81 11月30日(水) 神様が怒った

 皆様は『遥拝ようはい所』ってご存じだろうか? 


 『遥拝所』をネットで調べると『遠く離れた所から神仏などをはるかに拝むために設けられた場所』とでている。つまり、遠くにある寺社にわざわざ出向いて参拝しなくても、そこから拝めば、対象となる寺社にお参りしたことになるという場所のことだ。ネットを見ると、お参りの対象は伊勢神宮が多いようで、伊勢神宮の遥拝所は全国各地にあるらしい。


 実は僕の家から少し歩いたところにも伊勢神宮の遥拝所がある。伊勢神宮の遥拝所といってもさして大きなものではない。民家に囲まれた道を歩いて行くと、民家と畑にはさまれた場所にポツンと白い小さな鳥居が現われる。ここが遥拝所の入り口だ。しかし、鳥居が小さくて目立たないので、ほとんどの人は気にも止めずに通り過ぎてしまうようだ。


 その白くて小さな鳥居をくぐると、猫の額ぐらいの狭い敷地がある。敷地には一面に白い玉砂利が敷かれている。そして、その敷地の一番奥に、人の背丈ぐらいの大きさの平べったい一枚の岩が、板を地面に垂直に立てたような状態で鎮座しているのだ。その岩の上部には円形の孔がくりぬかれている。鳥居の横に説明板があって、『岩の貫通孔は伊勢神宮の方を向いていますので、孔から向こうを見ながら拝むと、伊勢神宮に参拝したことになります』という趣旨のことが書かれている。


 僕は何度もこの遥拝所を訪問しているが・・・しかしながら、いつも中を見物するだけで、実際に遥拝所にお参りをしたことは一度もなかった。


 数日前に妻と散歩をしていて、たまたまこの伊勢神宮の遥拝所の前を通りかかったのだ。妻は遥拝所のことを知らなかった。そこで僕が説明をした。すると、妻がいたく興味を持ったのだ。妻は「この孔の中を覗いてお参りすると、伊勢神宮にお参りしたことになるのね」と言うと、岩の貫通孔をのぞき込んだ。そして、岩の横にお賽銭を置くと、眼を閉じ、両手を合わせて、熱心に何かを念じて・・お参りを始めたのだ。


 さて、僕はいつも散歩のときは、スマホの動画で周囲の景色を撮影している。いい景色の動画や興味深い動画が撮れたときには、それをスマホからパソコンに取り込んで保存しておくのだ。もしも撮影した動画の中にいい景色や興味深いものがなければ、スマホから削除すればいいだけだ。


 このときも僕はスマホで周囲の景色を撮影しながら、妻と散歩をしていた。妻が遥拝所でお参りを始めたので、僕はこれは面白そうな動画が撮れると思った。『面白そうな』というのは・・岩の孔の反対側から動画を撮れば、興味深いアングルになると思ったのだ。そこで、僕はその岩の後ろにまわって、岩の後ろから貫通孔越しに、熱心にお参りをする妻をスマホの動画で撮影し始めたのだ。


 スマホの画面には・・岩の後部が大きく平たく映っていて・・そこに開いた孔の向こうに・・眼を閉じて熱心にお参りをしている妻のうつむいた顔が映っていた。僕の思った通り、面白い撮影アングルになった。


 僕はお参りもせずに、スマホの赤い撮影マークを確認しながら、夢中になって動画の撮影を続けたのだ・・・


 家に帰って、僕はその日に撮った動画を再生してみた。すると驚いた。


 スマホの中には・・遥拝所に行くまでの散歩の動画はちゃんと全て残っていて・・遥拝所を出た後の散歩の動画も全て残っていたのだが・・肝心の遥拝所の動画だけが、まるでそこだけハサミで切り取られたかのように、存在しなかったのだ。


 最初は、遥拝所で動画を撮影するときに、スマホ画面の『動画撮影を開始するボタン』をタップしなかったのかと思った。ごくごくまれにではあるが・・そういったことがあるのだ。スマホ画面の動画撮影ボタンをタップして動画の撮影を開始したつもりでも、実際にはタップしていなくて、動画が撮れていなかったということが・・


 しかし、僕はすぐにその考えを打ち消した。僕のスマホは、動画の撮影中には赤いマークが点灯する。つまり、赤いマークが点灯していれば、動画の撮影が間違いなく行われていることを意味するわけだ。あの伊勢神宮の遥拝所で、僕は妻のお参りを岩の裏側から撮影しながら・・確かにその赤いマークがスマホ画面に点灯しているのを確認したはずなのだ。


 ではなぜ、あの遥拝所の動画の部分だけが、きれいさっぱりとスマホから消滅しているんだろう? 


 こんなことは初めてだ。僕の頭に疑問符クエスチョンマークがいくつも点灯した。


 しかし、いくら考えても、遥拝所の動画だけがスマホから消えた原因は思い浮かばなかった。


 そして、今、僕は思うのだ・・ひょっとしたら熱心にお参りをする妻を、面白がって岩の後ろから撮影するといった『ふざけた』行為をしたので、神様が怒って僕のスマホの中にある遥拝所の動画を消したんじゃないのかなって・・・


 それに加えて、僕はその遥拝所を過去に何度も訪問しながら、一度もちゃんとお参りをしたことがなかった。


 つまり、こういった僕の過去から今までの全ての行動が、神様から見れば不信心ふしんじん極まる不届きなものに見えたのかもしれない・・


 もちろん、僕は決して神様に対し不敬の念を抱いていたのではない。だが、こうした何気なにげない僕の行動が、神様に対して敬意を欠いていたものだったのかも知れないのだ。


 僕は幽霊などは信じない。僕の駄作の中には、ときどき幽霊のようなものが登場しているが・・実は、僕はそんなものが世の中にいるとは思っていないのだ。


 だが、矛盾するようだが・・そんな僕でも、世の中には幽霊などとは別に、現代の科学では説明できない何かが間違いなく存在すると思っている。僕にはときおり正夢を見たり、人が思っていることが分かったりしたといった不可思議な経験があるからだ。


 だから、僕は神様が怒って動画を消したことも比較的容易に受け入れることができた・・・


 伊勢神宮の遥拝所だから、神様はあまてらすおおかみだ。きっと、神様つまり天照大御神が、きちんとお参りもせずに、面白がって妻を動画で撮る僕を懲らしめるつもりで、僕のスマホから遥拝所の動画を消してしまったのだろう。


 あるいは、神様が僕のスマホの中にある遥拝所の動画を消したのではなくて・・・あのとき、本当はスマホに動画撮影中の赤マークは点灯していなくて、遥拝所の動画は撮れていなかったのに・・・神様は僕に『スマホに動画撮影中の赤マークが点灯していて動画が撮影されている』と錯覚させたのかもしれない。


 だが、どちらでも同じことだ。そういったことは神様が取った手段の話であって・・・手段が何であれ、原因となった僕の不信心ふしんじんな行為は何ら変わらないのだ。


 近いうちにもう一度あの遥拝所を訪問して・・今度はきちんと神様にお参りして、お詫びを申し上げよう・・と僕は思った。


 それにしても、神様って本当にいらっしゃるんだね・・・


 今日のよかったことは、この不思議な体験を皆様とシェアできることだよ。


 どうですか? 皆様にも同じようなご経験はありませんか?

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