38 5月27日(金) 市民健康診断
市役所から市民健康診断の連絡が届いた。年に1回、市が主催する健康診断なのだ。市が提携しているクリニックで血液検査などの健康診断を受けて、それから電話や市役所での面談などで、市の担当者から健康に関する指導を受けるのだ。
妻がその連絡を僕に見せながら言った。
「あなた、これいらないんでしょ。捨てるわよ」
僕は驚いて妻に聞いたのだ。
「えっ、なんで? 君も受けるんでしょ?」
「私、受けない」
「えっ、どうして?」
そして、妻は延々と愚痴を語ったのだ。妻が言うには・・以前、その健康診断を受けたのだが、血糖値か何かが基準以上になっていて・・その後、市の複数の担当者から「健康指導でご自宅を訪問させていただきたい」とか「市の体育館でエクササイスをやっているので受けませんか」といった電話が再三あって・・そのあまりのしつこさに閉口したというのだ。結局、全部断ってしまったらしい。
そう言えば・・何年か前にそんなことを言っていたなあ。
実は、僕は2年前に白血病になって半年ほど入院していたことがあるのだ。だから、基本的にそういった健康診断は断らない。しかし、妻の言葉を聞いていて、僕にも苦い経験があったのを思い出したのだ。
それで、妻の話が一段落したときに「ボクもこういうことがあったよ」って、その経験を妻に話したのだ。
こんな話だ。
2年前にも、僕はその市の健康診断を受けたのだ。白血病の治療が終わって退院してから、すこし時間が経ったときだった。
市のクリニックで血液検査なんかを受けた後で、市の担当者から『今年は特定の人に健康診断の結果を面談で話すので、〇月〇日〇時に市役所に来てください』というハガキが来たのだ。〇月〇日〇時と日時が指定されていた。
しかし、平日の昼間の時間を指定されてもなあ・・と僕は思った。〇月〇日〇時には、僕は用事があったのだ。これは市役所の仕事なので、市役所の勤務時間の平日の昼間にやるということは分かるが、こっちも仕事があるのだ。
それで、僕は市役所に電話したのだ。
「〇月〇日〇時に健康面談で市役所に来るようにとのご連絡をいただいたのですが、ちょっと用事がありまして、都合が悪いんですが・・」
僕は担当のお姉さんが別の日時を言ってくれるものとばかり思っていた。しかし、お姉さんは電話の向こうから、こんなことを言うのだ。
「健康診断の結果から選ばれた市民の皆さんに順番に面談していくので、スケジュールが詰まっているんです。〇月〇日〇時を逃すと、もう面談は受けられないんですが、それでも構いませんか?」
僕は驚いて聞いた。
「えっ、そうなんですか? ・・・この市の健康面談というのはどうしても受けないといけないんでしょうか? 僕は白血病になってしまったんで、白血病の治療を受けた病院でも定期的に検査は受けてるんですが」
お姉さんは何でもないという風に応えた。
「別に受けていただくことは義務ではありません。白血病の治療を受けた病院で定期的に検査をされているので、いいということでしたら、別に受けなくてもいいんですよ」
何となく、引っかかる言い方だった。でも、受けなくてもいいんだったら、パスさせてもらおうと僕は思った。
「受けなくてもいいんだったら、申し訳ありませんが、今回はパスさせてください」
お姉さんが事務的に応える。
「市の健康面談は受けないということですね。分かりました。では、市の記録には、『ナガシマさんの方から「市の健康面談は必要ない」というお申し出があったので、ナガシマさんの健康面談は中止した』ということを記載しておきます」
えっ、なんかおかしくない? 僕はあわてて聞いた。
「えっ、僕は『市の健康面談は必要ない』なんて言ってませんが・・それはどういうことですか?」
「今後、何かありましても、ナガシマさんがご自分で責任を取られるということです」
「ええっ、そ、そんな・・そんな言い方はしないでくださいよ。それじゃあ、市の健康面談を受けるしか選択肢はないじゃないですか?」
「どうされますか? 強制ではないので、ご自分のご意思で決めていただければ結構ですよ」
何となく脅迫とか、杓子定規とか、お役所仕事といった言葉が浮かんだが・・しかたがない。〇月〇日〇時は用事があったのだが・・その用事の方の日程を変えるしかない。
僕はお姉さんに言った。
「じゃあ、〇月〇日〇時に健康面談を受けます」
お姉さんはあくまでも事務的だ。
「受けられるんですね。では、ご案内のハガキに記載していますように、10分前に市役所においでください。ご持参いただくものは・・・」
そして、結局、僕は〇月〇日〇時に市役所に行って健康面談を受けたのだ。
2年前の話だ。今はこんな対応はしていないと思うが・・
こうして、しばし、妻と話の花が咲いた。
それで、今日のよかったことは、市役所から市民健康診断の連絡が届いたこと。
えっ、夫婦ともども苦い思い出があるのに、どうしてかって?
それは、市役所からの連絡で、僕たち夫婦が昔話の花を咲かせることができたからだよ・・これって、結構、ストレス発散になるからね。
僕はふと、市役所は僕たち夫婦にストレス発散をさせる目的で、市民健康診断の連絡を寄越したんじゃあないかなって思った。
・・でも、まさか、そんなことはないですよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます