接敵
音に釣られて顔を上げると、遠くの方で茶髪で白人の男が走っているのが見えた。
「あっ!」
マリアが声を挙げ、男と同じ方向へ走り出す。俺も立ち塞がるホームレスを押しのけ、彼女の後を追う。
「どうした急に!」
「アイツよ、アイツが似顔絵の!」
「え?」
脳内に犯人、通称“ジャッカル”の似顔絵が浮かぶ。
大した特徴も無い顔だったが、よく判別できたものだ。
「……間違いないのか?」
「私、目は良いんだから!」
自信たっぷりにマリアは答える。優秀な狙撃手である彼女の、視力と動体視力にかかればどうって事がないのか。
素直に感心すると同時に、追いかけている奴の正体がハッキリしたおかげで気が引き締まる。
走りながらシグをホルスターから抜き、撃鉄を起こす。十五発入る弾倉は満タン。ズッシリとする手ごたえが頼もしく思える。
何事かと段ボールハウスから顔を出したホームレス達が、拳銃を見た途端ハウスに引っ込んでいく。
だが。
「お前等! そこを退けぇっ!」
そう叫ばずにはいられない。
幸いにも俺の方が足が速く、男の背中が見えてきた。男が背後を確認するために、振り返ったタイミングで怒鳴る。
「止まれ! 止まらんと撃つぞぉっ!」
その言葉を脅しで済ます気は無い。従わなければ、情け容赦なく撃つ。俺はその気でいた。
先行く男が角を曲がり、姿が見えなくなる。俺は歯を食いしばり、腕を振り地面を強く蹴った。
角を曲がるとそこに男の背中は見えなかった。
「!?」
思わず目を見開くが、間髪入れずに俺を寒気が襲う。
反射的に振り向きながら、スウェイで身体を下げる。コンマ数秒前まで頭部があった場所を、鉄パイプが唸りを挙げて通り過ぎた。
男は虚を突かれ、唖然としている。
俺はその腹に左の拳を叩き込む。男の体勢が崩れ、その脇に抱えていた木箱がアスファルトの上に落ちた。
その中から、ブルーガンと弾の箱が転がり出る。
腹を押さえながらも男はブルーガンに手を伸ばそうとするが、その手を俺は容赦なく踏みつけ追い打ちをかける。
スニーカーの靴底越しでも、骨が折れたのが分かった。
そこから一拍置いて、男が悲痛な叫びを漏らした。
俺が足を退けると、指の何本かがあらぬ方向へねじ曲がっていた。血も滲んでいる。
そんな所でマリアが追い付いた。彼女は息を切らしながらも、地面に転がっていたブルーガンを回収する。
「凶器の回収が、優先でしょ」
「すまねぇ」
俺が詫びを入れると、彼女の視線は男の方へ向けられた。
「……コイツね」
声に若干の怒気が混じっている。
男は額を床に擦り付け、手を庇う様にうずくまっていた。
「……この調子じゃ、歩かせるのも面倒だな。バンドで手を縛って、車まで引きずってくか」
俺が提案するとマリアは頷き、こちらに結束バンドの束を渡す。
「まぁ、悪く思うなや」
束からバンドを一本出して、男の肩を掴む。すると、男はぶつぶと戯言を垂れ流し始めた。
「……お前等なんかに、僕の……僕の邪魔をされて、たまるか……僕は、僕はなぁ、大学出てるんだぞ。……エリートなんだぞ」
その戯言を俺は真顔で受け止め。
「知るか」
と一蹴した。マリアも戯言の時点では渋面だったが、俺の反応を見て苦笑する。
「大学出てようが中卒だろうが、良い奴は良い奴だし、屑は屑だ。今回は、お前が大卒の屑だったって事だろ」
更に追い込み、相手の反応を見る。耳が真っ赤になっていた。怒りか自身の経歴を侮辱されたからか。
……どっちにしろ、俺にとっては知った事ではないが。
「まぁ、立てや」
わざと怪我している方の腕を掴む。その瞬間、男が咆えた。
最初は痛みのせいかと思った。しかし、脳天まで突き抜けた寒気がその考えを本能レベルで否定する。
俺が男の手を放し上着の内側に手を入れたのと、男が隠し持っていたスナブノーズを抜いたのは、ほぼ同時。
「死ねぇー---っ!」
撃鉄も起こさず、男は引き金に指を掛けた。
銃声が路地に響く。
撃たれる前に撃ったのだ。――マリアが。
彼女の手にあるグロックからは薄く硝煙が昇り、男の肩から血が滲む。
弾が掠ったようだ。
俺がシグを抜ききる直前、男は拳銃を放り逃げ出した。
「クソッ!」
すぐさま銃を構えるも男は走り去ってしまった。
舌打ちをし、デコッキングレバーを倒す。
「右手を骨折してて、左腕が少々不自由になってるんだから、何も出来ないでしょ」
自身も拳銃を腰のホルスターに収めながら、マリアがフォローする。奴を逃したのは俺達二人の失点だ。
お互いにお互いの悪い所を言い合っても、事は丸く修まらない。
俺は男が落としたS&W M36から弾を抜き、それを雑にポケットに入れた。銃本体はそのまま持ったままにする。
「……とりあえず、本部に連絡しよう。案外、網に引っ掛かるかもしれん」
「だといいんだけどね」
俺は微妙な徒労感を呑み込み、携帯を出した。
負傷させたから問答無用で雷を落とされる事は無いだろうが、厳しい事の一つは言われるだろう。
「足折っておけばよかったなぁ……。そうしたら逃げられなかったのに」
「物騒な事言わないの」
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