尻尾を摑め
結局その日は何の実りも無いまま、俺は家に帰った。
閃きは、便所と風呂と布団の上で浮かぶと昔から言われているが、何にも閃かなかった。
頭の出来もあるかもしれないが、そもそも情報が一バイトも無いので分析も何も無いのだ。
ウンウン唸りながら考えていたが、気が付けば寝ていて陽が上がっていた。
「……ダメだな」
頭を掻きながら呟き、冷蔵庫を開ける。朝食を取る為だ。しかし、買い置きの牛乳もオレンジジュースも切らしていた。
昨日、コンビニで買い足すのを忘れていたらしい。考え事をしていたせいで、買い物の事が抜け落ちたのだろう。
俺は溜息を付くと、近くのコンビニへ走った。
コンビニで牛乳とオレンジジュースを揃え、レジに並ぼうとした時。
入店を告げるベルが鳴り、店主の挨拶がした。
だが、聞こえてきたのは和やかな朝のあいさつではなく。
「金を出せ」
という、如何にもな脅し文句だった。俺は本日二回目の溜息を付いてから荷物を床に置き、レジの方を覗く。
馴染みの店主が両手を上げ、白髪の浮浪者らしき男が何かを彼へ突き付けていた。
大方、ナイフでも向けているのだろう。そう思い、息を殺し突進の構えを取る。
だが、男の得物が明らかになった瞬間、俺は反射的に男に飛びつき裸絞めを決めていた。
男はブルーガンを持っていたのだ。それも、一昨日見たのとは形が微妙に違う物を。
勝負はすぐについた。不意打ち、しかも絞め技、挙句こちらは百八十センチのマッチョだ。
浮浪者は悲鳴を挙げる間も無く、落ちた。
力が抜けた手からブルーガンが落ち、床に転がった。
「……し、死んだ?」
店主がカウンターから身を乗り出しながら、俺に問う。
「まさか――」
左手にブルーガンを持ち、馬乗りになってから浮浪者の頬を往復ビンタする。
「――気を失ってるだけだよ」
俺の発言から一拍置いて、浮浪者が激しくせき込んだ。しばらくはヒューヒューとか細い音を喉から出していたが、呼吸が落ち着いたのかゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
飛び切りの笑顔で、彼の目覚めを迎えてやった。浮浪者はポカンとしたが、状況が飲み込めたのか。
「ど、退きやがれ!」
唾を飛ばしながら、怒鳴り散らした。
三回目の溜息の後、今度は手加減無しの拳を頬へ叩き込んだ。
上半身が殴られた方へ動く。殴られた頬はみるみるうちに濃い紫色に変色し、口の端から血が垂れてきた。
「おい犯罪者。よく聞け」
思いっきりドスを効かせた声で浮浪者に迫る。そして、左手のブルーガンを彼の眼前へ持ち上げた。
「これは、何処で誰に貰った?」
「………………」
質問してみるが、浮浪者は床の一点を見詰めたまま、こちらと目を合わせようとしない。
「だんまりか」
彼の反応を残念に思い、銃を持つ手を変えると今度は左の頬を手加減無しでぶん殴った。
時間を掛けずに、彼の左頬は腫れあがる。
「別に、俺はお前さんがアンパンマンみたいになろうが知ったこっちゃないが……」
肩に手を乗せ、にっこりと笑う。
「痛いのは嫌だろ? お互いに」
向こうが痛いのは百も承知だが、こちらも拳が痛い。バンテージも無しに本気のパンチは不味かったと、今更後悔する。
浮浪者は腫らした頬をさすりながら、涙目になった。
「……泣くより先に、やる事があるだろ?」
彼には悪いが、こちらは仕事だ。
「もう一度聞くぞ。……何処で、誰に貰った?」
「……そ、そこの、路地だよ。……三十五くらいの、男に、貰った」
「どんな体格で、どんな格好をしてた」
「背は、アンタより少し低くて、ずんぐりしてた。服は、青いチェックのシャツを着てた。さ、サングラスもかけてた」
「嘘じゃねぇな」
「ほ、ホントだよぉ……」
俺が凄むと、浮浪者は泣き出してしまった。よほど、殴られたのが効いたのだろう。
「よし、そこにいろ」
店主に後始末を任せ、俺は路地へ駆けた。ポリ製のゴミバケツに、黒色のゴミ袋が放置されている寂しい路地に、当然ながら人はいない。
俺は通りに出て、見渡してみたが途中で辞めた。
道行く人の多さに、捜索を諦めたのだ。チャック柄のシャツ着ているなんて、この人並みの中では大した区別にならない。
それに、ブルーガンを渡してからもう時間が経っている。とっくに遠くに行ってもおかしくない。
乱暴に頭を掻き、肩をすくめた。
今はあの浮浪者を警察に突き出す事が先決だ。俺は通りに背を向け、コンビニへ戻った。
男は銃を渡した浮浪者が店に入り、そしてそこにいた客に倒されるまでの一部始終を見ていた。
浮浪者に銃を渡したのは、大した理由では無かった。試作品をそのまま捨てるのは憚られたので、ただ押しつけたのだ。
しかし、ただ押しつけるだけではつまらない。見たかったのだ。銃を使う所を。
だが、東洋人の男が浮浪者の背後に寄って、十秒も経たない内に浮浪者を行動不能にしたのだ。
しかも、彼は浮浪者を起こすと、事もあろうか二回も殴った。その容赦ない行動に、男は恐れおののいた。
躊躇いなく人の顔面を殴る人間は、男の人生経験の中に存在しない。男の中で彼は、新人類とカテゴライズされる人物だった。
おまけに彼は鬼の形相で店を飛び出すと、先程までいた路地へ駆けこんだ。
男は慌ててシャツを脱ぎ、雑踏へ紛れた。離れた所で隠れていたが、それで安心は出来ない。サングラスも外し、ポケットに仕舞う。
彼に見つからないよう、男は足早に角を曲がった。
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