73 10月12日(水) ボクの困ったこと日記
今日は『ボクのよかったこと日記』ならぬ『ボクの困ったこと日記』の話。
実は今回の入院で、病院に僕を悩ませる人がいる。それはヘルパーのおばさんだ。そのおばさんの年齢は分かりにくいのだが・・50才を超えているのは間違いなくて・・おそらく70才近いお年だと思う。
3年前に入院したときにも、病院に僕が『つらいなあ おばさん』と名付けたヘルパーさんがいた。この人は、患者の傍に来ては、だれかれ構わずに「つらいなあ」、「つらいなあ」と念仏のようにつぶやくのだ。僕にも「つらいなあ」、「つらいなあ」と言ってきたので、さすがに閉口した。それで、そのおばさんに「つらいなあと言わないでください」とはっきりとお願いしたところ、それ以降、僕には言わなくなった。
今回の入院では、その『つらいなあ おばさん』はもういなかった。しかし、それを上まわる迷惑ヘルパーさんがいるのだ。今日はその人の話をしたい。
今年の6月に僕が入院した日のことだ。僕はCT検査を受けてくださいと言われた。それで、病室のある8階からCTの検査室のある2階まで行ったのだ。患者が検査などで病院の中を移動するときは、ヘルパーさんが付き添うルールになっている。そのとき僕に付き添ってくれたのが、その迷惑ヘルパーさんだった。
2階にはCTやレントゲンといった検査室が集中している大きなエリアがあって、その前には事務のお姉さんが座っている。患者がCT検査に来たとか、レントゲン検査に来たとか言うと、お姉さんがコンピューターで間違いがないことを確認して、「それでは、どこそこの部屋の前で待っていてください」と指示や案内を出すのだ。
僕とヘルパーのおばさんが、そのエリアの入り口へ来たときだ。ヘルパーのおばさんが僕をほったらかして、その事務のお姉さんのところにスタスタと歩いて行ったのだ。そして、お姉さんの横に立つと、両手をお姉さんの方に突き出し、なんとかかんとかと言いながら、両手を交互に前後に動かしたのだ。おばさんが何と言ったのかは聞き取れなかった。
すると、お姉さんも立ち上がって、両手をヘルパーさんに向けると、やはり、なんとかかんとかと言って、両手を交互に前後に動かす同じ動作をしたのだ。そして、二人は「ひゃひゃひゃひゃひゃ」と笑い出してしまった。
僕は面食らった。最初は何が起こったのか分からなかった。だが、すぐにこれは二人でふざけているんだなと分かった。大ヒット漫画の『ドラゴンボール』の中で主人公の悟空が両手を前に出して「かめはめ波」と言って、破壊エネルギーを敵に放射しているが、ああいう真似をしていたのだ。つまり、ヘルパーのおばさんが、なんとかかんとかと言って、破壊エネルギーをお姉さんに送る真似をして、一方のお姉さんも同じ仕草で破壊エネルギーをおばさんに送り返して、おばさんの出したエネルギーを食い止めたというシーンを二人で演じていたのだ。
しかし・・と僕は考え込んでしまった。今は勤務時間中なのだ。しかも、ここは病院だ。患者さんが周りにいっぱいいるわけで、そんなところで、勤務時間中にこんなことをして、ふざけていていいのだろうか? しかも、ヘルパーのおばさんは患者の僕をCT検査室に引率していく途中なのだ。検査に行く患者をほったらかして、こんなことをしていいのだろうか?
また、おばさんもおばさんだが・・20代と思える事務のお姉さんも、いい年をしてこんなことをするのは恥ずかしくないのだろうかと僕は思った。ただ、このとき、僕はお姉さんの横顔に『病院という閉鎖社会の中で、自分の母親よりもずっと年上のおばさんがこんなことをやってくるので、自分もおばさんに合わさざるを得なくて、やむなくしている』といった無言の声が浮かんでいるように感じた。
さて、僕は小さいときに関西に住んでいたことがあるのだが、おばさんを見ていて関西の方言の『いちびる』という言葉を思い出してしまった。『いちびる』というのは『お調子者がふざけて騒いでいるが、その周りはそれを冷ややかに見ている』というニュアンスの言葉だ。『ふざけて騒ぐ行為をすること』を『いちびる』と言い、その行為をする人を『いちびり』と言っていた。
たとえば、学校でお調子者の生徒が一人でふざけているのを見て、同級生たちが「あいつ、いちびってるなあ」と苦々しく言い、その生徒を「あいつは、いちびりだ」と言うように使っていた。『いちびる』という言葉は全国区ではないし、おそらくもう死語になっていて関西の人でも使わなくなっていると思うのだが、僕が小さいときにはまだ使っている人がいたのだ。
そして、そのヘルパーのおばさんのおふざけは、まさに『いちびる』という言葉にピッタリだったというわけだ。それで今後は、おばさんのことを『いちびり おばさん』と表記したいと思う。
さてそれから、僕は『いちびり おばさん』にCTの検査室に連れていかれた。そして、検査を待っているときに、僕は最大の失敗をしてしまった。僕は『いちびり おばさん』に「僕は一人で大丈夫ですから、戻っていただいても構いませんよ」と声を掛けてしまったのだ。『いちびり おばさん』はそれを聞いて口に笑みを浮かべ、頭の上から、聞いている者の頭が痛くなるような高音の声を出して、「そぅおぉ~。じゃあ、お言葉に甘えようかしら~」と言って、僕を残してCT室を出て行った。
今考えると、このとき僕が気やすく声を掛けたので、『いちびり おばさん』は僕を「いちびることができる楽な相手だ」と認識してしまったようなのだ。言い換えると、僕は『いちびり おばさん』になめられてしまったといってもいい。今思えば、僕はこのとき苦虫をかみつぶしたような顔をして、『いちびり おばさん』が何を言っても返事もしないといった態度を取るべきだったのだ。
その翌日も別の検査があって、僕は2階に行った。やはり、『いちびり おばさん』が僕を引率していた。おばさんと8階から2階へ行って、2階のエレベーターを降りたときだ。『いちびり おばさん』がやはり頭の上から高音の声を出して、僕にこう言ったのだ。
「ナガシマさ~ん。後はお願いしていいかしらぁ~?」
僕は驚いてしまった。昨日と同じように、後は付き添いなしで行ってくれということなのだが、僕が言うのならともかく、医療従事者ではないヘルパーさんが勝手にこんな判断をしてはいけないだろうと思ったのだ。もちろん、ヘルパーさんにこんなことを言われるのは初めての経験だ。
しかも、この『いちびり おばさん』は、看護師さんたちの眼がある8階では僕を引率する振りをして、8階の看護師さんの眼がなくなった2階に来ると、僕に後は一人で行けと言ってきたのだ。8階の看護師さんたちはおばさんが僕を引率していったと思っているので、後はおばさんがどこかでコーヒーでも飲んで、素知らぬ顔をして8階に戻っても誰も気づかないというわけだ。
僕は「ああ、このおばさんは、こういうふうにして仕事の手抜きをす人なんだなあ」と思った。昨日、僕は「僕は一人で大丈夫ですから、戻っていただいても構いませんよ」と言ったので、『いちびり おばさん』に「こいつには何を言っても大丈夫だ」となめられてしまったというわけだ。
そして僕は昨日と同じように「ええ、僕は一人で大丈夫です」と言って、一人で検査に行った。『いちびり おばさん』が後どうしたのかは知らない。
こういったことがあった後、『いちびり おばさん』がしきりに僕の病室に来るようになってしまったのだ。僕は白血球の数が少ないため、『無菌室』と呼ばれる特殊な病室に入っている。病室はシャワーやトイレもついた個室で、常に病室から外に空気が流れるようになっていて、外の菌が病室の中に入るのを防いでいるのだ。そんな病室のため、先ほどの検査の時以外は僕は病室から出るのを固く禁じられていた。
そんな病室に『いちびり おばさん』がずかずかと入ってくるようになったのだ。もちろん、ヘルパーさんなので掃除や食事を運んでくれたりするときは病室に入ってくるわけだが、用もないときにも入ってくるようになったのだ。
たとえば、『いちびり おばさん』が大きなトースターを持って病室にやってきたことがあった。僕はトースターなどはお願いしていないので驚いてみていると、おばさんが僕にこう言ったのだ。
「ナガシマさ~ん。この子、もらってくれないかしらぁ~?」
「えっ、トースターですか? 僕は使わないので結構ですよ」
「この子、誰ももらってくれないのよ。もらってよぉ~。置くだけ置いといていいかしらぁ~?」
「いや、邪魔になるので持って行っていただけませんか」
「そぉお~。残念ねえ~」
と、こんな具合なのだ。『無菌室』と呼ばれる特殊な病室なのに、こんなふうに用もないのに入ってきていいのかと思うのだ。
もちろん『いちびり おばさん』なので、おばさんは『いちびる』ことも忘れない。
あるとき、『いちびり おばさん』が病室内の拭き掃除に来てくれた。掃除が終わって、病室を出るときに、僕はおばさんに「どうも」とひと言お礼を言ったのだ。
すると、おばさんは僕が呼び止めたように勘違いしたようで、くるりとこちらを振り向くと、・・あれは何という動作なのか知らないが・・女子のフィギアスケートの選手が演技が終わったときに、片足を後ろに引いて、両ひざを折って、両手でスカートを広げて頭を下げるお辞儀をするが・・あのお辞儀をしたのだ。
すなわち、おばさんは後ろを振り向いて僕の方を見ると、左足を後ろに引いて、両足を曲げて・・おばさんはパンツをはいているのだが・・両手でスカートを広げる真似をして、いつものように頭の上から高音の声を出して、こう言った。
「えっ、なぁ~にぃ~?」
そして、おばさんはそのままの姿勢で両手を前に突き出し、両手を身体の左右に大きく広げて、こう言いながら首を傾けてみせたのだ。
「なぁに、かしらぁ~?」
僕はこう答えた。
「いえ、『どうも』と言っただけです」
おばさんは両手を広げた姿勢で、高音でゆっくりとこう言った。
「そぉお~。何か、して欲しいことがあったら、遠慮なく、言ってねぇ~」
「はい、分かりました。もし、何かあったら、そのときにお願いしますから・・」
おばさんは「じゃあねぇえ~」と言って、後ろを向いた。そして、左手を頭の横に上げると、手のひらをひらひらさせた。よく幼稚園なんかのお遊戯で、手をひらひらさせて星がまたたいているのを表現したりするが、ああいう動作をしたのだ。そして、手をひらひらさせたままで病室を出て行った。
また、その『いちびり おばさん』はときどき食事を運んでくれた。あるとき、食事をベッドのテーブルに置くと、顔を僕の方に向けてニッと笑い、両手の人差し指を突き出して、食器をツンツンとつつく動作をして、「はぁ~い。お食事ですよぉ~」と言ったのだ。よく秋葉原のメイド喫茶で、メイドに扮した店の女性がお客に食事や飲み物を運んだ時に、両手の人差し指を突き出して、「おいしくなぁれ」と言いながらツンツンするのをテレビでやっているが、ああいう動作をおばさんがしたのだ。僕はメイド喫茶なるところには行ったことはないが、店の女性がそういう動作をするのをテレビで何度か見たことがある。
あるいは、病院の中にコンビニが入っているのだが、僕は病室を出ることを禁止されているので、看護師さんやヘルパーさんに買い物をお願いせざるを得ない。この買い物に『いちびり おばさん』が行ってくれることがある。買い物を済ませると、他のヘルパーさんは普通にレジの袋を渡してくれるだけなのだが、『いちびり おばさん』はそうではないのだ。おばさんは「はぁ~い。買ってきましたよぉ~」と僕に言いながら、ダンスやバレエを踊るように、手のひらを回転させ、あるいはくねくねさせて、踊りを踊りながらレジ袋を渡すのだ。
『いちびり おばさん』の『いちびり』は仕草だけではないのだ。あるときは、外人さんが日本語を話しているかのように「ナ~ガ、シィ~マ、さぁ~ん」と変な抑揚をつけて僕の名前を呼んだりした。
また今から2週間ほど前だが、『いちびり おばさん』が病室の掃除にやってきた。おばさんが病室に入ってきたときに、たまたま僕はベッドの横に立ちあがっていた。すると、おばさんが窓枠を拭きながら、こう言うのだ。
「ナガシマさぁ~ん。ペーパータオルは足りてるかしらぁ~? ちょっと、そこのペーパータオルの箱を見てくださらなぁ~い?」
僕は驚いたが、言われたまま箱の中を見て、「少し少ないので、足しておいてください」と頼んだのだ。しかし、患者を使うヘルパーさんというのには初めて出会った。おそらく『いちびり おばさん』は患者を使ったというよりは、『いちびり』の一環として僕にそう話しかけたと思うのだが・・別に患者だから、ふんぞり返っているというわけではないが・・患者には熱や吐き気で苦しんでいる人が多いわけで、おふざけにしても、患者を使うのはやっぱり良くないと思うのだ。
つまり、こういうふうに僕は『いちびり おばさん』の『いちびり』に弱っていて・・とにかくおばさんには『いちびり』はやらずに、普通にやってもらいたいのだ。
一度『いちびり おばさん』に「そういった仕草や言い方はやめてください」と言ったことがあるのだが、おばさんは僕の言うことが理解できなかったようだ。それからも何事もなかったように、おばさんの『いちびり』は続いている。
というわけで、僕はこのおばさんの『いちびり』に苦しんでいるのだ。
『いちびり おばさん』は看護師さんの前では『いちびり』をすることはない。だから、看護師さんに相談しても、看護師さんが僕の言うことを理解できないだろうと思われる。また入院が1週間や2週間の短期なら『いちびり』を我慢することもできるが、1ケ月や2ケ月となると『いちびり おばさん』の『いちびり』が毎日長期にわたって繰り返されるので、さすがに苦痛になってくるというわけだ。
来週からまた1ケ月の入院が始まるのだが・・また、あの『いちびり おばさん』に出会うと思うと正直気が重くなる。
皆様は『いちびり おばさん』をどう思われるだろうか? 『いちびり』が嫌なのは僕だけだろうか?
また、『いちびり おばさん』の『いちびり』をやめさせる何かいい方法は無いだろうか?
よろしければ、皆様のご意見を聞かせていただけると幸いです 🥺
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