37 5月26日(木) 君はツチノコを知ってるか?

 僕がまだ幼稚園に行く前だ。僕が行ったのは1年保育の幼稚園だった。だから、幼稚園に行く前というと・・たぶん四歳ぐらいのころだと思う。


 僕は家の前の道路に出ようとした。そのとき、道路の手前の側溝の中に何かいるのが眼に入った。僕は側溝の脇にしゃがみ込んで、その『何か』を見たのだ。


 それは体長が30cmぐらいの円筒形をした生き物だった。円筒形の直径は5cmぐらいだろうか。いや、10cm近くあったかもしれない。身体の色は薄茶一色で、表面に模様はなかった。全体がずんぐりむっくりしており、太くて短い蛇のような形をしていた。頭も眼も無いように思えた。真上から見ていたので、僕にはその生き物に口があるのかまでは分からなかった。円筒形の胴体の後部には円錐状にしぼんだ、短いしっぽがついていた。


 その生き物が側溝の中を這っていたのだ。僕がのぞき込んだ時に、その生き物が尺取り虫のように少し縮んで、次にぴくっというように身体を側溝の壁に向かって斜めにくねらせたのを覚えている。


 僕は絵本なんかで見た蛇の一種だと思った。なんだか、蛇がねずみなんかを飲み込んで、胴体がふくらんでいるようにも見えた。しかし、四歳の僕はその生き物に特段の興味を持たなかった。僕はすぐに側溝から立ち上がって、近所の公園に遊びに行ったのだ。だから、僕がその生き物を見たのは、ほんの数秒だったと思う。しかし、その生き物の姿は何故か四歳の僕の脳裏に鮮明に焼き付いたのだ。


 この映像は大人になっても強烈に頭の中に残った。こうして、僕は大人になっても、あの時見た『蛇のようなもの』を鮮明に頭に思い浮かべることができるようになったのだ。


 さっき、その生き物のことを詳細に記載したが、もちろん、四歳の僕にはそんな描写力はない。さっきの記述は、四歳のときに実際に見て、記憶に残っている映像をもとに、大人になった僕が描写したものなのだ。


 僕は長く、僕が見たものは『蛇がねずみなんかの小動物を飲み込んで胴体がふくらんだ状態になったもの』だと解釈していた。四歳当時、僕はかなり大きな都会に住んでいた。家の周りは人家ばっかりで、蛇なんかがうろうろする自然はまるでなかったのだ。しかし、そんな街中でも蛇はいた。蛇は人家の天井なんかに住んでいたのだ。たとえば、僕の友人の家には白蛇が住んでいて、友人宅に遊びに行ったときに、僕は何度か白蛇が玄関を這っているのを見ていたのだ。だから、自然はないけれども、蛇がいたからって、ビックリするような状況でもなかったのだ。


 さて、大人になって、あるとき、僕はテレビで『日本のUMA』という番組を見たのだ。UMA(ユーマ、Unidentified Mysterious Animal)とは『未確認動物』のことらしい。空飛ぶ円盤として有名なUFO(未確認飛行物体、Unidentified Flying Object)の生物版というわけだ。その番組は、日本にいる(と思われている)が、誰もその正体を確認できていない不思議な生物を紹介していた。


 その中で『ツチノコ』が紹介されていたのだ。


 テレビの画面に映し出された『ツチノコ』の絵を見て、僕は思わず「あっ」と声を上げてしまった。僕が四歳のときに見た生き物とそっくりだったのだ。ただ、テレビでは『ツチノコ』の背中には縞になった模様があると言っていたが、僕が見た生き物には何も模様はなく、薄茶色一色だった。だが、それ以外は、テレビの中で出てきた『ツチノコ』の絵は、僕が見た生き物に本当によく似ていた。あのとき、見たのは『ツチノコ』だったのかと僕は思ったのだ。


 今日、インターネットでたまたま『UMA』の記事を見つけたので、それらの記憶が一度に蘇ってきたというわけだ。


 しかし、僕は思うのだ。


 『ツチノコ』というのは昔から言い伝えられてきた生物らしいのだが、今まで一度も存在が確認されたことが無いのだ。ということは、やっぱりいないんだろう。空想の生物だというわけだ。つまり、今まで僕が思っていたように、僕が見たのは、ネズミなんかを飲み込んだ蛇だったんだと思うのだ。


 しかし、その一方で、僕の心の中には、あれは『ツチノコ』だったと思いたい気持ちもあるのだ。だって、『ツチノコ』を見たっていうのは、すごくロマンじゃないか。


 つまりだよ。小動物を飲み込んだ蛇がいて、それを見た昔の人が『ツチノコ』だと思ったとしよう。そして、現代になって、同じものを見た僕が、それを『ツチノコ』ではなくて小動物を飲み込んだ蛇だと認識したのでは当たり前すぎて面白くもなんともないわけだ。


 ところが、小動物を飲み込んだ蛇のような形状をした、『ツチノコ』という生き物が実は存在していて・・・四歳の僕がそれを見たんだと思うと、僕の記憶は急に貴重で輝かしいものになるじゃないか。そして、『ツチノコ』の存在は僕の中で一気にロマンに昇華するのだ。


 それで、小さい頃の記憶を呼び起こした僕は、しばし、そのロマンな気分に浸ることができたのだ。


 だから、今日のよかったことはロマンになれたことだよ。


 UMA(ユーマ、Unidentified Mysterious Animal)という『未確認動物』なんて、結局、こういうロマンの産物なのかもしれないね。


 皆さんにもないかな? 小さいころに見たり聞いたりした記憶が、大人になって皆さんを素敵なロマンの世界にいざなってくれるってことが・・・




 

 

 


 

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