53 6月11日(土) 現代笑い考

 皆様は何か言った後で笑ったりされるだろうか?


 たとえば、こんな感じだ。


 「なんとかかんとか、ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 『ヒャヒャヒャヒャヒャ』の部分が笑いだよ。


 そして、『なんとかかんとか』のところは別に笑う話ではないのだ。


 最近、こういう笑いをする人が増えたように思う。先日もテレビを見ていたら、街頭で行われたテレビ局のインタビューで、若い女性がこんな風に答えていた。


 「コロナの規制が緩和されてうれしいです。ヒャハハハハ」


 この場合の『ヒャハハハハ』は可笑しいのではないと思う。だって「コロナの規制が緩和されてうれしいです」という意見には笑うところは全くないのだ。おそらく、彼女は自分が言った「コロナの規制が緩和されてうれしいです」という意見について、「大した意見じゃないけれど、私はそんなことも思ってます」といった照れ隠しで笑ったのだと思う。


 実は僕が白血病で入院していたときに、病院の理学療法士さんにこんな笑い方をする人がいた。その人は20代の男性で、僕の担当ではないので話したことはないのだが・・彼の声がとにかく甲高いのでよく周囲に響くのだ。それで、僕は病院の廊下を歩いていて、よくその人の声を聞いたのだ。


 その理学療法士さんは何を言っても、必ずその後で「ヒャヒャヒャヒャヒャ」と笑うのだ。


 こんな感じだった。


 「おばあちゃん。ここを持って、ゆっくり歩いてみてくださいね。ゆっくり、ゆっくりね・・そう、そう、それでいいですよ。ちゃんと歩けましたね。ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 あるいは、こんな感じだ。


 「おじいちゃん。この運動をした後で血圧を測りますね。・・はい、ちゃんと血圧が測れましたよ。ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 この理学療法士さんの場合は「ヒャヒャヒャヒャヒャ」という笑いが照れ隠しでもあり、一種の会話の合いの手のようなものなんだろうと思うのだ。


 こういう笑い方をする人はおそらく癖になっていて、どんな局面でもこんな笑い方をするんじゃないかな。


 しかし・・と僕は思うのだ。癖で笑っていると、局面によっては困るだろうなあって・・


 この理学療法士さんが結婚式に出たときは問題はない。


 例えばこんな感じだ。


 「新郎の太一君は学生時代から女嫌いで有名で・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。僕は彼が女性と結婚できるのかなあって心配していました・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。でも、こうして女性と結婚できて・・・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。しかも、お嫁さんがこんなきれいな人とは・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。これからは、毎日こんなきれいなヒトと一緒に寝ることができるなんて・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。実にうらやましいなあ・・ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 これだと不自然さはない。いや、そんなにはない。


 しかし、葬式だとこうはいかない。


 「このたびは誠にご愁傷さまで、何と申し上げたらよいのか・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。私、会社の同僚の墓毛田ぼけたでございます・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。この度は突然のことで・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。さぞかしお力落としのこととお察し申し上げます・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。人望のある新田しんださんだっただけに、社内の者も皆悲しんでおります・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。何か私がお手伝いできることがありましたら、遠慮なく申しつけて下さい・・ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 これじゃあ、叱られちゃいますね。理学療法士さんは葬式のときはどうしてるんだろう?


 さて、今日、僕はこの理学療法士さんを上まわるおばあさんを見たのだ。そのおばあさんは、おじいさんを連れて公園に来ていた。おじいさんとは夫婦というわけではなく、施設なんかで一緒にいる仲良しさんという感じだった。おじいさんはカメラを持っていた。公園にはきれいな紫陽花が咲いていた。おじいさんが公園に咲いている紫陽花の写真を撮りに施設を出たので、仲良しのおばあさんが一緒についてきたように思えた。


 そのおばあさんは、何を言っても、その後で「ヒャヒャヒャヒャヒャ」と笑うのだ。ここまでは理学療法士さんと全く同じだ。しかし、「ヒャヒャヒャヒャヒャ」と笑った後で、なんと自分で「あ~あ」とため息をつくのだ。「ヒャヒャヒャヒャヒャ」と「あ~あ」はセットになっていて、何を言っても後ろにこの二つをくっつけるのだ。


 だから「なんとかかんとか、ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ」ということになる。


 具体的には、こんなことを言っていた。


 「ここの紫陽花はきれいだねえ。あっ、ここの青い紫陽花が特にきれい。あんた、この紫陽花の写真を撮りなさいよ。ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ」


 あるいは、こんなことも言っていた。


 「あんたと私がねえ、80にもなって恋愛なんてないよ。ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ」


 僕はおばあさんの言葉を聞いて笑ってしまった。だって、この話し方がおばあさんの癖なんだと思うが、結婚式や葬式では困るだろうって想像したのだ。


 例えば、結婚式では・・


 「新婦の香織ちゃんは私の姪に当たります。叔母の私が言うのもなんですがよくできた姪で・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。とくに香織ちゃんは才色兼備で・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。学生のときは『ミスすっぽんぽん』に選ばれたことがあるんですよ・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。その香織ちゃんが選ぶのはどんなお婿さんかと思っていたら・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ」


 あるいは、葬式では・・


 「遺族を代表いたしまして、皆さまにひとことご挨拶を申し上げます・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。私は、故人甚作の妻さよ子でございます・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。故人の甚作は、60年間の結婚生活の間、本当に私に良くしてくれました・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。甚作が外に女を作ったこともありました・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。知らない子を連れてきて、隠し子だと言ったこともありました・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。そんな甚作もとうとう死んでしまいました・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。生命保険も掛けずに・・・ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ」


 それで、今日のよかったことは・・・そのおばあさんの笑い声とため息を聞いたことだよ。新しい笑い方を発見したわけだ、ヒャヒャヒャヒャヒャ。あ~あ。



 



 

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