面会
アラバマ州。某町。連邦刑務所。
反対側の扉から現れたジェイソン老人は、年の割には精力や生命力に溢れており、還暦を過ぎているはずなのにまだ四十後半に見えた。
「ISS風情がこの老いぼれに一体全体、何の用だ」
彼はカーキ色の囚人服を着こなし、刑務所が家代わりだと言いそうな雰囲気を醸し出している。
シルヴィアはアクリル板を挟んで向き合うジェイソンに、一枚の写真を差し出した。ブルーガンの写真だ。
「そいつぁ……」
彼の視線は写真に注がれる。視線に熱エネルギーがあるのなら、写真はパッと燃えていただろう。
「見覚えありますよね」
「……ああ」
神妙な顔をして、ジェイソンは頷く。
「じゃあ、アレか。この銃作った大馬鹿野郎を探す為に、田舎くんだりまで来たのか」
シルヴィアが大真面目に頷くと、ジェイソンは神妙な顔を崩し豪快に笑う。
彼の後ろに立つ看守が僅かに身構えた。
「ほうかい、ほうかい! あのガキ追っかけてISSがねぇ……」
カカカと喉を鳴らし、パイプ椅子に彼は背中を預ける。
「じゃあ、目的はあのガキか……。ほんじゃあ、俺を訪ねてきたのはガキとの馴れ初めを聞く為かい?」
「ええ。ついでに、似顔絵作成にもご協力を」
シルヴィアは少しだけ身を乗り出し、ジェイソンを正面へ見据えた。
彼は白い物が混じる顎ヒゲを撫で、一つ息を吐く。それは了承の合図だったようで、もう一度息を吐き「最初に馴れ初めを離すぜ」と前置きしたうえで、彼は語り出した。
「半年くらい前。アイダホのショボいパブで会ったんだよ。……ブスのババアが安酒を注いでくれるだけが取り柄の、オンボロパブだった」
「年とか、背格好はどうでしたか?」
「年は……そうだなぁ、三十半ばくらいか。白人で髪は茶色。背丈はネーちゃんくらいあったな」
シルヴィアの身長は百七十四センチ。その前後という事だ。
「気に食わねぇ面してたなぁ……。如何にもなエリート面でよ。育ちが良いですよって、顔に書いてあった。今思えば、あの店には分不相応だったなぁ」
エリート面ならと、シルヴィアは大学の同窓生を思い出す。
そしてその隣に、ジェイソンを立たせてみる。見事なまでにアンバランスだった。
「へぇ……」
「開口一番、俺の名前を呼んでよ。『私に銃の作り方を教えろ』って切り出した時は、イカレてると感じたね」
「……でも、教えたんでしょ」
彼女は写真を指先で叩く。
「まあな、酒奢ってくれたし、『銃の作り方教えてほしい』と頭下げられてな。……そんでまぁ、俺も酔ってたから二つ返事でOKしちまった訳」
それから二か月の間、ジェイソンはその男に銃の作り方を教え込んだらしい。
その間、男は自分の身分を明かそうとしなかった。ジェイソンも聞こうとはしなかったようだ。
男は自分の事を“ジャッカル”と呼ばせていたらしいが、ジェイソンは勿論、シルヴィアも偽名だと判断した。
「一か月くらい経った頃か。あのガキ、俺に言ったんだよ『この銃を売れば、いいビジネスになる』ってな」
ビジネス。その単語が、シルヴィアの琴線に触れる。
そこを詳しく掘り下げようとしたが、ジェイソンの反応は芳しくなかった。
「俺に儲けの半分をやるってほざいてたよ。でもまぁ、俺は趣味でやってるからな、断ったよ」
「……相手はどんな反応を?」
「儲けを独占出来るって分かった途端、顔をホクホクさせてたねぇ。あ~ヤダヤダ」
しかめた顔や嫌そうな声色から、彼が本気で軽蔑している事が伺える。
「……それに」
ジェイソンはブルーガンの写真を指さす。
「その銃はプラスチック製だろ。……銃ってものを、儲けの種としか考えてない証拠だね」
シルヴィアは相槌を打ち、話を続けるよう促す。
「確かに、プラスチックの方が軽いし加工もし易い。全ての部品をプラで作れば、金属探知機にも引っ掛からない。利点ばかりかもしれないが、大きな欠点がある」
「耐久性ですね」
「分かってるじゃねぇか」
ジェイソンはニヤリと笑い、教師が出来の悪い生徒を褒める様に言った。
「プラスチックだけじゃ、引き金を引いたら間違いなく暴発……いや、爆発する。生産性と引き換えに、大きなリスクを使い手に負わせる代物さ」
シルヴィアの脳裏には、調達係が撮影した映像が再上映されていた。
発射の圧力や衝撃を耐えられなかった機関部からの爆発。
人間の手がそこにあろうものなら、確実に手は潰れる。
「………………」
彼女が黙り考え込んでいると、彼はそれを終了の合図と受け取ったらしい。
後ろに待機していた看守に声を掛け、彼女に礼を言って去ろうとした。しかし、椅子から立ち上がったところで何かを思い出したようだ。
「おい、ISSのネーちゃん」
「なんです?」
「この写真の銃は、そっちじゃなんて呼ばれてんの?」
質問の意図が読めなかったが、特に機密事項でもないのでシルヴィアは伝えることにした。
「ブルーガンと呼称しています」
「……ブルーガンか。何と言うかまぁ、安直だけど……いい皮肉になってるよ、ブルーってところが」
「え?」
彼はその言葉の真意も言わないまま、看守に連れられ面会室を出て行く。
シルヴィアはただ、その背中を見送ることしか出来なかった。
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