忌み子を生む者
会議は核心へと迫りつつある。
それを示すかのように、ハリーは僅かにズレた眼鏡を指で直した。
「コンセプトはイイ線をいっていますが、それに対して銃の造りが甘く、荒も多い。この事からこの銃を製造したのは、銃に関してあまり詳しくない人間だと推察出来ます」
銃に関して詳しいなら、もう少しマトモな物を作るだろう。つまり、そういうことだ。
幹部衆が頷く。銃を配偶者より長く触れてきた人間なだけあって、そこら辺の理解は人一倍だ。
「銃に詳しくなくて、手先が器用で3Dプリンターを所持している人間か……」
俺の隣に座る調査係の若手がそう言った。顔見知りだったので、声を掛けることにした。
「この銃社会で、そんな人間が居るのかねぇ?」
「いますよ。アメリカ人百人が、百人銃を持っている訳じゃないんですから」
正論をストレートに言われてしまい、俺は苦笑いするほかなかった。
「ブルーガンは主にホームレスが所持していました。……それも、見知らぬ男にタダで貰ったと全員が証言してます」
「……口裏合わせてたって線は?」
「縄張りも何もかも違いますからね。……それに、黒人嫌いのホームレスが黒人ホームレスに情報を与えると思います?」
「それもそうか」
若手の意見に納得すると同時に、銃を与えた大馬鹿野郎が人種含めた何も関係なく、銃を与えていた事が推察できた。
目的は何か。
伊達や酔狂では無い。かと言って、政治的意図がある様にも見えない。
銃を寄こすにも、もっと人物を選ぶはずだ。
言葉を借りるなら、ホームレスが銃を持ったところで全員が扱える訳じゃないのだ。
極端な話、銃嫌いなホームレスだっている。
それに、持ったところでやるのは強盗がいいところだ。
昨晩の二人がいい例だろう。
じゃあ、一体何が目的か。
俺の思考は袋小路へ入りつつあった。
「――査方針は、以上だ」
集中が切れると同時に、幹部の声が聞こえてきた。ハリーは自分の席に戻っており、主導権は幹部衆に移っている。
そして、会議も終わりかけていた。
「これにて、会議を終了する。各自解散しろ」
総務部長のそんな号令により、この場は解散となった。
二人揃ってオフィスに戻り、飲み物片手に駄弁る事にする。
話題は勿論、ブルーガンについてだ。
「映画であったよな。……合成樹脂かなんかで、銃を密造して大統領暗殺しようとするやつ」
「あったね、そんなの」
「あの映画の犯人には、復讐って動機があったけど……。ブルーガン作った奴は、何を思って銃を作ったんだろうな」
粗末な造りとは言えど、銃を作るには並大抵の技術では無理だし、暇つぶし程度の志では途中で投げ出すだろう。
そもそも、何か激しい気持ちが無ければ、銃を作ろうとは思わない。
「……暗殺じゃないよね」
「だったら、ホームレスにはやらんだろう」
「じゃあ、何が目的なんだろう?」
マリアは小首をかしげる。
「……さぁな」
コーラを啜りながらそう答える。するとマリアは黙り、急に神妙な顔つきになった。
「……どうした?」
「そんな手間暇掛けて、何をするかが気になってね。……想像すると、なんか怖くて」
それを聞いて俺は缶を置き、虚空を睨んだ。脳裏に、これまで会ってきた悪党達の顔が浮かぶ。
どいつもこいつも、様々な方法で色んな悪い事をしていた。
麻薬王からCIAエージェント。半グレからテロリストまで、幅広く相手にしてきた。
誰もが手間暇掛けて、計画遂行のために邁進していた奴ら。
末路こそ、冷たいコンクリ壁に囲まれた部屋行きだが、まだ多くの事を語っていない奴も居る。
本意が分からぬまま、緻密な計画だけを知る。これほど恐ろしい事はない。
思想の一端でも掴めれば何をするか想像も出来るが、知らなければ何も出来ない。
それに人間というのは、想像の範囲外の事には必要以上の恐怖を抱く。
そんな本能的な面も合いまり、俺達は身震いした。
真っ暗な空間。そこに、一つの物体が生まれつつあった。
水色のプラスチックで形成されるそれは、徐々に形を露わにしていき、最終的に銃の形をしてこの世に生まれ落ちる。
産声代わりの機械音が空間に鳴り響き、そこに一筋の光が差し込んだ。
光の筋は線になり、線は長方形になり、空間を照らす。
光から伸びた手が忌み子を掴み、空間から引きずり出した。
産湯ほど温かくも優しくもない手が、忌み子を包み込んでいる。
その手は忌み子を机まで運ぶと、そこに置いた。
机の隅には忌み子の兄弟達が行儀よく並んでいた。先程生まれた子供を含め、十丁ある。
手の主は一番最初に創造した物を手に取り、工具箱の中にあった紙ヤスリで角を削り始めた。時間をかけて兄弟の半分をなめらかにし、十個全ての角を削り、滑らかにした。
そして段ボールへ仕舞った。
それから、壁に貼り付けてある地図へ目をやる。地図はマンハッタン島の物で、幾つかの場所に赤丸が付けられ、更に赤丸の中にバツマークが書かれた地点もある。
地図を指し、手の主は「Eeny, meeny, miny, moe」と呟いた。
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