守破離

 新型ブルーガンはすぐさま、調達係へと引き渡された。

 ハリーはしげしげとそれを眺め、戸棚から前回押収されたブルーガンを取り、見比べた。


「やすりか何かで、角を削ってる。……マイナーチェンジしてるんだ」


 ブルーガンを机に置くと、ハリーはそう呟いた。

 俺は新しい方のブルーガンを手に取り、角を指先で撫でてみる。丁寧に削ってあるようで、すべすべしていた。


「多分、服の中に隠し持っていても、咄嗟の時に出しやすくしてるんだ。角なんかが、服に引っ掛からない様に」

「なるほど」


 最近のコンシールドキャリー用銃器に多い仕様だ。銃に関しては素人だろうと言われていた犯人だが流行りを取り入れている所を鑑みるに、頭は柔らかいらしい。


「頭が悪いのか、良いのか分からないな」


 けれど俺の思考を見透かしたような発言が、ハリーの口から聞こえてきた。

 確かに、手先の器用さを犯罪方面に使っているあたり、頭が悪いと言われても文句は言えない。

 

「馬鹿だけど、アホではない。……にしとこや」


 ハリーにそう言うが、険しい表情を崩そうとしない。

 こういう技術を悪用するのを、ハリーは一番嫌っている。過去に犯した過ちと技術屋としてのプライドが、その感情を駆り立てるのだろう。

 きっと、内面では怒りの炎が燃え盛っているに違いない。

 それと同時に。


「いい腕してるのに、残念だよ」


 悔しそうにそう呟くのが、彼の人となりを表している様に思えた。

 俺は詳しい調査をハリーを任せ、彼のオフィスを後にする。

 強襲係のオフィスへ戻る途中、たまたま調査係の顔見知り――シルヴィア・カイリーとエレベーターを乗り合わせた。

 丁度いいので、進展があるかを聞いてみることにした。


「どうだ? 調子は」

「何人か重要参考人として、引っ張ってきたけど……スカばっかり」

「そりゃご愁傷様」


 肩をすくめて少しからかうが、彼女は真剣な顔をして脇に抱えていた書類を突き付けてくる。

 その書類には写真がクリップで留めてあり、そこには還暦近い男が写っていた。

 カメラを睨み、手には刑務所で写真を撮る時に持たせられるパネルがある。バッグには身長を示す線が引かれている。

 明らかに受刑者の写真だ。


「この爺さんがどうしたって? 犯人?」

「違う。……けど近い」

「あん?」

「密造銃界隈の重鎮的存在。前科七犯。精神異常のせいで、銃所持の許可が下りなかったのを理由に銃密造に手を染めたの。二十歳に初犯で逮捕されてから、四十八年間逮捕や釈放を繰り返しながら、銃を作り続けてる」

「そんなヤバイ奴なのか」


 俺は呆れ、腕を組んだ。


「この老人が、今回の犯人を知ってる可能性が高い。構造が凄く似てるのよ」

「じゃあなにか、この爺の弟子が今回の犯人だと」

ウチ調査係はそう見てる。だから準備を整い次第、この老人のトコへ行くわ。コイツ、今はアラバマの刑務所にいるのよ」


 面倒臭いと思っているのが態度で分かる。無理もない。ここニューヨーク州からアラバマ州までは約千七百キロある。日本だと、北海道~鹿児島間ほどの距離だ。

 エレベーターが強襲係のフロアに止まり、扉が開く。


「まぁ、なんか面白い事聞けたら、教えてくれや」


 シルヴィアに同情しながらも去り際にそう伝え、両手をポケットに突っ込み俺はそこから出た。

 オフィスでは、マリアが俺が買い溜めているチョコバーを食べながら、ブルーガンに関する資料をめくっていた。


「それ俺の」

「いいじゃん。沢山あるんだし」


 マリアは俺のデスクの引き出しを勝手に開け、綺麗に並べたチョコバーの隊列を指さす。

 一本の値段はさほど高くないから怒りはしないが、許可を取れと釘を刺しておいた。

 それから椅子に腰掛け、彼女に何か発見は無かったか尋ねてみる。


「……そうね」


 マリアは目を細め、書類をめくり一部分を示す。

 そこは先程シルヴィアが持っていた写真の男が作成した違法銃器と、ブルーガンの類似性を証明するページだった。


「弟子は師に似る。それから、自分の道を究めていくの。この犯人も、そうなんだと思う。現に、老人の方は鉄と木で銃を作ってるけど、ブルーガンはプラスチックだし」

「……守破離ってヤツだな」

「シュ、ハ、リ?」


 言い慣れない日本語を、マリアは片言で発音する。


「師に教わった事を、教わった事を、自分の道を突き詰めて師の教えから。……という意味だ」

「なるほど」


 彼女はそう頷き、もう一度写真へ目を落とす。

 分解された老人製のジップガンと、同じ様にバラバラにされたブルーガンが写っている。

 構造、部品の作りは驚くほどそっくりで、関連性を伺うのも納得だ。

 それにどの部品も丁寧に作られており、執念が写真越しでも感じるほどだ。


「……もったいないなぁ」


 ハリーが言っていた事が分かった気がする。

 犯人が何を思ってブルーガンを作ったかは知らない。だが、この技術を犯罪に使うにはもったいないというのは、素人目にも理解出来る。


「こんな技術学んで、それを伸ばしても、世の役には立たないよね」

「だな」


 銃なんて極端な話、人を傷つける道具以外の何物でもない。

 要は使い方だ。人をただ悪戯に傷つけるだけか、人を傷つけたが世の為になるか。その二つしかない。

 しかし、ブルーガンは悪戯に傷つける事しか出来ない銃だ。

 使い方がハナっから限られている。

 こんな物が世に出た所で悪用されるのがオチだ。

 ならば犯人を捕まえ、この世から根絶する義務が俺達にはある。

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