74 10月13日(木) あれは超能力だったのか?

 まずは皆様にお礼を!


 昨日、入院生活でヘルパーのおばさんの奇行に困っていることをここにアップしました。すると、皆様より暖かいアドバイスと励ましのお言葉を多数頂戴しました。


 僕は病室から出ることを許されていませんので、そのおばさんが一方的に病室に入ってきても、どこにも逃げることができません。このため、そのおばさんの奇行で、本当にストレスをためていたのですが、皆様のお言葉でずいぶんと気持ちが楽になりました。


 これからは、頂戴したアドバイスやお言葉を胸に、そのおばさんに対処していこうと思っています。


 本当にありがとうございました💛💛💛


 ということで、いつもの口調に戻ります。


 ********


 先日、テレビでバスケットボールの試合を見ていた。すると、今まですっかり忘れていた、あるシーンが急に僕の脳裏によみがえってきたのだ。皆様も、ある些細なことがきっかけになって、すっかり忘れていたことが急に頭の中によみがえってきたといったご経験があるのではないだろうか?


 それで、今日のよかったことは懐かしい記憶がよみがえったこと。


 それはこんな記憶だ。


 僕が高校の時だ。


 高校の美術の先生は、くだけた方で、僕たちは美術の時間は何をしてもいいと言われていた。その先生は、美術の創作というものは時間を決めてやるものではないという考えを持っておられたのだ。このため、美術作品の創作はいつやってもよかった。そして、僕たちは1学期、2学期、3学期にそれぞれ1つずつ何らかの美術作品を先生に提出すればよかったのだ。そういうわけで、美術の先生からは、美術の授業時間には自由に遊んでいて構わないと言われていたのだ。


 もちろん、美術の時間を美術作品の創作に当ててもよくて、クラスの女子はそうする者が多かった。しかし、僕を含めて男子はそんなことをする者は一人もおらず、みんな美術の時間を自由時間と捉えて、校庭でサッカーをしたり野球をしたりして遊んでいたのだ。


 あるとき、そんな美術の時間が始まったときに、クラスの男子の誰かが「今日は体育館でバスケットボールをしようぜ」とみんなに声を掛けたのだ。ちょうど雨模様の天気だったので校庭で遊ぶのはためらわれた。それで、クラスの男子全員がその言葉に従って体育館に行ったのだ。


 体育館には誰もいなかった。しかし、バスケットボールのゴールが備えられていて、多くのボールがカゴの中に収められていたのだ。男子の半分はさっそくカゴからボールを取り出して、思い思いにシュートの練習をしたり、ドリブルをしたりして、1階のフロアで遊び始めた。男子の残りの半分は体育館の2階の観客席に上がって、そこで1階のフロアで遊ぶクラスメートを見ながら雑談にふけったのだ。


 僕は悪友連中と2階に上がって、たわいのない雑談や冗談を楽しんでした。


 そうしているうちに、僕はクラスメートのM君が1階のフロアで、バスケットのボールを持って、ゴール下にたたずんでいるのを見つけた。1階のフロアで遊んでいる他の男子生徒も、2階の観客席から1階のフロアを見ている男子生徒も誰もM君に気づいていない様子だった。


 1階では、みんながM君の周りでワイワイ言いながら遊んでいるのだが、そんな中で、M君はただ一人ゴール下に突っ立っていたのだ。そして、両手でボールを胸のところにかかげて、黙ってボールをじっと見つめていた。


 そのときだ。僕には、M君がこれから何をしようとしているのかが分かったのだ。ゴール下にボールを持って立っているのだから、誰しも、M君は眼の前のゴールにボールを入れようとしていると思うだろう。しかし違っていた。彼は彼のはるか後方にある、もう一つのゴールに後ろ向きでボールを投げ入れようとしていたのだ。


 何故、そんなことが僕に分かったのだろうか? M君が僕に何か言ったわけでもない。あるいは、僕に何か合図を送ってきたわけではない。彼が周りのクラスメートに何か言ったわけでもない。それどころか、彼は後ろを振り返って、はるか後方のゴールを見ることさえしなかったのだ。


 僕は彼を見ていて、『彼が後方のゴールに後ろ向きでボールを入れようとしている』という彼の意志が突然理解できたとしか言いようがない。突然、彼がそうしようとしているということが、僕の頭の中にひらめいたのだ。


 僕は黙ってM君を注視した。1階で遊んでいるクラスメートや、2階で雑談にふけっているクラスメートたちは誰も彼に気づいていない。僕以外は誰もM君に関心を向けている人間はいなかったのだ。


 M君はしばらく胸にかかげたバスケットのボールを見ていたが、やがて、ボールを両手で太ももの位置まで下げた。僕は思った。いよいよ、投げるんだ。


 すると、彼は思い切り身体を後ろに反らせて、その反動を利用して、両手でボールを後方に大きく投げ上げたのだ。ボールは大きな放物線を描いて、彼のはるか後ろにあるゴールを目指して飛んで行った。そして・・今でも信じられないのだが・・そのまま、はるか後方のゴールの網の中にスッポリと入ってしまったのだ。


 僕は息を飲んだ。こんなすごいゴールは今まで見たことがなかった。だって、片方のゴール下に立って、背中向きで、はるか後方にあるもう一方のゴールに、大きなバスケットのボールを投げ入れてしまったのだ。


 しかし、不思議なことに1階にいるクラスメートたちも、2階のクラスメートたちも誰もこのすごいゴールに気づいたものはいなかった。


 肝心のM君はというと・・それから別に興奮することもなく・・黙って後ろを振り返ると、淡々と後方のゴールに歩いて行って・・床に転がっている、ゴールした自分のボールを拾って・・それを体育館の入り口に備えてあった、ボールを入れるカゴに仕舞って・・なんと、そのまま何も言わずに黙って体育館を出て行ったのだ。なんだか、自分がものすごいゴールを決めたことなど、まるで眼中にないといった様子だった。


 しかし、M君はこんなすごいゴールを決めたのだ。普通ならば興奮して、周りのクラスメートたちに「おい、見たか! 今、すごいゴールを決めたぞ」とかなんとかいう所だ。しかし、彼は誰にも何も言わずに、淡々とボールを片付けて体育館を出て行ってしまった。僕には、何か彼から『つきもの』が落ちたというように感じられた。


 それから、僕も教室に戻った。M君に「おい、M君。すごいゴールだったなあ!」と言おうとしたのだ。僕が教室に入ると、M君は自分の席に座って、周りのクラスメートと雑談をしていた。僕はさっそく彼に話しかけたのだが・・驚いたことに、彼は自分のゴールのことなどすっかり忘れてしまっていたのだ。だから、僕は「おい、M君。すごいゴールだったなあ!」と彼に言わなかった。こんなことを言うと、夢でも見たんだろうと笑われそうだったからだ。


 僕はこのことを誰にも話さなかった。話しても、誰も信じることができないだろうと思ったからだ。そして、少し前にテレビでバスケットボールの試合を見ていて、M君のことを思い出したので・・今日初めて、カクヨムにアップする形で、この話を僕以外の読者の皆様に伝えたという次第だ。


 しかし、僕にはいくつかの謎が残った。


 どうして僕に、M君の意志、すなわち、M君がはるか後方のゴールに、後ろ向きでボールを入れようとしているのかが分かったのだろうか? あのM君のすごいゴールは何だったのだろうか? そして、M君はどうして自分のゴールのことを覚えていないのだろうか?


 こう言ってはM君に悪いのだが・・彼はクラスでも大人しい人物で、特に目立った存在ではなかったのだ。僕はクラスメートということで、時々彼と話をしたが、特段親しい関係でもなかった。また、M君は部活は何もやっておらず、運動も特段得意だというわけでもなかった。いやむしろ、運動は苦手な方だったと思うのだ。また彼が過去にバスケットをやっていたという話も聞いたことがなかった。


 あのとき、僕が不意に彼の意志を感じたのは、テレパシーといったものだったのだろうか? そんな超能力が本当に存在するのだろうか? また、あのとき、僕はM君を見ていて、何か『つきもの』が落ちたように感じたが・・本当に、そんな『つきもの』なんていうものがこの世にいるのだろうか?


 嘘のようだが・・・すべて本当の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る