デビット・バーンズ
男は這う這うの体でアジトに辿り着いた。
銃弾を受けたのは肩だが、痛みは手の方まで響いている。顔を歪めながらドアを開け、部屋の中に倒れ込む。
硬い床がモロ患部に当たり、苦痛に悶えうずくまる。
三分ほど呻き、目を潤ませ歯を食いしばりながらも男は立ち上がり、棚の中から
薬が効いて来た頃、彼は折れた指を確かめた。
右手の親指、中指、薬指は複雑骨折。人差し指はヒビが入っていた。唯一無事なのは小指だが、それ一本だけでは何も出来ない。
男は歯噛みするが、それで指は治らない。やがて諦めたように頭を振り、机の上にあった電話機のボタンをプッシュした。
長い長い呼び出し音。時折、断線した様な音がするも、すぐに回線が繋がる。
盗聴・解析を防止するために、数々の電話回線を経由する音だ。
『
電話に出たのは、中国語を話す男。だが。
「……夜分遅くにすいません」
『なんだ。君か』
男が喋った途端、相手は流暢な英語を使いだす。
負傷した右手を睨みながら、男は慎重に言葉を選びつつ受話器の向こう側にいる彼へ、事の次第を話し始めた。
『………………』
相手はあれこれと思慮を巡らしているのか、男が話し終わっても無言でいた。
その無言の間は刺さる様で、男は精神をすり減らしていく。
カップ麺が出来上がり伸び切るまでの時間が経った。
『おい』
ようやく相手が口を開いた。
「……はい」
半開きで待っていたせいで乾ききってガサガサになった口を開き、男は相手の反応を待つ。
『明日、使いの者を送る。こっちの決定をソイツに伝える。……銃を用意しとけ』
「はいっ!」
切れた電話を痛みも忘れ、握り締める。
「やっと、やっとだ……」
興奮から脂汗を浮かべ、薄気味悪い笑みを浮かべる男。
しかし、それに水を差すように部屋のドアを叩かれる。
「ちょっと! いるんでしょ! いい加減、滞納してる家賃を払いなさい!」
大家の老婆が家賃を取り立てに来たのだ。男は、かれこれ三か月分の家賃を滞納している。
男は居留守を決め込もうとするも。
「居るのは分かってんだよ。声がしてんの、聞こえたんだ!」
部屋に居るのがバレていた。
溜息を付き、彼は扉を開けて老婆に応対する。開けた瞬間から、ありったけの罵声を浴びせられる。
当然だ。
老婆だって、慈善事業で部屋を貸している訳ではないのだから、家賃を徴収しなければ商売にならないし、他の店子にも悪い影響を与えかねない。
だが、男も「ない袖は振れぬ」と返すしかない。
かんかんがくがくの言い合いの末、老婆は今月中に家賃が払えないのなら、法的手段に訴えるとの旨を言い残し去って行った。
男は老婆が見えなくなったところで、「クソババア」と悪態をついた。
ISSアメリカ本部。
俺達が報告を終えると同時に、メリッサ班長は深い溜息を付いた。
それが怒りか呆れかは判断できなかったが、開口一番怒鳴られる事が無いことにまず安堵する。
「……とにかく、手は負傷させたんだな?」
「間違いなく」
「……時間は稼げる訳か」
班長の口から発された言葉は、一字一句が重い。いつもの事だが、その言葉に含まれる重さは絶妙にベクトルが違う様に感じた。
「何か、問題でも?」
同じ所に引っ掛かったのか、マリアが班長に訊ねる。班長は口を開きかけたが、首を振り。
「……いずれ話す」
それだけ言って、話を切り替えた。
「だがまぁ、防犯カメラには顔が写ってたし、銃まで押収出来たんだ。逮捕まであと一歩だな」
俺達から逃げた男の姿は、周辺の防犯カメラにバッチリ収められており、男が持っていたブルーガンやリボルバーからは指紋がばっちり残っていたし、シリアル番号から個人の特定まで出来る。
各種ゲームにおける、詰みの状態だ。
その時資料を持った調査係員がやって来た。
班長がそれを受け取り、目の前で広げ始めたのでマリアと共に覗き込む。班長が止めらなかったので、遠慮はしない。
奴の名前はデビット・バーンズ。年は俺の四歳上。無職だ。
経歴の欄に目を通す。本人が誇るのも少し納得するくらい、割と優秀な大学をストレートで卒業していた。
俺はいつか聞いた、日本の大学よりアメリカの大学の方が卒業が難しいという話を思い出した。
四年ストレート卒業も、頭が悪ければ出来ない。
当たり前の事かもしれないが、アメリカ人が乗り越えるハードルは日本人のハードルより遥かに高いのだ。
だがしかし、卒業年度が二○○八年金融危機と重なる。リストラや失業率が右肩上がりの世に出てしまう。
就職難に不況という不幸に揉まれ、ルサンチマンを拗らせて、金儲けに執着するようになったようだ。
「これがブルーガンを作ってた理由か……」
金属探知機に引っ掛からない銃として売り出せば、何処かのアホが買うだろう。
大量生産体制さえ整えれば、金儲けになる。
だが、確実にそれは悪用される。
飛行機の中。パーティ会場。政府施設内。
どうなるかは、想像に難くない。
「……させるかよ」
その言葉が自然と言葉に出ていた。
隣で相棒が頷いた。
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