真後ろに立ったのだ。親父が立っているのは、僕の斜め後ろとか、後ろ側というのではなくて、まさに真後ろだった。そして、またも、親父の腹が僕の背中に接するような近い位置なのだ。だから、そんなところに立たれると、僕には親父の姿が全く見えなかった。


 僕の真後ろから、またも親父の声が飛んだ。姿は見えないのに、声だけが僕の頭の真後ろから聞こえた。


 「海外はどちらですか?」


 僕は今度は振り返らずに言った。


 「あの、僕が選びますので・・・放っておいていただくと、ありがたいのですが・・・」


 僕はまた、左に一歩移動した。すると・・親父も一歩左に移動して、またもや、僕の真後ろで、親父の腹が僕の背中に接するような近い位置に立ったのだ・・・


 こんな真後ろの近接した位置に立たれると・・・なんだか気味が悪い。


 僕は、すでに三歩左に移動して、もう、店の端に来ていたので・・・それで、今度は右に一歩移動した。


 すると、親父も右に一歩動いて、また僕の真後ろに立つのだ。しかも、またまた、親父の腹が僕の背中に接するような近い位置だ。


 そんな近接した位置に、しかも、真後ろに立たれると・・・さっきも書いたように気味が悪くて・・それに、僕は親父からものすごい圧迫感を覚えたのだ。


 それで、この時点で、僕は店を出ようと思った。しかし、店の出入り口は一ヵ所だけだった。僕は店の出入り口に背中を向けていた。つまり、親父は、僕と店の出入り口との間に立っているのだ。


 だから、僕が店を出るには、身体を反転させねばならず、そうすると、僕と身体を接するように立っている親父にぶつかってしまうのだ。親父の身体が邪魔になって、振り向いて店を出ることもできない・・・


 それに、僕が「放っておいてください」と言っているのに、親父は、僕の言葉にはまったくお構いなしに、僕の真後ろから声を掛け続けてくるのだ。また、僕の背中から親父の声がした。


 「海外はアメリカですか?」


 僕は返事をしなかった。そして、親父に圧迫感を覚えて・・僕はまた、右に一歩動いた。すると、親父も一歩右に動いて、またも、親父の腹が僕の背中に接するような近い位置に立つのだ。


 仕方がないので、僕は眼の前の棚に置いてある和菓子の箱を手に取った。なんだか、金平糖と砂糖で作った人形のようなものが箱に入っていた。


 また、親父の声が真後ろから聞こえた。僕がその和菓子を手に取るのが見えたようだ。


 「ああ、そのお菓子は、海外の人に喜ばれますよ。実は、自分の妹が、アメリカ人と結婚して、今、アメリカのカリフォルニアに住んでいるんです。それで、自分は、この前、カリフォルニアに遊びに行ったんですが、そのときに、その和菓子を土産に持っていったんです。すると、妹の義理のアメリカ人のお父さん、お母さんが、実に喜んでくれまして。そういった砂糖の和菓子はアメリカには無いらしくて、アメリカ人のお父さん、お母さんが珍しいと言ってくれて・・・」


 親父が僕の真後ろに立って、立て板に水と言った勢いでしゃべりだした。耳の後ろから、親父の声が大きく響いた。親父の息が、今度は間違いなく、僕の首筋に掛かった。なんだか、親父のつばきも僕の首に掛かっているような気がした。それに、親父の声がやかましくて、まるで、後頭部をハンマーで殴られているみたいだ。


 真後ろに立たれているので、僕には親父の姿はまったく見えない。真後ろから、親父の大声と息と唾だけが、ハンマーのように僕にぶつかってくる。店を出ようとしても、親父が真後ろのあまりに僕に近い位置に立っているので、身体を反転させることもできない・・・


 正直に書くと、僕はこの時点で恐怖を感じた。


 だって、真後ろなので、親父の姿がまるで見えないのだ。だから、後ろから何をされても分からないわけなのだ。親父がナイフを取り出して、僕を刺す準備をしているかもしれない。あるいは、僕の首を絞めようと、両手を少しづつ、僕の首に近づけているのかもしれない・・・


 現代の日本で、まさかそんなことは無いとは思ったが・・・しかし、親父の姿が全く見えないと・・・どうしても、そういった妄想が膨らんできたのだ。


 仕方がないので、僕はその砂糖の和菓子を買った。というか・・親父から逃れるためには、買わざるを得なかったのだ。


 親父はその和菓子を包むために、やっと、僕の真後ろから離れてくれた・・・


 それで、その和菓子を海外に持って帰って、外国の人たちに食べさせたのだが・・・みんな、「うわ~。これは砂糖だ。こんなの食べられない」と言って、吐き出してしまった。


 いま思うと・・・親父は、僕を店から出さないために、僕の真後ろの、親父の腹が僕の背中に接するような、あんな近い位置にわざと立っていたんだという気がするのだ・・・


 で、ネットで調べてみた。親父の行為が、昨日の眼鏡屋の『フットインザドア』のような心理テクニックかも知れないと思ったのだ。


 しかし、ネットには出ていなかった。


 だが、親父の行為は、客に心理的圧迫を加えていたのには間違いなんだから、『客の真後ろ接近立ち圧迫商法』とでも呼ぶべきものだったなあ・・・


 昨日の眼鏡屋といい、この和菓子屋といい、登場する親父があまりに凄まじいので・・・なんだか、僕が創作を書いているように思われる方も多いんじゃないかと思うが・・・


 全て本当の話だ。この和菓子屋も昨日の眼鏡屋と同様に、今でもまだシケタ商店街の中にあるのだ。和菓子屋の親父がまだ店に出ているのかは知らないが・・・


 しかし、僕はいつか、この和菓子屋をモデルにしたホラーを書きたいと思っている。もし、こんな内容の僕の駄作をご覧になる機会があったら、この実在の店がモデルですからね・・・


 それにしても、怖い和菓子屋だった。特に、女性が一人で入ったら・・・怖いだろうなあ・・・


 女性の皆さん、こんな店に貴女あなたが一人で入ってしまったところを想像してみてください・・・


 貴女はうっかり『シケタ和菓子屋』に入ってしまった。・・

 せまくて小さな店の中には貴女と親父以外は誰もいない。・・

 薄暗い店内だ。・・

 店の親父が、貴女の真後ろに立った。・・


 真後ろだから、貴女には親父の姿がまるで見えない。・・

 しかも、親父は、腹が貴女の背中に接するような近い位置に立つのだ。・・

 親父の息が貴女の首筋に掛かってくる。・・


 親父が貴女の真後ろから、のべつ幕なしに貴女に話しかけてくる。・・

 親父の唾が貴女の首筋に飛んでくる。・・


 貴女が親父を避けようとして横に動いたら・・

 親父もまた横に動いて、同じように貴女の真後ろで・・

 親父の腹が貴女の背中に接するような近い位置に立つのだ。・・


 貴女がさらに横に動いても、親父もまた横に動いて・・

 再び親父の腹が貴女の背中に接するような近い位置に立つのだ。・・


 さっきから、ずっとそれを繰り返している。・・


 親父が邪魔になって、貴女は振り返ることすらできない。・・

 だから、貴女はいつまで経っても店から出ることができない。・・


 どうです。怖いでしょう・・・


 女性の皆さん、こんな店が本当にあるんですよ。


 気を付けてくださいね。

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