84 12月12日(月) 駅弁の困惑

 テレビで駅弁特集をやっていた。


 それを見て昔の想い出がよみがえった。今はコロナや、コロナによるウエブ会議の普及で出張が少なくなったが、昔はエンジニアという仕事柄、僕はよく出張に出かけていた。


 僕は国内の出張には飛行機より新幹線をよく利用する。どっちを利用するかなんてのは好きずきなのだが、僕の場合は、飛行機は搭乗時間が決まっているが、新幹線だと、もし乗り遅れても次の列車がすぐにやってくるので、融通がきくのが便利だったからだ。


 それに新幹線だと、用事が済んで帰りの車内でビールやウイスキーを飲みながら食事が取れるので、何かと時間の節約になるのだ。昔は、新幹線にはビュッフェ(食堂車)がついていたらしいのだが、僕は一度も利用したことがない。今はビュッフェはなくなってしまったので、新幹線の食事というと駅弁ということになる。


 だが、頻繁に新幹線で移動していると、同じ駅を何度も利用することになるので、どうしても同じ駅弁ばかりを何度も食べることになる。このため、僕は新幹線に乗るときは、いつも新しい駅弁が出ていないかと眼を光らせていたのだ。


 そんなある時、新幹線の駅で僕は「これだ!」という駅弁を見つけた。


 それはお好み焼きだった。お好み焼きが駅弁になっているとは珍しい。ビールを飲みながら食べるのにピッタリじゃないか。しかも、売られているのは、温めるお好み焼きだった。温める駅弁なんていうのも珍しい。


 見ると、駅弁の箱とお好み焼きが別々になっている。お好み焼きは冷凍食品で、プラスチックの袋に入っていた。一方、箱の方は下部が使い捨てカイロと同じ原理で温かくなる構造になっている。ただし、使い捨てカイロのように揉んだりするのではなく、箱の下についているヒモを引っ張ると温かくなるという仕組みだった。


 箱の上には作り方の説明が書いてあった。それによると、次のようにして作るらしい。まず、袋に入った冷凍のお好み焼きを、袋ごと箱の所定の場所に乗せるのだ。そして、箱の下のヒモを引っ張って、10分ほど待てばいいのだ。温まったら、後はお好み焼きを包んでいるプラスチックの袋を開けて、付属している、お好み焼きソース、マヨネーズ、青海苔、鰹節を掛けて食べるだけだ。実に簡単だ。


 箱には『お好み焼きは冷凍食品なので、ご購入後はすぐにお召し上がりください。また、熱くなりますので火傷にご注意ください。・・・』といった注意事項が記載してあった。


 僕は迷うことなく、ビールとその温めるお好み焼きを購入して、勇躍、新幹線に乗り込んだのだ。

 

 乗り込んだ車両は満席だった。僕はいつものように通路側の座席に座った。車両の後方の座席だった。 


 新幹線が動き出すと、注意書きにあったように、僕は早速お好み焼きの『調理』に取り掛かった。


 プラスチックの袋に入った冷凍のお好み焼きを、袋ごと箱の所定の場所に乗せ・・箱の下にあるのヒモを引っ張って・・10分ほど待った。お好み焼きはアツアツになっている。指でプラスチックの袋を触ると、とても熱い。なるほど、火傷に注意だ。だけど、お好み焼きはこれぐらい熱くなくちゃ。いかにもおいしそうだ。いいぞ。いいぞ。


 僕は火傷をしないように、お好み焼きを包んでいるプラスチックの袋を開けた。そして、付属しているソースをアツアツのお好み焼きの上にたっぷりとかけたのだ。あのドロッとしたお好み焼きソースが、ゆっくりとアツアツのお好み焼きの上を流れた。


 そのとき、大きな間違いに気づいた。


 ソースをお好み焼きにかけた瞬間・・・ソースがアツアツのお好み焼きに加熱されて・・・あのなんとも強烈で濃厚で芳醇な『お好み焼きソース独特の香り』が、あっと言う間に新幹線の車両の中に拡散していったのだ。


 車両の中に無言のざわめきが起こった。何人もの人が「おっ、いい香りだな。なんの香りだろう?」と顔を通路に出して僕の方を見ていた。座席の背中越しに僕を見ている人もいる。


 僕は車両の後部の通路側の座席に座っていた。だから、それらのことが見て取れたのだ。


 僕の隣の席のおじさんは、僕のお好み焼きを一瞥すると・・顔を反対側に向けた。明らかに「そんな強烈な香りをかがすなよ」と言う顔だった。


 車両の前から、何だろうとわざわざ通路を歩いて、僕のお好み焼きを見に来る人も現れた。


 僕の顔が真っ赤になった。恥ずかしい・・・


 別に、新幹線の中でアツアツのお好み焼きを食べても法律に触れるわけではないのだが・・・車両の中の乗客全員の注意を引いてしまったことが、ただただ、恥ずかしいのだ。生きてる心地もしないとは、まさにこのことだ。こんなの生き地獄だよぉ〜


 お好み焼きを早く食べてしまおう。僕は付属の割り箸で、お好み焼きを大きく切って、口の中に放り込んだ。


 口の中があまりの熱さに・・火事になった。


 強烈濃厚芳醇なソースの香りを一刻も早く消し去りたいので、お好み焼きを早く食べてしまいたい。だけど、熱くて、熱くて、とても急いで食べることなんかできやしない。


 それからの苦労は書きたくない・・・


 皆様もお気をつけください。列車の中で、アツアツの駅弁を食べるときは火傷以外にも注意が必要ですぞ。この皆様への注意喚起が今日のよかったこと。


 そう言えば、僕はこれに懲りて、温かいお好み焼きの駅弁をあれ以来一度も買っていないが・・・

 温かいお好み焼きの駅弁は今は売っていないような気がするなぁ・・・

 買った人はみんな、僕と同じような被害にあったのだろうなぁ・・・


 皆様は食べ物で、こんな生き地獄(笑)を経験したことってありますかぁ?


 


 


 

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