45 6月3日(金) 交差点で悲鳴・・事故だ!

 「ストォォォプッ」


 交差点に男性の悲鳴が響いた。その大声に驚いた歩行者が一斉に立ち止まった。僕もその一人だ。交差点を渡っていたところだった。事故だ・・そう思った。


 信号を無視して交差点に突っ込んだ車・・倒れている歩行者・・そして救急車・・


 僕の脳裏に凄惨な事故現場の映像が浮かんだ。


 僕は声のした方に恐る恐る眼を向けた。


 交差点の近くで何か工事をやっていて、工事現場のおじさんが一人、交差点の中に入って交通整理をしていた。薄い黄色のヘルメットを被って両手に紅白の小旗を持っている。信号で止まっている車の前にそのおじさんが走っていくのが僕の眼に入った。そして、そのおじさんは止まっている車の前に立って、紅白の小旗を持った両手を大きく広げたのだ。


 おじさんの口から、大声が出た。


 「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」


 僕は交差点を見まわした。倒れている人はいない。おじさんが「ストォォォプッ」って叫んでいるだけだ。


 って、これって・・良かった。事故ではなかったんだ。僕は安堵した。


 しかし、同時に吹き出してしまった。だって、そのおじさんの前の車は既に止まっているのだ。そのおじさんは停止している車の前で「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」って大声で叫んでいるのだ。停止している車の運転席の若いお姉さんもポカンとした顔で、そのおじさんを見つめている。


 しかし、あのおじさんは何をやってるんだろう? 工事に伴う交通整理だということは分かるのだが・・


 悪いと思ったが、僕は交差点の横に立って、おじさんを観察させてもらった。ちょっと、ヒマだったんだ。


 そのおじさん・・正式にはなんて言うのか知らないが・・とりあえず『交通整理人さん』と呼ぶことにしよう。


 見ていると、交通整理人さんは信号が変わると、信号が赤になった方の道路の真ん中に走り出て、紅白の小旗を持った両手を広げて、道路に向かって「ストォォォプッ」と叫ぶのだ。赤側の交差点に減速して侵入してきた車は、その交通整理人さんの手前にゆっくりと停止する。すると交通整理人さんは車が止まっているのに、わざわざその前に走って行って、再び「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」と大声で叫ぶのだ。


 信号が変わると、また信号が赤の側に飛んで行って同じことを繰り返すのだ。


 既に止まっている車に「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」と大声で叫んでいるところがなんとも愉快で・・僕は再び笑ってしまった。


 交通整理人さんは交通妨害をしているわけではない。いや、むしろ、停止している車にまで「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」と大声で叫んでいるのだから、これ以上はない交通安全の注意喚起を行っているわけだ。


 しかし・・僕はなぜかカラオケを思い出してしまったのだ。よくカラオケで、とにかく大声を出してストレスを発散させている人がいるじゃないか。僕には交通整理人さんが止まっている車の前に行って「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」と大声で叫んで、ストレス発散をしているように思えてしまったのだ。


 確かにあれだけの大声を出したらストレス発散になるだろうなぁ。しかも、相手は停止している車なので、安全なことこの上ない。さらにだ、車に対して大声で「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」と叫ぶのだから、誰からも文句の出ようもないだろう。


 それでね、今日の『よかったこと』は、その交通整理人さんのことを読者の皆様にお伝えできること・・・


 なぜなら、僕は思ったのだ。読者の皆様も交通整理人さんの真似をしてみたらいいんじゃないかなって・・・


 想像してみていただけないだろうか? 


 あなたが・・

 交差点で停止している車の前に走っていって・・

 車の真ん前で紅白の小旗を持った両手を大きく広げて・・

 車に向かって大声でこう叫んでいるところを・・

 「ストォォォプッ、ストォォォプッ、ストォォォプッ」とね・・


 きっと、気分爽快で、ストレスなんか吹き飛んでしまうよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る