72 10月8日(土) 映画教室の不思議

 お久しぶりです。


 白血病で今年6月の終わりに入院しました。その後は入院と退院を繰り返しています。入退院を繰り返すと言うと『病状が良くなったり、悪くなったりするのが繰り返している』と思われがちですが・・そうではなく、もともとこのような入退院を繰り返すことを約1年ほど繰り返す長期の治療なのです。


 現在は退院の時期に当たっており、ちょうど1週間前に退院しました。そして再来週からまた1ケ月ほど再度入院する予定です。まあ今は『しばしの休息』といったところでしょうか。


 よく人から「それで病状は良くなったのですか?」と聞かれるのですが、もともと何の自覚症状もない病気ですので、「病状は変わりなく、自覚症状はありません」とお答えするしかないのです。ただ、入院すると何だかんだで、ここに投稿するのは難しくなりますので・・今回のように気が向いたときに投稿するということで、ご容赦をいただければ幸いです。


 前置きが長くなりましたが、長期で入院をしていると、子どもの頃のことがふっと思い出されることがあります。今日はそんな思い出話をしようと思います。


 ということで、ここからはいつもの口調に戻ります。


 さて、僕らが小学生や中学生の時には、学校で近くの映画館に映画を見に行く『映画教室』という授業が年に数回行われていた。今はどの学校にもDVDが再生できる視聴覚教室や視聴覚設備が備えられているので、映画などは教室にいてDVDプレイヤーで鑑賞するのだろうが、当時はそんなハイカラな設備のある学校は少なかったのだ。


 このため、映画教室のときは、学年全員が早めに学校を出て、先生が引率して全員がぞろぞろと近くの映画館まで歩き、映画館で2時間ばかりの映画を鑑賞して、映画が終わるとまた先生が引率して全員がぞろぞろと歩いて学校に戻るということをやっていた。このため、かなりの時間を映画教室に取られるわけで・・つまり、その間は授業がないわけだから・・僕も含め、クラスのみんなは映画教室を遠足のように楽しみにしていた。


 ただ、学校の教育の一環として行われるので、鑑賞する映画は、例えば『スターウォーズ・シリーズ』や『ハリーポッター・シリーズ』といった娯楽映画ではなく、教育色の強いものだった。それは直近で行われたオリンピックや何かの大きな行事の記録映画だとか、深海の生物や森の中の野鳥の春夏秋冬を記録したといった、地球の自然を映したドキュメンタリー映画だったり、あるいは『人生を考えさせるような』映画だった。『人生を考えさせるような』映画としては、黒澤明監督の『どですかでん』という映画を映画教室で観たことがある。なかなか奥が深い映画で、映画を観た後はみんな何故か黙ってしまって、黙々と映画館から学校に歩いて戻ったのを覚えている。

 

 ちなみに、映画教室の時間は映画館が学校に貸し切りになるので、一般のお客さんが同席することはなかった。


 さてそんな中で、中学の時に掛け値なしの娯楽映画を映画教室で見たのだ。何故、このような娯楽映画が映画教室の題材に選ばれたのかは分からないのだが・・それはこんなストーリーだった。


 舞台は魔法が支配する中世のヨーロッパ。ある国の国王と王妃の間には、若くて美しい一人娘の王女がいた。


 しかし、その最愛の王女が悪い魔女に誘拐されてしまう。悲しんだ国王は、国の中から7人の若い騎士を選抜し、王女の救出に向かわせるのだ。


 7人の騎士は魔女の住む城に向かう。しかし、魔女が様々な罠を仕掛けて、彼らを待ち受けるのだ。そして、魔女の罠によって、7人の騎士は一人、また一人と倒されていく。

 

 例えば、こんな具合だ。


 沼地の間を細い道が一本だけ通っていて、その道を7人の騎士が一列になって通過していく。ただ、周りは普通の沼地ではなくて、沼に落ちると身体が溶けてしまうという恐ろしい沼なのだ。騎士たちは沼に落ちないように、縦一列になって慎重に馬を進めるのだが・・最後尾の騎士が沼地を通過するときに、突然馬が暴れ出して、その騎士が沼に振り落とされてしまう。周りの騎士が彼を助けようとするのだが、彼の身体は少しずつ沼に沈んでいって・・やがて、全身が沼の中に没して・・少しすると、甲冑を着たガイコツだけが水面に浮かんでくるのだ。こうして、騎士が一人倒されてしまう。


 残りの騎士たちはさらに道を進む。すると、道の横に農家が見えてくる。騎士たちはその農家で休息を取ることにするのだ。一人の騎士が農家の中庭に出て、長椅子に掛けて休んでいると、農家の中から籠を持った美しい娘が歌を歌いながら出てくる。騎士は娘に声を掛ける。すると娘は騎士の横に来て、長椅子に腰かけるのだ。騎士が甘い言葉で娘を口説く。娘も騎士に好意があるようで、騎士に接近していく。やがて、騎士が両手で娘の肩を抱きよせて、二人の唇が近づいていくのだが・・キスの寸前になって、突如、娘の顔が恐ろしい老婆に変わって、老婆が騎士の首に噛みつくのだ。騎士は老婆から逃れようとするが、逃れられず殺されてしまう。


 このように、この映画の見どころは、魔女が仕掛ける奇想天外な罠と、それに挑んでいく7人の騎士との対決なのだ。これが実に面白かった。


 そして映画の中では、騎士たちは奮闘するのだが、魔女によって一人ずつ倒されていって・・とうとうリーダーの騎士一人だけになってしまうのだ。


 しかし、ここからはお約束で・・最後に残った騎士がなんとか悪い魔女を倒して、誘拐されていた王女を見事に救出するのだ。


 そして、この映画の最大の謎が映画の最後に訪れる。


 映画の最後の場面は、国王の城の大広間だ。奥の一段と高いところに国王と王妃、そして救出された王女が着飾って立っている。大広間には大勢の国王の家臣たちが居並んでいる。そして、音楽隊がファンファーレを奏でると、大広間の荘厳な扉が開いて・・あの王女を救出した騎士がさっそうと現れるのだ。しかし、彼の後に、何故か死んだはずの6人の騎士が続いて現われたのだ。


 僕は面食らってしまった。あの6人は死んだはずなのに・・どうして生きているんだろう。


 クラスのみんなも同じ疑問を感じたのだろう。観客席のあちこちから「どうして生きてるの?」という声が上がっている。


 しかし、そんな僕たちの声は聞こえないかのように・・映画は進行する。そして、7人の騎士たちが大広間を進み、国王の前で整列し、国王から何かを授けられるところで映画が終わるのだ。おそらく、王女と彼女を助けた最後の騎士が結婚して、国王の跡を継ぐのだろうと思わせる終わり方だった。


 こうして、死んだ6人の騎士がどうして生き返ったのかという疑問を抱いたままで映画が終わってしまうのだ。


 その帰り道だ。僕は釈然としないままに、みんなと一緒に映画館を出て学校への道を歩いていた。すると、僕の近くにいた男子の同級生がぽつりと「しかし、あの6人はどうして生きていたのかなあ?」とつぶやいたのだ。まさに僕が考えていた疑問だったので、僕は思わず彼の方を振り向いた。すると、彼の横にいた同級生の女子が彼にこう言ったのだ。


 「あんた、まだ分からないの! いい。あの6人は魔女の魔法で死んだのよ。だから、魔女が倒されて魔法が解けたら、あの6人は生き返るわけじゃないの!」


 それを聞いた同級生の男子の顔が輝いた。彼は「ああ、そうか!」と言って、やっと疑問が解けたという晴れやかな顔をしたのだ。


 しかし、僕は「ホントかいな?」って思ってしまった。だって、いくら魔女の魔法に掛かって死んだといっても、6人の騎士は生物学的に命を絶たれたわけで・・魔女が死んでも・・一度死んだ人間が生き返るはずはないと思うのだ。だが、僕はそれを同級生の男女には言わなかった。わざわざ、言うほどのことではないと思ったのだ。


 そして、その疑問を・・大人になった今でも抱き続けているというわけだ。


 僕は思うのだ。こんな娯楽映画が映画教室の題材に選ばれたのも不思議なのだが・・ひょっとしたら、この映画は単なる娯楽映画ではなくて・・7人の騎士を通して、観客に『人間の生と死とは何か?』ということを考えさせるのが主題だったのではないだろうか?


 もしそうなら、この映画は十二分にその目的を達したことになるのだが・・まさか、そんなことはないだろうなあ。


 皆さんは6人の騎士の生き返りについてどう思う?


 


  

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