76 10月15日(土) 怖かったこと1
カクヨムに『ボクの「よかったこと日記」』をアップさせていただいている。アップすることの文字通りよかったことの一つは、僕の拙い経験を読者の皆様とシェアできて、その一方で、読者の皆様の貴重な経験を教えていただけることだと思っている。
そこで、今日と明日は僕の経験を皆様とシェアしたいと思うのだ。その経験とは『怖かったこと』だ。
『怖かったこと』といっても幽霊を見たとか、そういった類の話ではない。僕は幽霊より怖いのは人間だと思うので、僕が出会って、背筋がぞっとした人間をご紹介したいのだ。
さて、昔、大阪の有名な心斎橋筋商店街の近くに所用があって出かけていったことがある。所用が早く終わったので、僕は心斎橋筋商店街をブラブラしてみたのだ。『昔』と言っても、コロナの少し前なので、そんなに遠い話ではない。
コロナの前なので心斎橋筋商店街は多くの人で混雑していた。買い物客の半数以上が外人さんだったと思う。僕は当てもなくブラブラとショウウインドウーを見ながら歩いていた。
そんなとき、ある小さな宝石店のショウウインドウーが眼に止まった。そこには、面白いダイヤのネックレスが飾ってあった。どんなふうに面白いのかを書くと、その宝石店が特定されると思うので、ここでは『面白かった』ということで、ご容赦をいただきたい。
そのネックレスの前には値段が書いてあって、そこには『特売 税込み1万円』とあった。1万円なので、そのダイヤはおそらく人工ダイヤだろう。だが、そのユニークさに魅かれた。それで、妻にお土産に買って帰ろうと思ったのだ。価格も1万円なので安い。
それで、僕はその宝石店に入っていった。小さな店内には誰もおらず、「すみません」と声を掛けると、奥から中年のおじさんが出てきた。
僕が「ショウウインドウーにある1万円のネックレスをください」というと、おじさんは奥から商品を出してきて、僕にこんな話を始めたのだ。
「このネックレスは面白いでしょう。うちでもよく売れているんですよ・・・ところで、私はA百貨店の宝石売り場の責任者を20年近く勤めていたんですが、数年前にA百貨店を辞めて、ここに自分の店を出したんです」
A百貨店は誰もが知っている一流の百貨店だ。それで、僕はこう言ったのだ。
「A百貨店の宝石売り場の責任者を20年もされていたんですか! それはすごいですね」
すると、おじさんはこんな話を始めたのだ。
「ええ、そうなんです。でも、20年もやっていると、いろんなお客さんが百貨店の宝石売り場に来られましてねえ。たとえば、こんなお客さんがいらしたんです・・・」
それから、おじさんは、僕が聞いてもいないのに、自分のA百貨店での経験談をペラペラとしゃべりだしたのだ。
僕はそのとき特に急ぐ用事もなかったので、適当に相づちを打ちながら、おじさんの話を聞いていた。しかし、よくしゃべるおじさんだった。おじさんは、実に20分以上、A百貨店での経験談をペラペラとしゃべって、やっと、そのネックレスの入った箱を僕に渡してくれた。
支払いの段になって、僕はおじさんに「キャッシュカードでお願いします」と言ったのだ。すると、おじさんは・・あれは何という装置か名前を知らないのだが・・よくある、カードを差し込んで暗証番号を入力する装置を出してきた。そして、僕に「暗証番号を入力してください」と言ったのだ。
皆様もご経験があると思う。ご存じの通り、こういった装置で暗証番号を入力する際には、お店の人は離れたところに行くか、あるいは顔をそむけて暗証番号を見ないようにしてくれるのが普通だ。僕もおじさんが当然そうしてくれるものと思っていた。
すると、おじさんは僕が全く予想もしなかった行動をとったのだ。おじさんは、その暗証番号を入力する装置の真上・・・装置から20cmばかり離れた真上・・・に自分の顔を持ってきて、カッと眼を見開いて装置を凝視したのだ。
僕は面食らって、驚いてしまった。このおじさんは僕が暗証番号を入力するのを見ないようにするのではなく、暗証番号を見ようと顔を装置の真上に持ってきたのだ。
予想もしなかった事態に僕の頭は混乱した。
おじさんに「暗証番号を見ないでください」と言うべきなんじゃないか・・
それとも、キャッシュカードではなく現金で支払うと言うべきだろうか・・
あるいは、この店で買い物をするのを止めて、さっさと店から出るべきかもしれない・・
そういった考えが一度に僕の頭に浮かんできて、渦を巻いた。しかし、僕は混乱して、咄嗟には僕が取るべき行動を決めることはできなかった。そんな間も、なんと、おじさんは装置の真上に顔を置いて、じっと装置を睨み続けているのだ。
僕はおじさんが怖くなった。尋常じゃないと思ったのだ。一刻も早くこのおじさんから離れたいと思った。それで、僕は「暗証番号を見たいのなら、勝手に見ろ」という気になってしまって・・なんと、おじさんが見つめる前で、その装置に暗証番号を入力してしまったのだ。
おじさんは僕が番号を入力するのを、瞬きもせずに見つめていた。
僕が入力を終わると、おじさんはキャッシュカードを抜き取って僕に渡し、そしてその装置を持って奥に消えて・・少しして奥から出てきた。奥で、覚えた僕の暗証番号を何かにメモしたことは間違いなかった。
そして、僕はネックレスの入った箱を持って、その店を出たのだ。店を出てから、後悔が僕を襲った。あのおじさんに暗証番号を見られてしまった。僕は何ということをしてしまったのだ。こんなネックレスを買うのは止めて、さっさとあの店を出れば良かった・・・
しかし、もう遅かった。
僕は店に入ってからの、おじさんの行動を思い起こしてみた。おじさんは、自分のA百貨店での経験談をペラペラとしゃべっていたが・・あれは僕を安心させるために、わざとペラペラとしゃべり続けたのは間違いないだろう。そうなると、おじさんが言った『A百貨店の宝石売り場の責任者を20年もやっていた』という話も本当かどうか怪しいものだ。
そして、キャッシュカードの暗証番号を入力するときに、おじさんはじっと入力装置を真上から見つめるといった、僕が思いもしなかった奇怪な行動に出て、僕を混乱させ・・混乱した僕は、そのまま暗証番号を入力してしまい・・結局、おじさんは僕のカードの暗証番号を盗み見ることに成功したというわけだ。
しかし、暗証番号の入力装置の真上に自分の顔を持ってきて、番号を入力するのを見ようとするとは・・・たとえ、暗証番号を盗むにしても・・・尋常じゃないと思うのだ。そう思うと、僕の背筋が凍った。何とも言えない、底知れない恐怖が湧いてきて、僕は人でごった返す心斎橋筋商店街を歩きながら、ブルブルと身体を震わせたのだ。
僕は家に帰ると、カード会社に電話して、すぐに別のカードを再発行してもらった。このため、暗証番号を見られたことで実害はなかったのだが・・世の中には尋常ではない怖い人間がいるなあということを身にしみて感じたというわけだ。
僕は以前、テレビのニュースで、特殊な装置を使ってキャッシュカードの情報を盗み取る犯罪を紹介していたのを見たことがあった。このおじさんも何らかの形で、そういった犯罪と結びついているのは間違いないだろう。だが、キャッシュカードの情報を盗み取る場合、普通は客に情報を盗まれたことが分からないようにすると思うのだ。だって、カード情報を盗まれたことが客に分かってしまえば、みんな僕のようにカード会社に電話して、もうそのカードが使えないようにするはずだ。
しかるに、このおじさんは、暗証番号の機械の真上に自分の顔を持ってきて、僕が暗証番号を入力するところを直に見ようとしたのだ。つまり、客にカード情報を盗まれることを大胆にも直接見せようとしたというわけだ。僕はここに、このおじさんの尋常でない・・何か狂気のようなものを感じるのだ。僕は、おじさんの持つその狂気に怖さを感じたというわけなのだ。
こうして、世の中には想像もできない行動をとる怖い人間がいるのだということを、僕はこのとき初めて知ったのだ。
皆様にもよく似たご経験はないだろうか?
そして、皆様もくれぐれもお気を付けください。世の中には、こんな怖い人間が本当にいて、虎視眈々とあなたを狙っているのですよ!
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